メッセージ

2012年9月16日 「足を洗われた者は、きよい」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「足を洗われた者は、きよい」   (16/09/2012) [ヨハネ13: 6-11] ◆イエスは「足だけ洗えば、全身きよい」と言われた。[10節] 『足』とは、この世との接点であり、全身を支えるもの。 ・「目に見える部分(行い)」だけを変えても無駄。『根(見えない部分)』を処理しなければ、きよくならない。 ◆では、私たちの『根(土台)』とは?= 「自分」 *私たちの判断基準はいつも『自分の益』-「どっちが得か?」「どっちが楽か?」「どっちが楽しいか?」など。   ・私たちはよく「しっかりしなさい!」と言うが、一体何を「しっかり」させるのか?= 『自分』 ◆カギは『自分』ではなく『キリスト』 [8節,Ⅰコリント3:10-11]   ・地震の時、私たちは「ゆるがないもの」を捜した。キリストこそ「ゆるがない土台」[詩篇16:8]   ・「キリストを土台に据える」とは、単に「キリストと共に生きる」ということではない。(➝ ユダの例:[11節])    「自分の目標」と「キリストの目標」のズレ。肝心なのは「自分のためのキリスト」ではなく「キリストのための自分」を見出すこと。 ◆キリストに人生を賭ける。[ルカ9:23-24 ➝ マタイ10:39]   ・「自分を捨てる」とは、「自分を嫌ったりさげすんだりする」のではなく、『真の自分』を見出すための投資。   ・女性が結婚に人生を賭けるのは、「愛されている」と確信するから。私たちがキリストに人生を賭けるのも同じ。   ・キリストが私たちを愛されたのは、私たちも同様に「愛する者」となるため。[Ⅰヨハネ3:16]    私たちが愛せないのは、「愛がないから」ではなく、『自分』が妨げているから。 ☆あなたはイエスに、あなたの『足』を差し出しますか? Outline of the sermon    “A person whose Read more…

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聖書

(58) 外部の人に対して賢明にふるまい、機会を十分に生かして用いなさい。

私たちの人生で「最も貴重なもの」といえば、それは『時間』でしょう。1度失われた時間は、2度と取り戻すことはできません。これだけ便利でスピードの増した時代は、過去にはなかったはずなのに、相変わらず私たちは「時間が足りない!」と言う。これは一体どうしたことでしょうか? たった1度しかない人生を有意義に過ごすには、何としてもこの『時間』というものを正しく使わなければなりません。すなわち「決して取り戻すことのできない『時間』というものを、より有意義に使う」ということです。では、どんな時間の使い方が『有意義な使い方』なのでしょう?私たちは10年後に『もっと優れた自分』になっているために、どんなことに多くの時間を費やすべきなのでしょう?それは『豊かな関係作り』と『優れた本を読むこと』です。そしてまず初めに私たちが読むべき書物、それが「人生のマニュアル」とも呼ぶべき『聖書』なのです。「あ~あ、今日も時間がないから、聖書を1ページも読む時間がない…」と言ってあきらめないで、半ページでも、3行でもよいから「少しでも目を通す」習慣をつけましょう。「塵も積もれば山となる」と言いますが、1週間全く聖書を読まなくなるところだったのが、気づいてみれば2章も3章も読めた、ということになるかもしれません。 オズワルド・サンダースという人が、『時間の有効利用』について、次の3つのポイントを指摘しています。 ①「時間の漏れをなくす」:時間の計算をするときに『何時間単位』で計るのではなく、『何分単位』で数えるようにする。10分刻みの時間を大切にするよう心がけたら、おのずと1時間ごとの時間を無駄にすることはない。 ②「優先順位をはっきりさせる」:多くの時間が『2番目以下に大切なこと』に費やされている。そのため『最も大切なこと』に使われる時間が足りなくなり、私たちの生活を破壊する。これは「目に見えるもの」にばかり振り回されて、最も大切な「目に見えない、内面的なこと」をおろそかにすることと同じである。 ③「計画的に行動する」:計画無しに行動することは、「失敗の計画」を立てているようなものである。状況にばかり流されているなら、何も成し遂げることはできない。「私が今日成し遂げるべきことは何でしょう?」と神に尋ねながら、日々を進んでいくべきである。 あなたの今日の歩みが、10年後の「より優れたあなた」へと導きますように。

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