(183) “隠されていることは、私たちの神、主のものである。”

2015/09/15

神様どうして?

神を信じようとする者にとって最大の試練と言えるものの1つは、「神がおられるなら、どうしてこんなことが起こるのだろう?」と言いたくなるような出来事に直面した時です。あるクリスチャンの作家は「神様、あなたはご自分が何をなさっておられるのか分かっていらっしゃるのですか?」というタイトルの本を出版しました。思わずそんな風に言いたくなる出来事が世の中には確かにあります。ではそんな時に私たちはどうしたら良いのでしょう?

聖書はあなたがたに隠されていることは、神の領域であって、今はまだあなたがたが知らなくても良い。しかし既に現わされていることは、あなたがたのためであるのだから、それらをしっかりと握っていなさい。」と教えています。もっと分かりやすく言うならば、「理解不能なことから神を推し測るようなことをしないで、既に与えられている確かな情報(例えば『聖書』を基に神について知り、またその神に信頼しなさい」ということです。

聖書は私たちに神は私たち人間を愛しておられ、私たち11人の人生のために最高の計画を用意しておられると教えています。ですからこのことを大前提として、人生に起こる様々な出来事を理解しようと努めるのです。すなわち、私たちが神に尋ねるべき質問は「神様何故ですか?」ではなく、「あなたはこの出来事を通して、私にどんなことを学んで欲しいと願っておられるのですか?」なのです。

もしかするとある人は「そんな理屈は『この世に試練が存在する理由』を説明していない!」と憤慨なさるかもしれません。しかし驚いたことに、実際は「試練に出会ったことを通して、私は神を求め、また神を知るようになった」という人々がとても多いのです。神は、人をご自身の許に引き寄せるためであるなら、試練さえもお用いになるのです。

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Tsukiyume Kobayashi September 28, 2015 at 2:04 pm

こんにちは、お久しぶりです。
去年一年ニュージーランドで勉強していた小林です。今、183のこのメッセージを読んで救われました。
私は今年受験期間でとても忙しい一年を過ごしています。その中でたくさんの試練にあっている状況にあります。いつもいつも、”私は神様を信じている、信頼したい、信頼しているつもりだ”と自分では思っていても、言い聞かせても、なかなか不安や恐れは消えずに試練は続いています。でも思えば、色んなところで”主を信頼せよ”というようなメッセージが与えられていました。そして私は今やっと、このメッセージを読んで、自分はいま”神様を信頼する”ということが試されている、その試練を与えられているのだなと気づきました。涙が出ました。そして、神様が私とより近くなりたいために私に今試練を与えてくださっていることが少しだけ嬉しくさえも感じました。JCFのメッセージはよく読んでいます、大好きだからです。いつもわかりやすくて素直に納得がいきます。神様が与えてくださる最高の道があることを改めて教えてくださってありがとうございました。JCFに、さらなる神の祝福と恵みがそそがれますように!

ShibusawaKenichi October 6, 2016 at 11:15 am

月夢、久しぶり!率直なコメントをありがとう!毎週この『聖書のいい話』をアップロードしながら「誰かの役に立ってるのかなぁ?」などと考えていましたが、これでまたあと5年くらいは続けていける元気が出ました。そうかぁ、受験シーズンで大変なんだね。今日から月夢のためにもお祈りしているからね!余裕ができたら、ぜひまたクライストチャーチにおいで! しぶけんより

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