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2022年9月25日 「正しい信仰の基盤」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ     「正しい信仰の基盤」    (25/09/2022) [マルコ 15:40~47] *イエスが捕らえられた時、男の弟子たちは逃げ去ったが、女や年寄りたちは踏みとどまった。何が違ったのか? ◆女の弟子たち(40~41節)   ・彼らには、若い男の弟子たちのような『野望』(誰が1番偉いか…)や『イエスの業績』に対する関心はなかった。彼らの興味は「イエスご自身」。それ故、イエスが捕らえられ罪に定められようと、イエスから離れなかった。 ◆アリマタヤのヨセフ(43~46節)   ・「有力な議員」ということから、かなりの年長者だっただろう。彼は「神の国の現れ」を待ち望んでいた。それ故、イエスによって現わされた「神の国の優れた教え」や「神の国の力ある現れ」に興奮していたに違いない。   ・『議員』という立場上その信仰を公にできずにいたが、イエスの死を前に「大きな悔い改め」に導かれたに違いない。彼は勇気を奮い起こして「イエスの弟子としての行動」に出た。自分の持てる物をささげて、イエスに対し   できるだけのことをした。実は女たちも同様に自分たちの財産を捧げていた。[ルカ8:2-3]   ・「イエスを信じる故に得られる何か」を求める者の信仰はもろい。むしろ『イエスご自身』に魅了され、この地に「イエスご自身が現されること」を切望し、そのために持てる物を惜しみなく捧げる者の信仰は、揺るがされない。 ✰今日のみことば: ピリピ人への手紙 3章7~8a節 ◎更に深い学びのために  ①イエスの十字架を前に逃げてしまった男の弟子たちと、踏みとどまった人たちとでは、どこが違いましたか?  ②状況にかかわらずイエスの許にとどまる「揺るがない信仰」を養うためには、どんな要素が必要でしょう?  ③②のような要素を身に付ける助けとして、どんなことを日ごろ心掛けておくことができるか分かち合いましょう。 Outline of the sermon    “Foundation of right faith.”  (25/09/2022) [Mark 15:40~47] ◆Women followers.(Verses 40~41)   ・Their main interest was not “what Jesus does” but “who Jesus was”.  This is the key […]

2022年9月18日 「キリストによって成就されたこと」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ     「キリストによって成就されたこと」    (18/09/2022) [マルコ 15:33~39] ◆「わが神、わが神・・・」(34節)   ・このイエスの「わが神、わが神・・・」という言葉には、以下の2通りの意味があると思われる。    ①詩篇22篇の引用 ― この詩篇は「わが神、わが神・・・」で始まるが、結論は「神への賛美と勝利」。その中には十字架にまつわる預言の言葉も散りばめられている。周囲にいた聖書の専門家たちには分かったはず。    ②人々の罪を身代わりに負ったことによる『神との断絶』 ― それまでひと時も離れたことのなかった御父は、その聖さの故に、罪を負われた御子から離れた。[Ⅱコリント5:21] ◆神殿の幕が裂けた(38節)   ・これは神殿の「聖所と至聖所を隔てる」幕。幕の向こう側へは、年に1度だけ、子羊の血を携えた大祭司しか入ることができなかった。これは「神と人との隔ては取り除けられた」という神からのメッセージ。[へブル10:19-20]   ・『キリストの十字架』は、「キリストが志半ばで失敗したこと」を示すのではなく、むしろ「キリストを通しての神の偉大なご計画の成就」を示す。今やこのキリストの身代わりの死を「自分のため」と個人的に信じ受け入れる者なら誰でも、神は「幕の内側(神との関係)」へと招き入れてくださるのだ![ヨハネ14:6] ✰今日のみことば: ヨハネの福音書 14章6節 ◎更に深い学びのために  ①イエスの十字架上での「わが神、わが神・・・」という叫びは、どのような意味があると思われますか?  ②「神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた」という出来事は、誰のどんな意図による事だと思われますか?  ③キリストの十字架によって成し遂げられたことを確認しつつ、自分への神の思いの大きさを思い巡らしましょう。 Outline of the sermon    “What Christ fulfilled by the cross.”  (18/09/2022) [Mark 15:33~39] ◆“My God, my God…”(Verse 34)   ・This cry of Jesus may have 2 […]

