聖書

(31) だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい。

大金持ちの「ロックフェラー一族」をご存じですか?彼らは『スタンダード・オイル』という会社も経営していますが、ある時、その会社の1人の重役がミスを犯して、会社に2億円もの損害を与えてしまいました。他の重役たちは当然「あいつはきっとクビになるか、少なくとも左遷させられるだろうな」と思いました。ところが、社長のジョン・ロックフェラーは、この重役と面接する前に、彼の日頃の勤務態度の記録や、彼が今までにこの会社に与えてきた数々の利益のレポートに目を通し、結局この重役のミスを赦してやったそうです。 私たちは誰かの失敗に直面し、しかもその失敗が自分に何らかの損失を与えた場合、つい、かっとなって軽はずみな言葉を口にしがちです。でもそんな時は、まず神様の前に静まって、座り心地の良いイスに腰掛け、それからその人がいるお陰で、普段自分がどれほど助かっているかを思い起こしてみましょう。するとだんだん怒りが収まってきて、当初とは全く違った判断を下すことができるようになることでしょう。 「後悔先に立たず」ということわざがあります。私たちはこのように「怒りをコントロールする」ことによって、できるだけ「あんな軽はずみな行動を取ったばかりに、大切な友人を失ってしまった…」などと後悔することのないようにしたいものです。

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2011年10月23日 『聖餐式』を受ける理由

         説教あらすじ 「『聖餐式』を受ける理由」       (23/10/2011) ◎[ヨハネ6:52-59]  *イエスによる驚くべき表現 [53節]。 今日はこの『聖餐式』について深く学ぶ。  ①「イエスを持つ者であること」を自覚するため [54節] ・イエスは『教え』によってではなく、「ご自身を与える」ことによって私たちにいのちを与えた。[Ⅰヨハネ5:12] ・終わりの日に、父なる神がその裁きの座でご覧になるのは、私たちの「行いや知識」ではなく、私たちの内 におられる「御子イエスご自身」。 ②「魂の飢え渇きを満たす方であること」を覚えるため [55節] ・『まことの食物』とは、すなわち「1度得たなら、もはや繰り返す必要はない」ということ。[35節] ・私たちが「飢え渇いている」ものは何か? ➝ 「決して裏切られることのない信頼」「自分の不変的な価値」                          「自分を完全に理解し、それをありのままに受け入れてくれる存在」 ・イエスを人生に迎え入れる時、これらはすべて与えられ、日々イエスを味わうほどに、深く満たされていく。 ③「自己をイエスに明け渡すこと」を学ぶため [56節] ・この「とどまる」というのは、一方的で受け身的なプロセスではなく、相互作用。イエスは私たちが自分から 明け渡した(イエスを主と迎えた)領域にだけ働きかけ、祝福することができる。[ヨハネ15:4-5] ・まだ見ていないモノを信じ、求め続けるには、忍耐が必要だろう。[ヘブル10:36] しかしそれ以上に、イエス こそ、あなたの人生の全領域を祝福するために、あなたが彼を迎えてくれるのを忍耐して待っておられる。 ④「生きる目的が何であるか」を知るため [57節]   ・誰にでも『生きがい』が必要。イエスにとってそれは「父のみこころを知り、それを行うこと」だった。[ヨハネ4:34]   ・イエスが私たちの内におられるなら、私たちも彼によって志を与えられ、それを行うことによって真の喜びに満ちて生き るようになる。[ピリピ2:13] 「自分が何をするために生まれてきたのか分からない」のは、イエスを持っていないから。      Outline of the sermon  “Why do we Read more…

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2011年10月16日 『つまずき』を乗り越えよう!

