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2024年4月21日 「Stay focused」(海くん最終日)

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ   「Stay focused!」   (21/04/2024) [へブル人への手紙 12章12~17節] ◆レースを完走するために(12~13節)  ・今日の箇所は、12章の最初に学んだ『信仰のレース』と関連している。「踏み外す(13節)」の原語直訳は『脱臼』の意。『脱臼』を避けるために「安楽な道を進め」ということではなく、「無意味な寄り道や危険や近道を避けろ」ということ。しっかりと『霊的筋肉』をつけて、定められたコースを一心に走って『完走する』ことが目標。  ・ラインを真直ぐ引くためには、足元を見るのでなく、遠くにある不動の目標物を見ながら引く。同じように人生を正しく歩むためには「不動で確かな目標物」である『イエス・キリスト』をしっかりと見つめ続ける必要がある。 ◆「キリストにある約束」から目を離すな!(14~15節)  ・「聖さを追い求める(14節)」は、「完全な品性を身に付ける」ということではない。この『聖い』は「混じり気がない」の意味。この世における「自分の利益」を後回しにして、神に思いを集中させる者は「神を見る」[マタイ5:8]。  ・ここでのエサウの例は、彼の「不品行」というよりも、「霊的な事柄に対する無関心さ」を指摘している。すなわち彼の誤りは「神の約束を相続する」ということを軽視して、『食物(肉の満足を追求すること)』を優先させたこと。私たちも「神がキリストにあって私たちに与えておられる『永遠の富』」を決して軽んじてはならない!  ・『霊的筋肉』をしっかり付けておくと、ちょっと道から外れてしまった時に元に戻ることがずっと簡単。今から「日々のデボーション」、また「家庭礼拝」などの習慣をつけ、皆でこの『信仰のレース』をぜひとも完走しよう! ◎更に深い学びのために  ①「キリストにある『信仰のレース』」を真直ぐに進んで行くための秘訣には、どんなものがあるでしょう?  ②私たちを「進むべき道」から踏み外させようとするものには、どんなものがありますか?  ③あなたはどこに「人生のゴール」を設定していますか? そこに到達するために何に気を付けていますか? Outline of the sermon   “Stay focused!”   (21/04/2024) [Hebrews 12:12~17] ◆To finish your race well.(Verses12~13)  ・Up to this verse we learned that God trains us to finish our “race of faith” well.  We need […]

2024年4月14日 「神の子としての訓練」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ    「神の子としての訓練」    (14/04/2024) [へブル人への手紙 12章4~11節] ◆『関係』と『訓練』  ・人生が『選択』の連続であるように、私たちの信仰生活にも多くの『選択』がある。イエス・キリストを救い主として受け入れた後、「キリストを『主』として従って行くこと」もできるし、「神と全く無関係に生きること」もできる。  ・私たちが『神との関係』に生きようとするなら、その後の人生に必ず「信仰による選択」が余儀なくされる。そしてこの世における『信仰の選択』には少なからずリスクが伴う。幸い私たちはあからさまな『迫害』に直面することはあまりないが、それでも日々御父のみこころを求め、分かったことに忠実に歩もうとするなら、大小様々な『訓練(試練)』に遭遇する。では、父なる神はどうして私たちがそのような試練に会わないようにしてくださらないのか? ◆『訓練』が生み出すもの(10~11節)  ・神が私たちの人生に望んでおられるのは「安楽な生活」ではなく、1人1人のために「ご自身のご計画が成就すること」である。そのために御父は何度でも私たちを練り直し、精錬しようとなさる。  ・また、私たちの神は「関係を求める神」でもある。御父は私たちに敢えて試練を与え、私たちが日々ご自身に寄り添って生きるようにされ、またちょうど良いタイミングで「脱出の道」をも用意される。  ・スポーツジムでトレーニングすることによって『筋肉』が付いて行くように、「信仰による試練」も私たちの『霊的な筋肉』を養う。こうして私たちは「主にある兄弟姉妹たち」を助けることができるように成長して行くのである。 ◎更に深い学びのために  ①「神との関係」と「信仰による試練」とは、どのような関連性があると言えますか?  ②神は何故敢えて私たちが『訓練(試練)』に遭遇することを許されるのでしょう?  ③これまでの信仰の歩みの中で、「試練を通して学んだレッスン」のようなものがあれば、分かち合いましょう。 Outline of the sermon   “Disciplines for God’s children.”   (14/04/2024) [Hebrews 12:4~11] ◆“Relationship” and “Discipline”.  ・Just as we make many “choices” in life, we also make “choices” by faith.  After we chose to accept Jesus   […]