2022年9月11日 「十字架を取り巻く人々」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ     「十字架を取り巻く人々」    (11/09/2022) [マルコ 15:16~32] ◆兵士たち&クレネ人シモン(17~21節)   ・『紫の衣』は、高貴な人々(王など)が身に着ける衣服。兵士たちはイエスを敬っていたわけではなく、王でもないのに「王と自称していた」イエスをからかい、もてあそんだ。   ・「クレネ人シモン」は、恐らく過ぎ越しの祭りに参加するために田舎から来ていた敬虔なユダヤ人。子供たちの名前が述べられていることから、この出来事をきっかけに「主イエスに対する信仰」に導かれたのであろう。 ◆嘲りに対し無言のイエス(29~32節)   ・イエスはこれらの嘲りに「じっと耐えていた」というよりも、「思いを御父に集中させていた」と思われる。彼の戦いは既にゲッセマネの園で完結しており、あとは全て御父に任せておられた。[Ⅰペテロ2:22-23]   ・「今自分はいるべき場所にいて、成すべきことを行っている」と確信できる者は幸いである。彼らは見える状況が困難であっても揺るがされることはない。イエスもまさにそのような心境だったに違いない。[ヨハネ12:27]   ・祭司長たちは「十字架から降りてきたら信じてやる」と言ったが、このような『上から目線(挑戦的態度)』で神を求めている限り、決して神と出会うことはできない。神が求められるのは「へりくだった、死に物狂いな態度」。 ✰今日のみことば: ヨハネの福音書 12章27節 ◎更に深い学びのために  ①イエスの十字架の周囲にいた人々を思い描いてみましょう。自分との共通点や相違点はどんなところですか?  ②神様と『取り引き』をしようとしたことがありますか? そのような態度は、どんな点が間違っているのでしょう?  ③「いるべき場所でやるべきことをしている」という実感はありますか? ないとすれば、何が足りないのでしょう? Outline of the sermon     “People who were around the cross.”   (11/09/2022) [Mark 15:16~32] ◆Soldiers & Simon of Cyrene.(Verses 17~21)   ・Soldiers mocked Jesus pretending like they were worshiping “the king”.  […]

2022年9月4日 「永遠の目をもって今を生きる」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ   「永遠の目をもって今を生きる」  (04/09/2022) [マルコ 15:1~15] ◆総督ピラトの葛藤(この箇所には『総督ピラト』の内面の葛藤を現す言葉がいくつか見られる)    ①「驚いた」(5節)―ユダヤ人の訴えに動じないイエスの様子を奇異に感じている    ②「祭司長たちが…知っていた」(10節)―ピラトは「イエスにはユダヤ人たちが訴えているような罪がないこと」を見抜いていた。[ルカ23:14-16]    ③「群衆を満足させようと思い…」(15節)―結局ピラトは「自分が正しいと信じること」に基づくのではなく、保身のために祭司長や群衆のいいなりになった。この自己矛盾を納得させるために「手を洗った」。[マタイ27:24] ◆私たちの選択   ・私たちもピラト同様「人目を恐れて自分が正しいと信じることを行えないでいること」はないか?聖書は「人への恐れの故に、神に信頼することを見失ってしまう私たち」に、こうエールを送っている。[箴言29:25]   ・神は私たちに『選択権』を与えている。「今の窮地を切り抜けるために、自分を欺くか」、それとも「神の御顔を真直ぐ見続ける道を選ぶか」。どちらを選んでも「キリストにある救い」を失うことはないが、『この世に対する勝利感』をキリストと共有しながら生きる喜びは失うかもしれない。パウロの晩年の言葉を覚えよう。[Ⅱテモテ4:6-8] ✰今日のみことば: ヨハネの黙示録 2章10節 ◎更に深い学びのために  ①今日の箇所を再読しながら、ピラトの心の動き(葛藤)を辿ってみましょう。何か新しい発見はありますか?  ②私たちはどのような時に「神よりも人を恐れて」しまうのでしょう? 経験談があれば分かち合ってみましょう。  ③『世に対する勝利感』をキリストと共有する喜びを保つためは、どんなことがカギになると思いますか? Outline of the sermon     “Live now with the sense of eternity.”   (04/09/2022) [Mark 15:1~15] ◆Pilate’s struggle.   ・Even though Pilate knew that Jesus was innocent(Luke23:14-16), he eventually delivered Jesus to be […]