          説教あらすじ 「『つまずき』を乗り越えよう!」       (16/10/2011) ◎[ヨハネ6:41-51]  *今日は、私たちの信仰生活における「つまずき」について考える。  ①「イエスが天から下って来た」ということに対するつまずき [41-42節] ・イエスの出生に関する秘話。[ルカ1:30-35]  ・しかもずっと以前から預言されていた。[マタイ1:20-23] ・「聖書にこういう奇跡の記事がなければ信じるのに…」という人がいる。しかし、私たちにとっては奇跡でも   神にとっては不可能はない。[ルカ1:37]  聖書を文字通り信じられない人は、「神を信じようとしている」 のではなく、「自分の常識や理解力」を神としてしまっている。[ルカ1:45] ②「救われるために、人は何もできない」ということに対するつまずき [44節] ・すなわち「救われる人はあらかじめ決まっている。運命であって、誰もどうすることもできない」という考え。 これは部分的に正解。確かに「私たちが自分の救いのためにできること」はない。ただ信じるだけ。[47節] ・但し、同時に私たちが知っておくべきことは「神は法則のような方ではなく、人格を持っている」ということ。 イエスは神の完全な現れ。彼は嘆き、怒り、そして愛した。神は私たちの祈りを聞かれる。 私たちは誰が信じるようになり、誰が最後まで信じないかなんて分からない。ただはっきりしているのは、 「もし私たちが宣べ伝えなかったら、彼らは滅びる」ということ。 ③「イエスの肉を食べる」ということに対するつまずき [51節]   ・文字通りの意味を考えるならばおぞましいが、事実イエスは私たちの身代わりに十字架に『釘付け』にさ れた。それはある意味「その肉を食べること」同様にむごい。  ・『聖餐式』はイエスの十字架のわざを思い起こすための儀式だが、「イエスの肉を食べる」ようなもの。     ・クリスチャンにとって、イエスの十字架が「つまずき」になることはないが、逆に『当たり前』になってしまって はいないだろうか?私たちは日々この『イエスの犠牲』を直視しているだろうか?➝ [ピリピ2:6-8]      Outline of the sermon  “We shall overcome ‘Stumbling blocks’.”  (16/10/2011) Read more…

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2011年10月9日 いのちのパン

          説教あらすじ 「いのちのパン」       (09/10/2011) ◎[ヨハネ6:30-40]  ◆[30節] 人々はイエスを信じるために『しるし』を求めた。[Ⅰコリント1:22] (既に奇跡を体験したのにも関わらず!) ・彼らの先祖は出エジプトの際に『マナ』の奇跡を体験した。[31節] それだけでなく、他の数々の奇跡を見たに も関わらず、彼らは不信仰の態度を改めなかった。➝ しるしを求める者は決して満足することを知らない! ・『マナ』は真の「天来のパン」ではない。[32節] (またお腹がすくから) ・真の「天来のパン」は「いのちを養う」ためのものではなく、「新しいいのち」そのもの。[33節] ◆[35節] イエスははっきりと、ご自身が「いのちのパン」であるとおっしゃった。 ・彼を信じる者(自分にいのちを与える方として受け入れる者)は、もはや飢えることはない。[ヨハネ4:14, 7:37-39] ・人の本当の飢え渇きは、お腹のためではなく、魂からやってくる。(真の食物と出会えば、それは止む) ◆イエスと出会う人々の反応は、はっきりと2分される。(イエスの態度がはっきりしているから)    ①(見ても)信じない人[36節]   ②(見なくても)信じる人[37, 40節] ◆「神の前に失われている」[39節] とは? = 『罪の壁』によって、神と隔てられてしまっている人々。   ・この「失われた人」を捜して、罪にまみれたこの世に来てくださったのが、私たちの主イエス[ルカ19:10]。彼こそ、この世にあって私たちが「まことのいのち」を得るために、父なる神が遣わしてくださった『いのちのパン』。  ・この父なる神の私たちに対する熱意と愛情は、旧約聖書の中でも証しされている。[エゼキエル34:11-16]       Outline of the sermon  “The Bread of Life.”      (02/10/2011) ◎[John 6:30-40]  ◆[Verse Read more…

