メッセージ

2014年11月16日 「イエスをじぃ~んとさせよう!」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ    「イエスをじぃ~んとさせよう!」  (16/11/2014) [コロサイ 3:18~4:1]  ◆「愛されてる」と実感したい! ・イエスは「わたしが愛したように互いに愛し合いなさい」とおっしゃったが、ある人々は「でも私はイエスに愛さ れているという実感がない!」と言う。ではどうやったらそのような『実感』が得られるのか? ・「いかに愛されているか」の理解は「いかに愛される資格が無いか」の理解度に比例する。そして「いかに愛さ れる資格が無いか」の理解は「キリストを通して現された神の愛の深さ」の理解度に比例する。[エペソ3:17-19] ◆「信仰による」愛の表現 ・私たちクリスチャンの「愛する歩み」は『実感』ではなく、『信仰』に基づいている。 ・この世の法則は「Give & Take」。だから「どちらが先に与えるか」でモメる。天の御国の法則は「信仰によって」 先に愛を表現する。「愛する理由のない人」に敢えて愛を表現する時、その信仰に応えて神が愛を注がれる。 ◆どのようにして「信仰によって」愛を実践するか?   ①イエスをじぃ~んとさせる [23~24節] ・「相手がそれに相応しいから」ではなく、「主がそれを望んでおられるから」。ただこの理由で行動を起こす時 神の愛が動く。私たちが「主が愛されたように」愛する時、そこに『神の国(神の支配)』が満ちる。   ②まず「家庭における人間関係」から [18~21節] ・家族を優先することを恥じてはならない。(でも『家庭礼拝』もしてね。) もしすべての家庭でこの箇所のような 人間関係が実践されたなら、社会的な大革命が起こる。これこそ神がこの地上に望んでおられる『奇跡』。 ✯家庭で、またあらゆる人間関係において「イエスをじぃ~んとさせること」を求めて、この週も歩んで行こう!   Outline of the sermon     “Let us touch Jesus Read more…

聖書

(148) “私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。”

私がまだ日本に住んでいた頃、人々に「教会にいらっしゃいませんか?」とお尋ねすると、「いえ、私は『宗教』には興味がありませんから…」というお返事をよくいただきました。 人々は『宗教』という言葉から主にどのような印象を受けるのでしょうか?「洗脳」「修行」「多額の寄付」などなど、思うにあまり良い印象がないように見受けられます。 英語で「Christianity is not “religion” but “relationship” with God.」ということわざがあります。日本語に訳すなら「『キリスト教』は『宗教』ではなく、『神との関係』である」というふうになるでしょうか?事実私たちクリスチャンは「聖書の教えを一生懸命に実践して、少しでも立派な人になろう!」という意識で日々を暮らしているわけではなく、「私たちをお造りになり、私たちを深く愛し慈しんでくださる『父なる神』との、言葉に言い尽くすことのできない『心と心の交流』」の中で日々生かされているのです。そしてまた、クリスチャンたちがその家族や友人を教会に招いたり、聖書に関して伝えたいと思ったりするのは、「熱心な布教活動によって信者を増やそう」としているわけではなく(いわゆる『宗教』はそのようにしているのかもしれませんが…)、この祝福に満ちた『神とのいのちの関係』を、愛する人々にも体験して欲しいと思うがあまり、つい誘ってしまうのです。それはあたかも「美味しいラーメン屋さんを見つけたから、今度一緒に行ってみようよ!」と誘っているようなものです。 ここニュージーランドでは、日本国内と違い、日本人の知り合いを教会にお誘いすると、半分以上の方々は何の先入観もなしに教会においでになります。そしてそのうちの多くの方々が、イエス・キリストを通しての『神との祝福に満ちたいのちの関係』へと導かれます。日本にいてこのコラムを読んでくださっている皆さんも、ぜひお近くのキリスト教会へ足を踏み入れてみてはいかがでしょうか?