(461) “すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。”

 だれでも、時計が遅れ始めたら電池を取り換えますよね?車のオイル交換サインが点滅を始めたらオイルを交換するでしょうし、コンピューターがフリーズしたら再起動させると思います。本当に便利ですね。エネルギーが切れ始めたり不具合が生じたら、それが分かるように知らせるシステムが備わっているわけです。  実は神様が私たち人間を創造された時にも、あらかじめそのような『警告システム』を搭載してくださったのです。けれども私たちはしばしばそれらの警告を無視して活動を継続し、時には取り返しのつかない状況に陥ってしまうこともあります。ぜひ次のいくつかの『警告システム』をチェックしてみてください。  ①最近理由もなくイライラすることがある。②一生懸命にやっているのに認めてもらえていない気がする。③有給休暇を取ろうとする時に負い目を感じる。④後輩を指導する時に、穏やかに話せずに、つい大声を出してしまう。⑤この前「涙が出るほど大笑いした時」がいつだったか思い出せない。⑥休日の終わりが近づくと言いようのない疲れが襲ってくる。⑦ささいな失敗をした時に、つい必死に言い訳を考える、などなど。これらのものは決して「当たり前な態度」でも「過剰な反応」でもなく、創造主なる神が生まれつき私たちに与えている「休養とリフレッシュが必要だ」と教える『警告サイレン』なのです。  いわゆる「燃え尽きてしまう」という症状は、決して一朝一夕では起こりません。そこに至るまでに必ず上記のようなサイレンが何度も鳴っていたはずなのです。神様が与えてくださった大切な『からだ』、ぜひ「聖書の注意書き」をよく読んで、いたわってあげてくださいね。

2021年10月24日 「結婚関係の意味」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ        「結婚関係の意味」       (24/10/2021) [マルコ 10:1~12] ◆『離縁状』の役割 [2~5節]   ・『離縁状』の由来は申命記24章。これは「夫の権利のため」というよりも、「離縁された女性の再婚」のため。   ・[6~9節] イエスがここでおっしゃりたかったのは「離婚は罪だ」ということではなく、「結婚は創造のみわざの初めから神が定めた素晴らしい祝福である」ということ。しかし、人に『自由意志』をお与えになった神は、ご自身の願いに反する『離婚』という現実が起こることも考慮され、『離縁状』という対応策をも備えてくださった。 ◆『結婚』の真の意味 [10~12節]   ・マタイの福音書には、イエスのこの言葉に対する弟子たちの反応が書いてある。彼らには「男が妻に対してそ こまで献身するなんて…」というマインドセットがあった。しかしイエスはその模範を示された。[エペソ5:31~32]  ・「結婚関係」は夫と妻との間の『献身』によって結ばれている関係。そしてそのイニシアティブを取るのは『夫』。キリストが私たちの「喜びや痛み」を自分のことのように感じてくださるからこそ、私たちも彼の愛に応えたくなる。同様に、夫が妻の「喜びや痛み」を自分のことのように受け止めるなら、妻もその愛に応えられるようになる。「キリストの愛による豊かな人間関係」こそが、人々に『神の愛』を証しする最強の武器である。[へブル13:4] ✰今日のキーワード: 『関係』への誠実さ ◎更に深い学びのために  ①パリサイ人たちの企みはどんなことでしたか? イエスの応答に対して彼らはどのように感じたと思いますか?  ②今日の内容から『結婚関係』ということに関してどんな発見がありましたか? 互いに分かち合ってみましょう。  ③神が求めておられる「関係への誠実さ」とはどのようなものでしょう? 自分の中に足りないものは何ですか? Outline of the sermon    “What is‘Marriage’really for?”   (24/10/2021) [Mark 10:1~12] ◆“Certificate of divorce”. [Verses 2~9]   ・Jesus was not saying, “Divorce is sin”.  Instead, he was saying, “Marriage is Read more…

(460) “むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において、…キリストに向かって成長するのです。”

