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人生とは・・・燃え盛るたいまつに似ている。

今から2千年前、ヨルダン川で人々に洗礼を授けていたヨハネに対して、人々が「あなたはだれですか?」と尋ねた時、ヨハネは迷うことなく次のように答えました。「私は預言者の書の中に書かれている『荒野で叫ぶ者の声』であり、『主の道をまっすぐに整えている者』です。」

当時ヨハネには多くの弟子たちが付き従っていましたが、やがて『来たるべき方』であるイエス・キリストが現れた後、彼の弟子たちの多くはイエス・キリストの許へと移って行きました。ヨハネはガッカリしたでしょうか?いいえ!なぜなら、彼は自分が一体何のために生まれてきたかをよく知っており、その役割を忠実に果たすことができたことに満足していたからです。

あなたは、「自分が何のために生まれてきたか」を知っていますか?もちろん生まれつきそのことを知っている人はいません。しかし、人生半ばに差し掛かってもそれが何であるか皆目見当がつかないなら、それはチョッピリ悲しいことではないでしょうか?

聖書の記述を見る限りでは、使徒パウロはあまり雄弁な説教家ではなかったようです。しかし彼はそれを埋め合わせて余りある『著述家』でした。彼は神の霊に導かれて、多くの説教者を生み出すに至った多くの『著作』を残しました。彼はその生涯の中でたびたび牢獄に入れられましたが、そんな中で彼は、弁護士や美味しい食事を欲しがりはしませんでした。ただ彼が欲したのは「紙とペン」だったのです。彼はそのいのち尽きるまで、書いて書いて書き続けました。その結果、今に至るまで、人生の意味を見出し、神に献身して生きる人々を輩出し続けているのです。

あなたはどうでしょう?あなたは「何のために生まれてきたのか」をもう見出しましたか?「私は生涯かけて、この一事を成し遂げたい!」と心を燃やすものを持っていますか?次のバーナード・ショウの言葉に耳を傾けてみて下さい。

「人生とは、ロウソクの火ではない。それは燃え盛るたいまつに似ている。私はそれをほんのしばらくの間預かり、私がそれを手にしている間に、できる限りそれを赤々と燃やして、やがてそれを次の人へとバトンタッチするのだ!」

Categories: 聖書

Junko

じゅんこです。1990年のChristchurch JCFの創始時からJCFに参加しています。現在はめったにクライストチャーチにも行かなくなりましたが(遠いところに住んでいるので)、ウェブサイトの運営にかかわるというかたちでJCFに参加し続けています。8人の子どもを引き連れている日本人ママをクライストチャーチ周辺で目撃したら多分わたしですので気軽に声かけてくださいね~!

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