よみがえられたイエス

誰でも1つや2つは、日々の生活の中で陥りやすい『悪い傾向性』を持っているものです。「アルコール依存」「浮気や不倫」「すぐ怒りが爆発する」「悪いうわさ話」「憎しみや嫉み」「盗み癖」「すぐ嘘をつく」「ギャンブル」などなど。ある人々は「親から受け継いだ悪習慣だから仕方ないさ」と言うかもしれませんが、聖書に照らし合わせるならば、これは「親からの遺伝」ではなく、むしろ「初めの人『アダム』から引き継いだ『霊的遺産』」、まさに「そう生まれついた性質」なのです。

『神のかたち』に造られた私たちは、誰でも「正しい生き方をしたい!」という願いを持っています。しかし私たちの始祖アダムが神に反逆して以来、私たち人間に染み付いてしまっている『罪の性質(自分を第1優先にしようとする性質)「神を喜ばせようとする願い」に戦いを挑み、勝利してしまうのです。私たちは「を犯してしまったから『罪人』となる」のではなく、「生来の『罪人』なのでを犯してしまう」のです。

それでは、私たちにはもう希望がないのでしょうか?一生『罪の性質』の奴隷となり「神に喜ばれる者として生きること」をあきらめなければならないのでしょうか?キリストの使徒パウロは、次のように言っています。「私には善をしたいという願いがいつもあるのに、かえってしたくない悪を行っています。私は本当にみじめな人間です。だれがこの『死のからだ』から私を救い出してくれるのでしょうか?」「私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します!なぜなら、キリスト・イエスにある『いのちの御霊の原理』が、罪と死の原理から私たちを解放してくれるからです。」

『霊的戦い』は、私たちの戦いではなく「神が勝利を与えてくださる戦い」です。神は私たちを『死のからだ』から『まことのいのち』に移すために、ひとり子イエス・キリストをこの地上に送り、私たちの身代わりに十字架にかからせ、そして3日目によみがえらせてくださいました。それがこの週末に世界中の教会でお祝いされている『復活祭(イースター)なのです!

Categories: 聖書

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