(65) 私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。

2013/01/29

私は…あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

立派な家

立派な家があっても・・・

もし『お金』というものが幸せの条件なのだとしたら、お金持ちの人は他のどんな人々よりも幸せだということになりますよね?ところが残念ながら統計はそれを示していません。幸福に暮らしている人の多くは、お金を追求したことによってではなく、「神様から与えられる生きがい」を追求することによって、それを得ているのです。

『幸福な人々が知っていること』という本の中で、ダン・ベーカー博士は次のように言っています。「私のある友人はすべての物を持っているように見えた。お金、自由、そして友人や家族…。しかし彼は最も欲していた物を手にしていなかった。それは『幸福感』である。彼の家庭生活は惨憺たるものだった。子供たちとはほとんど会話がなく、妻は仕事に忙殺される夫に対して不満がいっぱいだったのである…」 一体この男性の関心事はどこにあったのでしょうか?それは「与えられたものを活用する」のでなく、ただ「蓄えることに一生懸命」だったのです。

この話を聞いてある人は「いやぁ、それはその人が贅沢だっただけで、私だったらそれだけの条件が揃っていたら絶対に幸せになれるさ!」というかもしれません。けれど、決してそんなことはありません。『幸福感』は決してお金では買えないのです。どれほど財産を増し加えても、心にはいつもこんなささやきが聞こえてきます。「まだまださ。もっと儲けなきゃ、まだ安心できないよ。」

一体『幸福になる秘訣』とは何でしょうか?聖書は「それは物を集めることから来るのではなく、私たちの命の源である神様から来る」と言っています。神様は私たち人間を、1人1人目的を持ってお造りになりました。私たちがその「神が私のために用意してくださっている人生の目的」を追求して生きる時、お金その他の物はすべて2次的なものに過ぎません。あなたの人生を確固たるものとするのは「神の与える救い」「内面的な(霊的な)成長」「豊かな家族との関係」「心を分かち合える友」、そして「神から与えられた使命を全うしている、という実感」なのです。神を喜ばせることを熱心に追求している人で、心に喜びと幸福感を持ち合わせていない人に、私はまだ1度も会ったことはありません。

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