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2011年10月2日 『人の視点』と『神の視点』

説教あらすじ 「『人の視点』と『神の視点』」    (02/10/2011) ◎[ヨハネ6:22-29] *今日は、私たちが陥りがちな、人生に対する誤った態度を、3つの角度から学ぶ。 ①[26節] 「しるしを見たこと」と「パンを食べて満腹したこと」は、どう違うのか? ・『パン』 = 「自分にどういう利益があるか」に注目。  ・『しるし』 = 「イエスとはどういう方か」に注目。 ◆イエスを自分のために利用しようとするのではなく、イエスが『誰』であって『どこから』『何のために』来られ、 そのために自分はどうすれば良いのか、を問わなければならない。 ②[27節] 「なくなる食物のために働く」のと「永遠のいのちに至る食物のために働く」のは、どう違うのか?  ・『なくなる食物』=自分の必要のために、自分の力で。  ・『永遠に至る食物』=他者の必要のために、神と共に。     ・人は誰でも「価値あることのために働きたい!」という願望を持っている。                  [Ⅱコリント4:18]     ・「何をして生きるか」以上に、「何のために」また、「どうやって(誰と)」それをするか、の方が重要である。 ③[28-29節] 「神のわざ(複数形)のために何をすべきか?」 vs 「『信じること』が神のわざ(単数形)」 ・神が求めておられるのは、「神のために何かをしてくれる人」ではなく、「神がなさろうとしていることを受け止 めてくれる人(器)」である。(『神のわざ』をするのは、私たちではなく、神ご自身!)すなわち、神の眼差しを じっと見つめて、彼から発せられるパスをしっかりキャッチする準備のある人。[Ⅱ歴代誌16:9] ★「あなたの人生は、あなたが中心ではありません。」(「人生の5つの目的」の最初の言葉)  ◆あなたの人生の主役を神に明け渡して、 「神がご自身のわざを現すために、あなたの人生をどのように用いるか」 に注目しましょう!  Outline of the sermon  “Men’s point of view and God’s point Read more…

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2011年9月25日 恐れるな!

(今回のオーディオはありませんのでご了承ください。) 説教あらすじ 「恐れるな!」    (25/09/2011) ◎[ヨハネ6:16-21] *今日は『恐れ』について、3つのポイントで考える。 ①『恐れ』はどこからやってくるのか? ・主に、実際に起こっていない[イマジネーション]の世界で。(悪魔は「思いの中」に種を蒔く) ・「恐れの感情」が、わざわいをおびき寄せることがある。 ・人類が体験した最初の『恐れ』。[創世記3:10] ➝ 悪魔の誘惑に心を開き、神を締め出したとき。 ・人はしばしば『得意分野』で神を見失う。[19節] ②『恐れ』に打ち勝つには? = キリストを人生の舟に迎えること。[21節] ◆[Ⅰヨハネ4:4] キリストを通しての神との関係だけが、『恐れ』を締め出すことができる。  ・自分の側(善行・努力など)に拠り所を見出している間は、決して恐れから逃れられない。すべては神から の一方的な恵みによることを、よくよく知らなければならない。 ③『恐れ』の中で、神を見失わない秘訣。[19節]  ・弟子たちは恐れのあまり、イエスを見てさえ恐れた。 ➝ イエスの解決方法 =ご自身の『みことば』[20節] ◎神のことばに満たされていなさい![イザヤ43:1-2] ◆「こんなだらしない自分は、神に見捨てられてしまうのでは…」と恐れる人もいる。    神が嘆かれるのは、私たちの「弱さ・だらしなさ」ではなく、「神の『完全な愛・一方的な恵み』を私たちが疑うこと」。 Outline of the sermon  “Fear not!”   (25/09/2011) ◎[ John 6:16-21]  *Let’s think Read more…

