聖書

(112) “私は、善をしたいと願っているのですが、その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。”

皆さんは「もっと人のためになりたいと思っているのに、なかなか実践できない」とか、「そんなことを言うつもりはなかったのに、つい相手を傷つけるようなことを言ってしまった」などという経験はありませんか?もちろん私もあります。どうしてそんなことが起こるのでしょう?聖書は「それは私たちの心の中に『悪の原理』が宿っているからだ」と言っています。常に「正直に生きよう」と意識していない限り、私たちはついついこの『悪の原理』に振り回されます。あたかも私たちの心の中にある「自動操縦装置」かのようです。 アメリカ南部に生育するある「つる性の植物」は、いったん庭木や塀にからまり始めると、それをすぐに抹殺してしまわない限り、あっという間に庭全体を覆い尽くしてしまうそうです。 私たちの心の『悪の種』も、小さなうちに摘み取ってしまわないと、雪だるま式に大きくなって、収集がつかなくなってしまいます。軽い気持ちでついた「悪気のない嘘」が、前述のつる性植物のようにあなたの心の中にからまり始め、ついつい「出まかせの言い訳」がクセになり、気がついた時には誰からも信用されない『嘘つき』のレッテルを貼られてしまうのです。 では、私たちは一体どのようにしてこの『悪の原理』に侵されることなく、正しい歩みをすることができるのでしょうか? まず朝ごとに(他の何事も始める前に)、すべてのことをご存知で正しくさばかれる神の前に出て(祈りや聖書のことばを通して)、心の中が暗闇で覆われてしまう前に、神の『真理の光』で照らしていただくのです。そして、心のベルトをしっかりと『真理の霊(神の霊)』につながれて、この神の霊が私たちを導いてくださるのを感じながら1つ1つの営みを進めていくのです。 「私は自分の心を自分の力で十分制御できる」と思うのは、傲慢に過ぎません。神はいつでも「へりくだる者に助けを与えてくださる方」なのです。

By Ken, ago