聖書

(141) “ことばが多いと愚かな者の声となる。”

2匹のガチョウが南へ下る旅の準備をしていると、1匹のカエルが近づいてきて、自分も一緒に連れて行ってくれるように頼みました。ガチョウたちが「一体どうやってそんなことができるのか?」と尋ねると、カエルは答えました。「簡単だよ。キミたち2匹が1本の枝の両端をくちばしにくわえながら並んで飛んで、ボクがその真ん中を加えていればいいのさ!」 2匹のガチョウはその言うとおりにし、3匹が見事なチームワークで大空を渡っていると、下から見上げていた人々が感動のあまり言いました。「これはスゴイ!一体誰があんな名案を考え付いたんだろう?」 これを聞いたカエルは、つい調子に乗って大口を開けて叫んでしまったのです。「ボクだよ、ボク!」(この後カエルがどうなったかは、お分かりになりますよね?) ほとんどの場合『聞くこと』は『語ること』に優っています。聞く耳を持たずに話してばかりいる人からは最終的に人々が離れていきます。神は私たちに「耳を2つ」そして「口は1つだけ」お与えになりました。あたかも「語るより2倍聞くように」と命じておられるかのようではありませんか! 私たちの人生は日々が新たな学習です。しかしもし私たちがいつも「自分が何を話すか」ということにばかり思いを巡らせていたら、多くのことを学ぶことはできません。ほとんどのレッスンは『聞くこと』からやって来るのです。事実、その人の成熟度は「どれほどのことを教えることができるか」ではなく、「どれだけ人々に対して聞く耳を持っているか」で表されます。 神様はいつでも私たちの祈りを聞き、私たちの心の叫びに耳を傾けてくださっています。そしてまた、私たちが人々のつぶやき、そして神からの語りかけに耳をすますことを期待しておられるのです。

メッセージ

2014年9月21日 「『キリストにある者』の意味」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ        「『キリストにある者』の意味」     (21/09/2014) [コロサイ 1:13~23]  ◆御子イエスの重要性 ― 単に「罪の身代わりに死なれた救い主」だけではない! ・万物は「御子にあって」「御子によって」「御子のために」造られた。[15~17節] 万物の『存在意義』の中心。 ・人間は万物の最後に造られたが、神は地上のすべてをこの人間の支配下に委ねた。[創世記1:26-27] ・人間はその自由意志の故に、神から離れることを選んだ。結果として地上の全ては悪魔の支配下に陥った。 旧約聖書は、人間をもう1度ご自分の許に引き寄せようとする神、そしてそれに抵抗する人間の罪の記録。 ◆神の究極のわざ [イザヤ43:19他] ・神の御子が人となられ、ご自分が造られ、悪魔の手に渡ってしまったこの地上に来られ、十字架で死なれた! ・「万物より先におられ、万物の存在意義そのものであられた方が死なれた」ということは、万物が神の前に その存在意義を失い、死んでしまったも同然であることを意味する。[Ⅱコリント5:14] ・そして神がこのイエスをよみがえらせたことは、イエスにあって新しく造り変えられた者だけが「神の前に 生きている者と認められる」ということを意味する。[ローマ6:8,Ⅱコリント5:17] ◆このことは現代の私たちにとってどういう意味があるのか? ①「キリストにある者」と、そうでない者との間には、決定的な違いがある。[Ⅰヨハネ5:12] ②「キリストにある者」の神に対する立場をはっきりさせる。 ・キリストこそが『かしら(生きる目的)』である。[18節]  ・聖く、傷なく、非難されるところのない者。[22節] ③「キリストにある者」に明確な使命を与える。[19~20節] ・『和解の使者』として、キリストの名によって「失われている人々」の間に遣わされている。[ルカ19:10]   Outline of the sermon   “Those who are ‘in Christ’.”  (21/09/2014) [Colossians Read more…