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2011年9月18日 2種類の『知性』

説教あらすじ 「2種類の『知性』」   (18/09/2011) ◎[ヨハネ6:1-15] ◆[1-4節] ・イエスに従って行く者に2通りいる。 ①「神のわざ」を追い求めるタイプ ②「神の真理」を求めるタイプ [4節] 『過越の祭り』について  ・今日は詳しく学ばないが、これは人々が「神の約束のことば」と「子羊の血」の力に信頼して、災いから免れ たことを記念する祭り。今日の私たちも同様に「神の真理のみことば」と「イエスの十字架」に信頼するべき。 ◆「2種類の知性」がある。➝ 『知性』と『神』とは相容れないものではない。[使徒17:27,マルコ12:29-30]   ①神を締め出す知性  ②神を見出させる知性 神を締め出す知性 神を見出させる知性 観察対象 選り好み・『常識』のスクリーン  [7節] 手当たり次第・ありのまま  [8-9節] 追求方法 データ重視・損得勘定  [マタイ14:15] リスクを恐れず、徹底追求 結論 人間の万能性に期待 人間の限界を認識 反応 自分の利益のために利用  [14-15節] その事実・法則を尊重し、従う  [ルカ5:8] ◆イエスは、私たちの内にあるものを探られる。[6節]   ・イエスは、私たちが『真理』を求めているか、それとも「自分に都合の良いことだけ」を求めているかを試す。   ・多くの人が神を認めようとしないのは、「神がいたら都合が悪い」から。すなわち「自分が自分の人生の神」 でいたい。これこそ、聖書が指摘している『罪』。しかし、神を知ることこそ『知性』の基本。[箴言1:7] Read more…

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(30) あなたは神と和らぎ、平和を得よ。そうすればあなたに幸いが来よう。

あるお金持ちが波止場を散歩していると、1人の漁師が舟の上でのんびりとくつろいでいるの見かけました。いかにも仕事を怠けているかのように見えるその漁師に向かって、彼はこう話しかけました。「何で漁にも出かけずに、そんなところでくつろいでいるんだ?」漁師は答えました。「いや、もう今朝のうちに十分魚が捕れたんでね。」金持ちは続けました。「だったら、もう1回出かけて行って、もっとたくさん捕まえてくればいいじゃないか。」今度は漁師が逆に尋ねました。「そんなに余計に捕まえてどうするのさ?」金持ちは答えました。「そうすれば、もっとお金が稼げて、もっと大きな舟が買えて、そうしたらもっと大きな魚を捕まえられるようになって、ドンドン儲かるじゃないか!」漁師は再び尋ねました。「そんなにお金を貯めてどうするのさ?」金持ちは鼻を鳴らしながら言いました。「もちろん、そうすればのんびりとくつろいで、俺みたいに毎日楽しく暮らせるだろ?」漁師は答えました。「じゃあ、俺が今こうしてのんびりとくつろいでいて、何が悪いんだい?」 心の安らぎや満足感というものは、2つのモノを手に入れることからやって来ます。1つ目は「優れた関係」そしてもう1つは「優れた人生の目的」です。 私たちがこの地上で持ちうる『関係』の中で最も優れているのが、この天地を造られた『神』との関係です。そして次に大切なのがあなたの『家族』との関係。この2つの関係をどのように建て上げていくかが、あなたがこの地上での人生の終わりに近づいたときに、大きくモノを言います。 また、「優れた人生の目的」も、あなたを造られた『神』と出会うことからやってきます。神はあなたを、偉大な目的に従って、この地上に送り出されました。それを見出したとき、あなたは何故自分がそのことに以前から興味があり、そのための十分な能力を持っていたかに初めて納得がいくのです。 アメリカ開拓史の中で、次のようなユーモラスな話があります。ある男がアメリカ大陸へ移民を志していた頃、次のようなウワサを耳にしました。「どうやら、アメリカって所は、道がすべて黄金で舗装されているそうだ。」彼はこの「黄金の舗装道路」を見るのを楽しみにしながら、アメリカへ渡りました。ところが、道は黄金どころか、舗装さえされていなかったそうです。彼は「皆が楽しみにしてやってくるアメリカの道路がこんなのでは良くない」と言って、道路を舗装する仕事をライフワークにした、ということです。 あなたはもう自分の『ライフワーク』を見つけましたか?もしまだなら、まず「神との関係」を築き上げてください。神はあなたを最高の『ライフワーク』へと導くことのおできになる方です。