2022年8月28日 「驚くべき恵み」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ      「驚くべき恵み」   (28/08/2022) [マルコ 14:66~72] ◆「赦されるはずもないこと」が赦される   ・「あのペテロがなぜこんなことに?」と思う人もいるだろう。日本人なら「群衆の中で自分1人だけクリスチャン」という状況を味わったことがあるはず。そういう人には、このペテロの行動は理解しやすいかもしれない。   ・「自分はペテロのようには罪を犯していない」と思えている人はある意味幸いだが、「神は私の本当の姿を知ったら、決して赦せないに違いない」と思っている人、その人は正に今日のペテロと同じ。たとえあなたがどんな   暗黒にいようとも、『キリストの光』が届かない暗黒はない! ◆砕かれるべきもの   ・「死んでも『イエスを知らない』などとは言わない」というペテロの自信(プライド)は見事に打ち砕かれた。神にとって「自分自身を拠り所としている人」は用いにくい。[Ⅰヨハネ1:8-9]   ・神は「ご自分の心にその心を摺り寄せて来る人」を好まれる。それは「神がどれほどに恵み深い方なのか」を知っている人であり、また「自分がどれほどにその恵みを受けるのにふさわしくない者か」を知っている人。そして   その2つのギャップを完全に埋めてくださった『キリストにある恵み』に日々心を震わせている人である。 ✰今日のみことば: マタイの福音書 9章13節 ◎更に深い学びのために  ①ペテロはなぜイエスを否んだのだと思いますか? またこの後のペテロの心情について話し合ってみましょう。  ②「自分はクリスチャン失格!」と思ったことがありますか?どうしてそう思ってしまったのか、吟味してみましょう。  ③「神が喜ばれるのは『真実の愛』であって『いけにえ』ではない」とは、どういう意味だと思いますか? Outline of the sermon     “Amazing Grace.”   (28/08/2022) [Mark 14:66~72] ◆God’s immeasurable forgiveness.   ・Someone may think that he is not as sinful as this Peter.  Other may feel, “my sin is […]

2022年8月21日 「イエス・キリストは神の子か?」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ      「イエス・キリストは神の子か?」   (21/08/2022) [マルコ 14:53~65] ◆なぜイエスは死刑に定められたのか? [60~64節]   ・ずっと黙っていた主イエスが、この大祭司の質問にだけは黙っていなかった。そしてこのイエスの返答が、彼の死罪を決定づけた(神への冒瀆罪)。[レビ記24:16]   ・本来祭司長たちがイエスを訴えたのは『妬み』のゆえであり、この『冒瀆罪』は隠れ蓑にすぎない。私たちにも同様な「自己防衛のため」に何かを隠れ蓑にして自分を正当化していることはないだろうか?[Ⅰヨハネ1:8-9] ◆イエスは『神の子』なのか?   ・誰かが「自分は神の子である」と証言した場合、次の3つの可能性が考えられる。    ①ウソをついている。(実際はそうではなく、本人もそれを知っている場合)    ②気が狂っている。(自分ではそう思い込んでいるが、実際は違う場合)    ③真実を言っている。   ・「イエスは立派な人物だったが、『神の子』ではない」という理屈は成り立たない。イエスが①か②であるなら、少しも「立派な人物」ではない。イエスはご自分でおっしゃった通り『神の子』であり、私たちの『救い主』なのだ! ✰今日のみことば: ヨハネの福音書 20章31節 ◎更に深い学びのために  ①祭司長たちがイエスを死に定めた真の理由を探りましょう。人の内にあるこのような傾向性をどう思いますか?  ②「自分は神の子だ」と言う人の3つの可能性は? イエスに関してこの3つの可能性を吟味してみましょう。  ③「自分には罪はない!」と言い張る人がキリストの救いにあずかるために、どのようなプロセスが必要ですか? Outline of the sermon      “Is Jesus really the Son of God?”    (21/08/2022) [Mark 14:53~65] ◆Blasphemy. [Verses 60~64]  ・Jesus kept being silent but he couldn’t remain silent […]