2024年4月7日 「ロデム合同礼拝」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 「説教あらすじ」は、ありません。

2024年3月31日 「イースター特別礼拝」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ  「How great is our God!」  (31/03/2024) [詩篇 8章3~4節] ◆神はとんでもなく偉大である!  ・私たちが「人として来られた神の子イエス」を身近に感じることは良いことだが、それが高じると「神の大きさ・偉大さ」を見落としてしまいがち。今日は改めて「私たちの神がどれほど偉大な方なのか」に思いを馳せてみよう。  ・私たちは皆、神は「全宇宙の創造主」であることを知っているが、その『全宇宙』の壮大さをどれほど知っているだろう?例えば『太陽』は地球から見るとちっぽけだが、実はその大きさは地球の約100万倍もある。他にも宇  宙には太陽よりもはるかに大きな星がたくさんあり、現在見つかっている星々の中でも最大と言われている『ケイネス・マジョアス』という星は、地球がゴルフボールの大きさだとすると、その直径がエベレスト山の高さに匹敵し、それは日本の国土全体にゴルフボールを50メートルの深さまで埋め尽くせるほど大きいということになる。 ◆神はこのちっぽけな私たちを心にかけておられる!  ・聖書はこれらの全宇宙を「神のほんの指のわざである」と言う。一体私たちが『神』と呼んでおられる方は、どれほどに大いなる方なのだろうか?そして忘れてはならないのは、これほどに驚くほど偉大なお方が、弱くてちっ  ぽけな私たち1人1人に目を留め、憐れんで、その救いのためにひとり子を遣わし、その『十字架とよみがえり』によって今日もご自身との個人的な交わりへと招いてくださっている、ということである。  ・今年のイースターは、このように偉大な方が『私たちの味方だ』ということを深く心に刻みましょう。[ローマ8:31] ◎更に深い学びのために  ①「神を身近に感じすぎること」は、どんな危険性を含んでいますか?  ②宇宙はどれほど壮大なものですか? 今回のたとえを思い出しながら、改めて思い描いてみましょう。  ③これほど偉大な方が、あなたを顧みておられると知ることは、あなたの信仰にどんなインパクトを与えますか? Outline of the sermon    “How great is our God!”    (31/03/2024) [Psalm 8:3~4] ◆Our God is incredibly awesome!  ・Sometimes we feel “God” too close to us so we tend to forget how great […]

2024年3月24日 「私たちの競走」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ    「私たちの競走」    (24/03/2024) [へブル人への手紙 12章1~3節] ◆私たちの目指すところ(1節)  ・ここでは、私たちの信仰の歩みを「レース」に例えている。そしてこのレースは、既に多くの信仰の先輩たちが走り抜いたもの。ここで『証人』と訳されていることばは、当時のクリスチャンたちの間で『殉教者』を表すのに使われた語。この『証人たち』は、この地上では得ることのできない「神の約束」を遥かに望み見ながら信仰のレースを走り抜いた。では、それを既に得ている私たちは、どこを見ながら、何を目標に走るのか?  ・私たちの目指すところは、やがて来る「キリストの再臨」である。主イエスは「わたしは必ずあなたがたを迎えに戻って来る」とおっしゃった。その時、この世の悪はすべて滅ぼされ、地上は『神の義と栄光』で満ちる。その日を待ち望みながら私たちは信仰の道を走り続け、また1人でも多くの人々に、このレースへの参加を呼び掛ける。 ◆障害物競走  ・また、このレースは『障害物競走』である。この世はいつも私たちに反抗し、「最善以下」へと誘う。しかし主イエスは「ご自分の前に置かれた喜び(2節)」すなわち「『救いの道』を完成し、御父の栄光の右の座に着く」という大目標のゆえに走り通した。そして彼は私たちにもこの「同じ喜び」を体験させたいと願っておられる。[黙示録3:21]  ・私たちをもたつかせる『罪・重荷』とは何か?「この世での成功や他の人の評価を求める思い」?「自分なんかダメだという意識」?私たちをそれらのものに打ち勝たせる唯一の武器、それが『神との親しい関係』である! ◎更に深い学びのために  ①私たちの『競走』とはどのようなものですか? 私たちは何処を目指して走っているのでしょう?  ②どうしてこの競走は『障害物競走』だと言えるのですか? 私たちはどんな『障害』に直面するのでしょう?  ③このレースを完走するために、イエスは何をしてくださいましたか? どうしてそれが助けとなるのでしょうか? Outline of the sermon  “Let’s run the race!”  (24/03/2024) [Hebrews 12:1~3] ◆What is our goal?(Verse1)  ・Our “faith walk” is like “a race”.  In chapter 11, we looked at many people who already finished the […]