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(29) 神はへりくだる者を正しい道へと導く。

こんな人に会ったことはありませんか?どこに行くにも杖を持ち歩いて、分かれ道に出くわすたびに、その杖を高く放り投げ、その杖の先が向いた方が『神様が導いている道』と信じて進んで行く。何て信心深いことでしょう! さて、ある時1人の男性が、この「杖を持った人」がある交差点で、何回も繰り返して、上方に杖を放り投げ、落ちてはまた拾い上げて放り投げているのを見て、尋ねました。「一体何をしているんだい?」 その人は答えました。「見て分からないかい?神様がこの杖の向く方向によって、私の行くべき道を示してくれるのを待ってるんだよ。」 「なるほど、それは分かったけど、じゃあどうして、そうやって何回も放り投げているのさ?」 その人は答えました。「だって、何回やっても、杖が間違った方を指すからさ。」 この話と、あなたの人生とは、どこか共通点がありませんか?「神様がいるなら導いて欲しいけど、あくまで私がやりたい通りにさせてくれるなら…」 神様に伺いを立てながら、その答えが自分の気に入るか否かで、その助言に従うかどうかを決めるなら、一体どちらが『神様』なのでしょう?水が高いところから低いところへと流れるように、神様からの祝福も、心を低くする者へと流れ込んでくるのです。「今まで自分のやりたいように生きてきて、うまく行かなかった」というアナタ!思い切って、神があなたのために備えてくださっている道を求め始めてはいかがでしょうか?

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2011年9月11日 神からの栄誉

説教あらすじ 「神からの栄誉」   (11/09/2011) ◎[ヨハネ5:39-47] *今日はここから、3つのポイントで学ぶ。 ①聖書は初めから終わりまで『キリスト』を指し示している。[39-40節] ・聖書が終始私たちに指し示しているのは「守るべき教え」ではなく、「神ご自身について」そして「神との関係 の回復について」である。そしてまさにキリストは「神とはどういう方なのか?」[ヨハネ14:9]、「神との関係の回 復への道は?」[ヨハネ14:6]を示し、その回復を実現なさるために、この地上に来られた。 ②私たちが本当の喜びを得られない原因。[ヨハネ15:11] *イエスが持っていた喜びの秘訣とは? [41節] 「人からの栄誉を受けない」とは、「人からの栄誉を受ける必要がない」の意味。  ・イエスは「人からの評価は、自分の価値を上げも下げもしない」ことをよくわきまえていた。   しかし、私たちはいつも「他人による評価」に一喜一憂してしまう。 何故?➝ 『認められたい』から。  ・私たちは「自分の価値」を見出すために、様々な手段を講じる。(例:知識・財産・有名知人・ハク・流行…)    ➝ 常に『優越感と劣等感』『興奮と虚脱感』の間を行ったり来たり…。(「人間は考える葦?」) [43-44節] イエスは、私たちを神と結びつけ、私たちが「神の愛による絶対評価」に目覚め、 その価値観に生きるようになるために来られた。 ◎『神の絶対評価』とは… ①「神の作品としての絶対的価値」 ②神の愛着の故の「測定不能の価値」 ③「モーセの律法」が与えられた理由。 [45-46節]  ・律法の本質は、人は「正しい行いをすることによって、神に認められる」のではなく、「神との正しい関係の中 で生かされていないと、正しく生きられない」ことを人々に分からせること。 ・「モーセが書いたのはわたしのこと(46節)」とイエスが言われたのは、律法もキリストも「私たちが神に注目す るようになるため」に存在し、どちらも『神の愛と義』を象徴している、ということ。 イエスが十字架にかかられたのは、この『神の愛と義』を明確に表現したものである。 Outline of the sermon “The praise from God” (11/09/2011) Read more…

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