2010年12月12日 『いのちのことば』に生かされて

2011/01/26

説教あらすじ「『いのちのことば』に生かされて」(12/12/2010)

◎[ヨハネ1:1-5] ・「ことばが神である」[1節]とは、どういうことか?

「ことば」には特別な力(人の『からだ』ではなく『心や思い』に働きかける力)がある。

また、私たちがアイディアを練ったり、計画を立てたりするときも「ことば」を用いる。

➝ 無から有を生み出す力。[3節]

◆「目が見えないこと」と「耳が聞こえないこと」とでは、学習能力上、どちらのハンディが大きいか?

=『耳』。 すべては「聞くこと」から始まる。➝『胎教』。

◆ ただ「ことばが聞き取れること」が自動的に人を光へと導くわけではない。そのことばが『いのち』に

満ちていなければならない。[4節] 「この方」とは、イエス・キリスト。

・イエスの弟子たちは、イエスにこの「いのちのことば」が満ちていることを知っていた。[ヨハネ6:68-69]

◆ 悪魔が私たちの人生を破壊しようとする方法も同じ。「この世のことば」で私たちを惑わそうとする。

*しかし、私たちには「自由意志」がある。これらのことばに『No』と言い、聖書が語る「いのちのこ

とば」を心に蓄えていくことができる。

◆ 私たちが、「いのちのことば」そのものである『イエス・キリスト』を心にしっかりと握って、彼が聖霊

によって私たちの心に語りかけてくることばに『Yes!』と従って行く時、私たち自身が『光』とされて

いく。[ピリピ2:15-16]

◎[5節]

闇の中に輝く光となって、歩んでいきましょう!

考えてみましょう

・「ことば」には、どんな力が秘められているのですか?

・私たちはどのようにして「いのちの歩み」を進んでいくことができるのでしょう?

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