2024年3月17日 「マリーヌの証メッセージ」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 「説教あらすじ」は、ありません。

2024310 「『もっと優れたもの』を待ち望む信仰」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ  「『もっと優れたもの』を待ち望む信仰」  (10/03/2024) [へブル人への手紙 11章32~40節] ◆この世における祝福  ・今日の前半部分では、「国々を征服する」「剣の刃を逃れる」など、『この世での祝福』が列記されている。つまり 旧約聖書の時代には「永遠のいのち」とか「天の御国」などの概念があまり無かった。そのためイエスの時代の  『メシア』の概念も、「ローマを打ち破り、『イスラエル王国』を回復してくれるヒーロー」のイメージが強かった。  ・ところが[35節]から少し雰囲気が変わる。「もっとすぐれたよみがえりを得るために、釈放されることを拒んで拷問を受けた」とあり、その後にむごい迫害の歴史が列記される。では、一体彼らは何に希望を置いてこのような  迫害を耐え忍んだのか? ◆もっとすぐれたもの(38~40節)  ・ここで『信仰』というものの本質をもう1度考えてみたい。それは、決して「その場しのぎ」な一過性のものではなく「『真実なお方である神』に対して誠実に生きる」という、私たちの継続した『神に対する心の表現』である。  ・ここに書かれている『もっとすぐれたもの』とは、主イエスにある『天の御国への希望』である。この11章に列記された信仰の先人たちは地上でこれらのものを体験することはなかった。しかし私たちは既にそれを得ている!ならば神は私たちに、彼ら以上の「信仰と勇敢さ」をもって歩むことを期待しているのではないか?最後に、激しい迫害の中で常に「福音宣教の働き」に前進した使徒パウロのことばを引用しよう。[Ⅱテモテ1:12,ピリピ3:7-8, 12] ◎更に深い学びのために  ①なぜイエスの時代の人々は、『メシア』という存在を「王国を回復してくれるヒーロー」と考えていたのでしょう?  ②「迫害を耐え忍んだ人々」の原動力は何だったと思いますか? あなたは、同じ原動力を持っていますか?  ③へブル11章の信仰者たちには無くて、私たちには既に与えられているものを確認し、感謝の時を持ちましょう。 Outline of the sermon    “Wait upon ‘something better’ by faith.”    (10/03/2024) [Hebrews 11:32~40] ◆Blessings on the earth.  ・First few verses here witness about blessings those believers experienced on the earth.  In Old […]

2024年3月3日 「ヒデさんのメッセージ」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 「説教あらすじ」は、ありません。

