2011年3月20日 神の慰め

2011/04/06

(2月22日のクライストチャーチ地震後、現在臨時礼拝場所で集っているため、メッセージ録音器具がありません。メッセージのあらすじは以下のとおりです。)

説教あらすじ「神の慰め」(20/03/2011)

[コリント1:3-5,8-10]

*サタンは休まず働いている。彼はいつもウソつき[ヨハネ8:44]。彼の代表的な2つのウソは…

①「あなたは立派で強い」[箴言16:18]  ②「あなたはダメ人間」[ローマ14:4]

神が愛であるなら、何故私たちがこのような試練に会うことを許されるのか?

◆完全な答えはないが、次の2つのことは言える

①自分自身ではなく、神により頼む者とされるため [9節]

・神なしに立ち続けることのできる人は、誰もいない。

・神が立たせることのできない人は、誰もいない。

*イエスはいつも私たちの脇に立っておられる。そして彼の願いは、私たちも彼と共に立つこと。

(「盲導犬・ハッピー」の話)

*イエスにとっては、あなたと共に生きることこそ喜び。あなたの能力や、周囲の人がどう思うか

などは問題ではない。ただあなたのことだけを見つめておられる。あなたはそれを『見る』こと

はできないが、その現実を『信じる』ことはできる。

②神からの『真の慰め』を体験し、他の人々を慰める者とされるため [4節]

*これは何も「あなた自身が強くて立派な者とされて、周囲の人々を助けることができるようにな

る」ということではなく、あなたの内に働く「神との生きた優しい関係」が、あなたと関わる人々

を癒していく、ということ。 (「盲導犬・ハッピー」の話の続き)

◆あなた個人が人々を癒すのでも、神ご自身が勝手になさるのでもない。「あなたとイエスとの

生きた関係」を人々が見るとき、それが人々の癒しのきっかけとなっていく。

イエスは今日もあなたと共に立たれる。たとえ私たちが不真実でも、彼はいつも真実を尽くされる。

あなたには見えなくても、イエスの目はいつもあなたを見つめている。

イエスに頼り、彼と共に人々の所へと出て行こう

考えてみましょう

・神は何故、私たちが試練に会うことを許されるのでしょう?

・私たちはどのようにして、人々の慰めのために用いられていくのですか?

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