暗い廊下

今日はまず、ちょっと想像力を働かせていただきましょう。暗くて長~い廊下を想像してみてください。その両脇にはいくつものドアがあるんです。それぞれのドアには、その部屋の中で行われている様々な「ためにならない楽しみ」が書かれています。『アルコール中毒』『ニコチン中毒』『麻薬』『ポルノ』『ギャンブル』などなど。各部屋の中からは楽しそうな笑い声や興奮に満ちた叫び声が洩れ聞こえてきます。

これは私たちの人生を現しています。私たちの人生(特に思春期)の道のりには、様々な「ためにならない活動への誘惑」が満ちています。しかもそれらの力は強大で、そこに加わらないことはあたかも「大事なものを受け損ねている愚かなこと」のように思えるのです。「いま自分が歩いている道はあまりにも不確かで、何の楽しみも感じられない。いっそのことどこかの部屋へ飛び込んでしまった方が・・・」

すべての誘惑は、大抵その『恐ろしい実体』を隠しながら、親しみのあるごくありふれた装いをして近づいてきます。「皆やっていることさ。ちょっと試してみるだけなんだから大丈夫。楽しいこと請け合いだよ!」そんな誘いについ心を許して「じゃあ、ちょっとドアを開けて中を覗いてみるだけ。」そのように始まって、そしてズルズルとアリ地獄へ落ちるように堕ち込んで行くのです。

ではどのようにしてこのような誘惑に打ち勝つことができるのでしょう?2つの方法があります。1つ目は「必要な忍耐力を養うこと」です。面白い実験を聞いたことがあります。3~4歳の子供をある部屋に1人にさせ、テーブルに美味しそうなお菓子を1つ置いておきます。子供にはこう言い聞かせておきます。「ここで15分間待っててね。このお菓子を食べてもいいけど、もし食べないで待っていられたら、戻って来た時にもう1つあげるよ。」ある子供は大人が立ち去った後直ちに食べてしまいますが、いろいろと気を紛らわせながら、最後まで待っている子供もいます。そして待つことができ、ご褒美をもらえた子供たちこそ、様々な誘惑に打ち勝つ人生を歩むことができるようになるのです。現代は「欲しいものを何でもすぐに買い与えてしまう時代」です。『恵まれた時代』ということもできますが、ある意味子供たちにとって大変不幸な時代です。『必要な忍耐力』を養いにくい時代だからです。

もう1つの良い方法は「人生の真の醍醐味を若いうちから体験しておくこと」です。我が家の3人の子供たちは、幼い頃から『宣教師の子ども』として発展途上国で暮らしながら「神を愛し、人々を愛して生きることの醍醐味」を実感しつつ育ち、日本へ帰国してから『思春期』を迎えました。当時日本はいわゆる「ファミコン」の真っ盛りの時代で、大変ご親切な知り合いがウチの子供たちにもこの魅力的な遊具を買い与えてくださり、しばらく彼らも「はまって」いました。ところがしばらくするとすぐに飽きてしまって、もっぱら親しい友人たちと外で遊び始めたのです(まあ長男は音楽にはまり、今では教会や高校などで楽器の指導に当たっていますが…)。すなわち『ファミコンの魅力』も、彼らの心に根差していた「より高次の楽しみ」には勝てなかったのです。

神は私たちを「人生の真の醍醐味を味わいながら生きるように」とお造りになりました。自分自身が、そして次世代の子供たちが『目先のお楽しみ』に振り回されることなく、しっかりと高次元の目標に向かって歩んでいけるように最善を尽くしていきたいですね。

Categories: 聖書

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