聖書

(131) “神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります。”

 聖書によると、死後も含めて私たちが永遠の時をどんな場所で過ごすかは「私たちが何を信じているか」によって決まり、私たちがどのような豊かさの中で過ごすかは「私たちが今をどのように生きているか」にかかっているようです。どちらにしてもはっきりしていることは「私たち自身の態度」が重要であって、決して私たちの人生の成り行きを「誰かのせい」にすることはできない、ということですね。  今日という日にあなたが下す決断や選択は、そのままあなたの将来(死後も含めて)に決定的な影響を及ぼすことになります。あなたの退職後や死後の人生を左右するものは、年金や生命保険ではなく、今日のあなたの生き様なのです。よく言われるように「過ぎ去ったことは今更悩んでも仕方ないけれでも、今後のことは自分の態度次第で変えていける」わけです。  神様が私たち1人1人に望んでおられることは、私たちがまずイエス・キリストによる救いを信じることによって「神からの永遠の祝福」を受け取り、もはや将来に関して何の心配もせずに『今』という時を神と共に精一杯生きるようになることです。私たちがそのように一瞬一瞬を全力を尽くして歩んでいく時、神は私たちが思いもかけないような有形無形の祝福をこの地上の人生においても後の世においても『報い』として与えてくださるのです。

By Ken, ago
メッセージ

2014年7月6日 「『信仰・救い・行ない』の関係」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ       「『信仰・救い・行ない』の関係」   (06/07/2014) *聖書の教えの中には『真理』とも呼ぶべきいくつかの大原則がある。[ヨハネ8:31-32] 今日はそのうちの1つ。 ◆「私たちは、神の一方的な恵みの故に、信仰によってのみ救われる」[エペソ2:8]   ・『恵み』という語はよく用いられるが、この言葉をパウロ以上に理解していた人はいないのでは?[ローマ11:6]   ・では、ただ「信じて」だけいれば、行いはどうだっていいのか?落第する者はいないのか?[ヘブル12:14-15]    「恵みから落ちる者」がいるのだから、しっかりガンバらなきゃいけない?では「恵みから落ちる者」とは誰か?          [ガラテヤ5:4] 「行いによる救い」を求める者こそ、「恵みからの脱落者」! ◆「信仰・救い・行ない」の関係   ・しかし、聖書は「行いのない信仰は死んでいる」とも言っているのでは?[ヤコブ2:19-26]    この箇所から得られる結論は「行いが信仰にいのちを与える」ではなく、「生きた信仰が行いを生み出す」。   ・この「生きた信仰」というものは「神との生きた関係」を通して育まれ、そのような「神との関係」は、神の一方的    な恵みによって与えられた「イエス・キリストの身代わりの死」を信じる信仰によってのみ生まれる。   ・「生きた(本物の)信仰」は、「生きた行ない」によって人々に証される。[マタイ12:33] ◆生きた信仰による歩み   ・この世には、悪魔が蒔いた雑草がいっぱい。私たちは意識してこれらの雑草を取り除く必要がある。これらを    抜き取るには「努力」以上に『信仰による決断』を要する。勇気をもってこの決断をさせるのが『生きた信仰』。 [Ⅱペテロ3:18] ✯キリストに向き、キリストに近づき、キリストをもっと深く知り、キリストの恵みを体験しながら成長しよう!   Outline of the sermon     “‘Faith’, ‘Salvation’ and ‘Good Works’”  (06/07/2014) * Read more…

By Ken, ago