2024年2月25日 「『にもかかわらず』の信仰」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ  「『にもかかわらず』の信仰」  (25/02/2024) [へブル人への手紙 11章29~31節] ◆出エジプトの民の信仰(29~30節)  ・29節と30節に出てくる『人々』とはどちらも「出エジプトの民」だが、別の世代。前者は不信仰の故に荒野で滅び、後者は恵みによって「約束の地」に入った。「荒野で滅んだ民」は、エジプトでも荒野でも数多くの神のみわざを経験したにも関わらず不信仰に陥った。[民数記14:6-11] それは何故か?  ・恐らく彼らは「出来事や現象」だけを見て、「原因である方」をしっかり認識していなかった。真の『信仰』とは、「何かが起こること」を信じるのではなく、「起こる起こらないにかかわらず」、その根源である『神である主』を信じているということ。[ダニエル書3:16-18] ◆遊女ラハブの信仰(31節)  ・一方「遊女ラハブ」は、この時点では神のみわざを実際に『見た』ことはなく、『聞いたことがある』だけだった。[ヨシュア記2:8-11] それにもかかわらず彼女はリスクを冒して偵察隊をかくまった。この「捨て身の信仰」の故に、彼女は想像を超えた報酬を受けることになる。「ヨルダン川が堰き止められる奇跡」「エリコの城壁が崩れ落ちる奇跡」を目撃し、また「イエス・キリストの系図に含まれる」という光栄を受けるのである。  ・私たちもこのラハブ同様「聞いただけで、見ずに信じた者たち」である。私たちも主イエスの十字架の現場にいた訳ではないが、心から信じている。[Ⅰペテロ1:8-9] これが「見ずに信じる者」が受ける『救い』という報酬。 ◎更に深い学びのために  ①「出エジプトの民」はどうして荒野で不信仰に陥ったのでしょう? 彼らと「遊女ラハブ」は、何が違いましたか?  ②「見て信じること」と「見ないで信じること」とでは、それぞれどんな長所・短所があるか、考えてみましょう?  ③「にもかかわらずの信仰」を持って生きるために、私たちはどのような点で成長する必要があるでしょうか? Outline of the sermon    “Say, ‘even if not’ by faith.”    (25/02/2024) [Hebrews 11:29~31] ◆Faith of “Exodus people”.(Verses 29~30)  ・People who crossed the Red Sea perished in the desert for their unbelief. [Numbers14:6-11] […]

2024年2月18日 「モーセの信仰による選択」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ   「モーセの信仰による選択」   (18/02/2024) [へブル人への手紙 11章23~28節] ◆『モーセ』という人物  ・『モーセ』は聖書の中でも特別に選ばれた人物。[出エジプト33:11] 彼は神の不思議な御手によって「パロの娘の子」として王宮の中で育てられたが、同胞であるイスラエルの民が迫害されているのを見て耐えられなくなり、王宮を去った。(24~25節)  ・「モーセが王宮に残っていた方が同胞を救うのに有利だったのでは?」とも考えられる。今日は、この「モーセの選択」から、『信仰と選択』というテーマで学んで行こう。 ◆「信仰によって選ぶ」とは?(26~27節)  ・アブラハムが「ひとり子イサク」をささげようとしたことが「主イエスの贖い」を彷彿とさせるように、モーセがイスラエルの民を救うために王宮を去ったことが、主イエスが何不自由ない御国から「人となって地上に来られたこと」を思い起こさせる。これがモーセの『信仰による選択』。  ・モーセは「目に見えない方を見るようにして」同胞たちと苦しみを共にした。肉体的には苦しくても、彼の内側は「全地を祝福するための『神の選びの民』を危機から救い出す」という使命感に燃えていたに違いない。  ・今日の『信仰による選択』というものを踏まえて、以前の『信仰の定義』を次のように言い換えることができる。⇒ 「まだ見ていない『神の約束の成就』を確信して、日々『神の民としての選択』をすること」 ◎更に深い学びのために  ①モーセの人生と、主イエスが「人となって地上に来られたこと」との間には、どんな共通点が見出せますか?  ②26節に書かれている「与えられる報い」とは、どんなものだと思いますか?  ③この地上での歩みにおける『神の民としての選択』には、どのようなものがあると思いますか? Outline of the sermon  “Choosing by faith like Moses.”  (18/02/2024) [Hebrews 11:23~28] ◆Who “Moses” is like?  ・“Moses” is a “special chosen person” in the Bible. [Exodus 33:11]  Though He was raised in the […]

2 Comments

Bryan Johnson · 2020-06-06 at 9:56 pm

I am the author of a booklet titled ‘Answers to New Christians Questions’. We are nearly ready to produce a Japanese version of the booklet translated by Japanese Masters graduate whom I worked with between 2004 and 2010 in Auckland who now lives back in Japan. I would like to send you a copy of the booklet and see if your would become a distributor of the booklet and use it in your ministry. Please contact me on 027 276 6900 or by email.

野口武 · 2021-06-20 at 5:18 pm

峰町キリスト教会の野口です。ご無沙汰しています。渋沢先生のホームページを見つけました。

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