2022年8月14日 「聖書が成就するため」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ      「聖書が成就するため」   (14/08/2022) [マルコ 14:43~52](情景を思い浮かべながら読んでみよう!) ◆何が起こったのか?   ・『口づけ』は、当時のラビと弟子たちとの日常のあいさつとして習慣的だった。イエスと弟子たちは似たような服装をしていたので、ユダがこのようにしなければ、一緒に来た者たちは見分けがつかなかった。   ・ヨハネだけが「剣で切りかかったのはペテロ」と記録しているが、真相は不明。   ・『ある青年』が誰なのかも不明。「亜麻布をまとっていた」ことから、裕福な人物だったと想像される。 ◆聖書が成就するため [49節](50節も、27節の成就)   ・「どのようにして聖書の言葉が成就するのか?」には、次の3つの可能性が考えられる。(③が妥当)    ①イエスが意識的に成就した。 ②神がそう仕向けている。 ③神が全てを予見し、預言者を通して伝えた。   ・私たちは『預言の成就』を通して「神の力と誠実さ」、そして「キリストへの信仰の招き」を知る。[ヨハネ20:31]   ・聖書(神のことば)は、「預言(出来事中心。有無を言わさず「こうなる!」という宣言)」と「教え(人の選択・従順によって左右される)」に大別される。神のことばは必ず成就する。しかしそれが「私たちの人生に成就するかどうか」は神からの招きに「私たちがどう応答するか」という『神との個人的な関係』にかかっている。[ヨハネ15:11] ✰今日のみことば: イザヤ書 55章11節◎更に深い学びのために  ①今日の箇所をよく読んで、情景や出来事から分かること・考えられることを分かち合いましょう。  ②なぜ聖書の言葉は「成就する」のだと思いますか? 上記の①~③を考慮しながら話し合ってみましょう。  ③「聖書の言葉が必ず成就する」ならば、神の招きに対する『私たちの応答』は、それにどう関わるのでしょうか? Outline of the sermon      “Let the Scriptures be fulfilled!”    (14/08/2022) [Mark 14:43~52] (Read carefully to see what are happening here.) ◆What are happening?   ・Judas kissed Jesus to […]

2022年8月7日 「仲介者なるイエス」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ       「仲介者なるイエス」     (07/08/2022) [マルコ 14:32~42] ◆祈りの2面性 [36節]   ・このイエスの「ゲッセマネの祈り」に、私たちは「祈りの2面性」というものを見出せる。 ①「トコトン神に求める」という面 ― イエスは「神にはどんなことでもできる」ということを誰よりも知っていた。だからこそ「御父の計画」を知っていたにも拘わらず、それを「取り去ってください」とさえ求めた。 ②「神の前に自分が整えられて行く」という面 ― イエスは祈りによって神に近づく中で「わたしの望みではなくあなたのみこころを…」と明け渡した。これは祈りの中で『神との交わり』を体験する者だけに起こる変化。 ◆私たちの弱さを、イエスは知っておられる [40節]   ・「祈りによってイエスを支える」はずだった弟子たちは、全く役に立たなかった!そんな弟子たちに対しイエスは「呆れたり、見放したり」はしなかった。何故なら彼は自分自身も人として『弱さ』を身に沁みて体験し、私たちの弱さに寄り添うことができるから。[へブル4:15,ローマ8:34]   ・私たちが日々神を求め、神に近づき、神の助けをいただいて前に進むことができるのは、この「私たちのためにとりなしておられるイエス」がおられるから。今週もこの『仲介者なるイエス』を見上げて歩んで行こう! ✰今日のみことば: テモテへの手紙 第1.2章5節 ◎更に深い学びのために  ①「祈りの2面性」とは、どのようなものでしょう? それらを経験したことがあれば、分かち合いましょう。  ②『自分の弱さ』を思い知らされた経験はありますか? その経験は今のあなたにどのように生かされてますか?  ③イエスは今どんな思いであなたのためにとりなしているでしょう? そんなお方にどう答えて行きたいですか? Outline of the sermon        “Jesus, the Mediator.”       (07/08/2022) [Mark 14:32~42] ◆2 aspects of prayer. [Verse 36]   ・We can see “2 aspects […]

