聖書

(275) “私たちは、人を喜ばせようとしてではなく、私たちの心をお調べになる神を喜ばせようとして語るのです。”

『自分の存在価値』というものをはっきりと理解していることは非常に重要です。そうでないと私たちは常に「誰かに認められよう」とやっきになり、相手のために貢いだり、自分を偽ったりして、かえって自分をおとしめることになります。『自分の存在価値』を人からの評価に捜そうとするなら、それは中毒のように私たちを滅ぼして行きます。何故なら私たちは決してそのような方法では「満足に至る」ことはないからです。 私たちが聖書のことばを通して『創造主である神』と出会う時、私たちは初めて「自分の真の存在価値」というものを見出すことができます。何故なら『私たちの真価』は、私たちの「能力」「業績」「財産」などによって測られるのではなく、「私たちが誰の作品であるか」によって決まるからです。 私たちが他の人と語る時、もし「この人は私のことをどう思っているのだろう?」ということが気にかかるなら『心の中の真実』を語ることは難しくなり、結果として「耳障りの良いことだけ」を語るようになります。しかし実のところ大抵の人々はいつも『自分のこと』がその思いの中心にあるので、あなたのことにそこまで真剣に気を遣ったりはしていません。だから「人の目」や「人の言葉」を恐れないで下さい。むしろあなたのことをいつも心にかけてくださっている神様の「あなたは私の最高傑作なのだ。今日も自信を持って堂々と自分自身を生きなさい!」という語りかけにいつも心を留めていましょう。こういうわけで、私たちは「私たちの真価をご存知の神」にふさわしく、いつでも誰に対しても「愛をもって心の真実を語る」べきなのです。

メッセージ

2017年9月17日 「神の国の権威を行使する者」

琢磨くんの洗礼の証をダウンロードして聴く メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「神の国の権威を行使する者」     (17/09/2017) ◆神の国の権威を行使する者 [マルコ16:17-18] ・『しるし』 = 「証拠としての奇蹟」 ― 「神の国の民とされている(キリストと交換された)こと」の証拠。 ・私たちはこれらの『現象』を求めがちだが、重要なのは「神の国の民とされている」という事実。[ルカ10:17-20] ◆『神の国の権威』を行使するカギ = 『聖霊』 [使徒1:8] ・そもそも『聖霊』とは何か? ― それは「神のものとされている」というしるし。[エペソ1:13-14] ・神は「初めの人アダム」を造られた時、その鼻から『いのちの息(聖霊の象徴)』を吹き込まれ「ご自身のもの」と された。しかしアダムは神よりも悪魔のことばに従った。この悲しみは深く神の心に刻まれた。 ◆『神のもの』として生きる [ヤコブ4:3-7] ・神は私たちが、地上で『御国の権威の行使者』として生きるために「聖霊の満たし」を求めるなら、喜んで与え てくださる。しかしそれが「自分の願いを実現させるため」であるなら、求め方が間違っている。 ✰こう祈ろう!「天の父よ。私はあなたのものです。あなたの願いを地上で実現する者として使って下さい。       あなたが私に聖霊をお与えになったことを、後悔させない生き方をさせてください。」   Outline of the sermon      “To excise the power of kingdom.” Read more…