聖書

(299) “事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。”

上記にご紹介した聖書のことばは、実は私がクリスチャンになった後「受け入れるのに最も苦労した」ものの1つでした。何故なら私は幼い頃から『努力』というものの強い信奉者で、中学・高校と『卒業時の色紙』に必ず「努力は必ず報われる」と書き続けていたからです。 ところが、聖書に関してより精通していくに従って、この「努力によるのではなく…」という表現は『努力』というものを否定しているのではなく「自分の考え方に固執してしまって、神から注がれる新しいアイディアを受け取ろうとしない頑なな姿勢」を戒めているのだと分かってきました。確かに「人生に対して真剣に取り組んでいる人」ほど『強い信念』というものを持っているものだと思います。ところがその『強い信念』というものがしばしば私たちに『柔軟さ』を失わせ、周囲からの優れた助言に対して聞く耳を持たせなくさせてしまうことがあるのです。 私たちを形造り、この世に生み出してくださった『創造主なる神』からの助言ほど、私たちの人生に有益なアドバイスはありません。その『あわれんでくださる神』の慈愛に満ちたアドバイスに対して「私は私のやり方でやりますから、どうぞお構いなく!」とはねつけるのは、愚か者のすることです。私たち1人1人のために神が備えてくださっている『フルサイズの人生』を歩むためには、「私の持っているアイディアよりも、あなたが私のために用意してくださっている道の方がはるかに優っています。どうぞそれを教えてください。」という謙遜さが求められているのです。

メッセージ

2018年4月8日 「イエスは共におられる神」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ     「イエスは共におられる神」    (08/04/2018) ◎今日のトピックは「イエス・キリストはいつも私たちと共におられる神である」ということ。[マタイ28:20b] ◆共におられる神 (神は世の初めからいつもご自分の民と共におられた) *アサ王へのことば [Ⅱ歴代誌15:2] ・私たちが「共におられる神」を認識できないのは、私たちの側にある問題(罪)のゆえ。[イザヤ59:1-2] ◆『インマヌエル』の約束 [マタイ1:23] ・イエスは「私たちと神との仕切りを壊すため」 また、「神と共に歩む人生の模範を示すため」 に来られた。 ◎[マタイ28:18-20] = これは「クリスチャンにとっての聖書メッセージの要約」とも言えることば。 ・イエスは「すべての権威」を持っており、ご自身の『真実さ』の故に、永遠の契約をもって私たちと共におられる。 ◆今週の『暗唱聖句』: [マタイの福音書 28章20節後半]   Outline of the sermon      “Jesus is ‘God with us’.”     (08/04/2018) ◎The topic Read more…