2022年7月31日 「『つまずき』は悪ではない!」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ   「『つまずき』は、悪ではない!」  (31/07/2022) [マルコ 14:27~31] ◆信仰と情熱(passion)   ・ペテロらしい情熱が描かれている。私たちは後にペテロがどうなったかを知ってはいるが、この時ペテロは本気でこう思っていたはず。「情熱だけで支えられた信仰」はもろいが、「頭(理屈)だけの信仰」よりも、このような『情熱』のある信仰は尊いと言えるかもしれない。(神は心をご覧になる)   ・しかし、もしこのような『情熱』だけで神に従い通せるとしたら、それは「自分の栄光」でしかない。本物の霊的成長は『神の恵み』によって試練や苦難を乗り越えた時にこそ起こる。では、どうやって? ◆「つまずき」がもたらすもの   ・「つまずくこと」自体は別に悪いことではない。その後に立ち上がって再び前へ進むかどうかが重要。立ち上がれるかどうかは、「主イエスの十字架による赦し」をどのように受け入れているか、にかかっている。   ・[へブル13:5]を暗唱している人は多い。しかしどれだけの人が真に「決して見捨てないイエス」を知っているだろう?「苦難やつまずき」を経験した者だけが知る『神の恵み』がある。そのような『恵み』を知ることを通して、私たちは「神無しには生きられない」という、神ご自身が求めておられる信仰の歩みへと招き入れられるのだ。 ✰今日のみことば: ヤコブの手紙 4章9~10節 ◎更に深い学びのために  ①「情熱的な信仰」の長所と短所はどのような点でしょう? グループで話し合ってみましょう。  ②神はどうして、ご自身の子供たちが『つまずく』ことを許されるのだと思いますか?  ③自分の中に「自分自身の信仰深さ」など、『神ご自身以外のもの』に頼っている部分がないか、探ってみましょう。 Outline of the sermon     “It is ok to fall away, but…”     (31/07/2022) [Mark 14:27~31] ◆“Passion” and “Faith”.   ・Peter had a wonderful “passion” but it was not enough to overcome a […]

2022年7月24日 「新しい契約」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ        「新しい契約」       (24/07/2022) [マルコ 14:17~26] ◆ユダの裏切り(17~21節)   ・「生まれて来なければ良かった」などと言う人は誰もいない。全ての人は神の愛によって生を受け、神と共に生きるために生まれてくる。ユダもその1人であり、そんなユダにイエスは「寄りかかった」。しかしユダは「自分の意志で」そんなイエスを裏切った。後に彼は取り返しのつかない過ちを犯したことを悔いるがあまり首を吊った。    イエスはユダのそんな愚かな生涯を予見して、「そんな形で生涯を終えるくらいなら、生まれて来なければ…」と嘆いた。⇒だから、そんなことになる前に、ちゃんとコミュニケーションを取って誤解を解くべき! ◆新しい契約(22~26節)   ・この「最後の晩餐」が『聖餐式』の起源。「モーセの律法を守ることによって神との関係に結ばれる」という『古い契約』[出エジプト24:7-8]ではなく、イエスの代償の故に「恵みと信仰」によって神との関係に結ばれる『新しい契約』。「聖餐を受ける」という行為は、「もはや自分の行いに頼らず、神の恵みによって生きる」という信仰告白。   ・イエスはここで「ナジル人の誓い」をなさった。その誓いから解かれるのは、やがて私たちと天の御国で再会する『祝宴の場』。その日を待ち望みながら、今日は『主の聖餐』にあずかろう! ✰今日のみことば: ヨハネの福音書 6章56節 ◎更に深い学びのために  ①「自分なんか生まれて来なければよかった…」と呟く人は、どんなことを見失っているでしょう?  ②『聖餐式』にはどんな意味がありますか? それは旧約時代の「律法を守る」ということと、どう違いますか?  ③イエスの『ナジル人の誓い』を通して、あなたは彼のどのような思いを受け取りますか? Outline of the sermon       “The new covenant.”       (24/07/2022) [Mark 14:17~26] ◆Jesus foresaw Judas’ betrayal.(Verses 17~21)   ・Even though Jesus knew that Judas would betray him, he loved him to the […]

2 Comments

Bryan Johnson · 2020-06-06 at 9:56 pm

I am the author of a booklet titled ‘Answers to New Christians Questions’. We are nearly ready to produce a Japanese version of the booklet translated by Japanese Masters graduate whom I worked with between 2004 and 2010 in Auckland who now lives back in Japan. I would like to send you a copy of the booklet and see if your would become a distributor of the booklet and use it in your ministry. Please contact me on 027 276 6900 or by email.

野口武 · 2021-06-20 at 5:18 pm

峰町キリスト教会の野口です。ご無沙汰しています。渋沢先生のホームページを見つけました。

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