 あなたにとって『親友(ベストフレンド)』とはどんな存在ですか?少なくとも「自分が言って欲しいことだけを言ってくれる人」また「頼んだことは何でもしてくれる人」などではないと思います。  うわべだけの付き合い、相手に気に入ってもらえることだけを言ったり行ったりすることは、ある意味簡単です。けれども私たちが相手のことを真の意味で愛し、相手にとっての最善のために貢献しようとする時、時には厳しいことを言ったりつらく当たったりしなければならないことがあるのも事実です。  『真の友人関係』に欠かせないものは「大いなる喜びと責任」です。どちらか片方だけを選択することはできません。そしてこのような関係は、時には「いら立ち」「落胆」「多大な忍耐」などを余儀なくさせられることもあります。言うなれば、そのような犠牲を払う覚悟の無い人は、神様が私たちに与えてくださっている「かけがえのない友人関係」という祝福を体験する機会を逃してしまうのです。  『親友』とは、「自分をも相手をも成長させてくれる存在」です。またイエス・キリストは「わたしはあなたがたを友と呼びます」とおっしゃいました。このお方を人生の友として迎えた者同士が「真の友情」を育もうと願うなら、イエスは喜んで助けを与えてくださるのです。

2021年10月17日 「神の国の価値観」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ        「神の国の価値観」       (17/10/2021) [マルコ 9:38~50] ◆神の目に尊く映る人々 [38~41節]   ・ここでのヨハネの発言は「自分たちに属しているか否か」を問いている。しかしイエスは「キリストに属しているか否か」、そして「それらの人々にどう接するか」を神はご覧になるとおっしゃった。これが『神の国』の視点。   ・実際には「御名だけを唱えて悪霊を追い出すこと」を警告する聖書箇所もある。それらは『行為』だけに気を取られて「イエスとの関係」を軽んじる姿勢を問題視している。神は「うわべ」ではなく『心』をご覧になるお方。「何をしているか」ではなく、「誰に対して(どんな心で)行っているか」が重要。⇒ [コロサイ3:23] ◆何が神を悲しませるのか? [42~43節]   ・ここからのキーワードは、「わたしを信じる者をつまずかせる」。すなわち「人をキリストとの関係から遠ざけるもの、また遠ざけようとする行為」に対する神の断固たる見解が描写されている。[へブル12:1b~2a, 4]   ・[49~50節] ここで言う『塩気』とは、「キリストとの親密な関係」。「人がキリストから引き離されること」を神は嫌う。私たちも「神の家族がキリストから引き離されそうになっている」のを見たら、全力でその人を助けよう。[ローマ14:15] 『真の友』とは、自分の役に立つ存在ではなく、「自分にキリストを思い起こさせてくれる人」。 ✰今日のキーワード: 『塩気』を保つ ◎更に深い学びのために  ①「神の目に尊く映る人々」とは、どのような人々ですか? それは『この世の価値観』とどのように異なりますか?  ②ここで言う『つまずかせる』とは、どんなことでしょう? 過去にそういう体験があれば、分かち合ってみましょう。  ③神はどのようなことを悲しまれるのですか? そうならないために、私たちはどう気をつければ良いのでしょう? Outline of the sermon    “The value of God’s kingdom.”   (17/10/2021) [Mark 9:38~50] ◆Those who God is pleased. [Verses 38~41]   ・God is pleased those who “belong to Read more…

(459) “あなたが整えられた月や星を見るに、人とは何者なのでしょう。あなたが心に留められるとは。”

 「驚くべき惑星 地球」という科学映画があります。この映画に描かれていることは2つあり、1つ目は「地球がいかに特別な環境に造られていて、ほんの少しでも環境が違っていたら決して生物は存在できなかった」ということ。そしてもう1つは「地球が全宇宙の中でいかに特別な位置に置かれていて、ほんの少しでもズレていたら決して他の天体を観測することはできなかった」ということです。すなわちこの映画が私たちに伝えようとしているのは、「人知を遥かに超えた何者かが、この全宇宙の壮大さを、別の知的存在に伝えようとして、地球を『特別な環境・位置』に形造った」ということなのです。  聖書の冒頭にある『創世記』の第1章を読むと、そこには6日間で地球を含む全宇宙を創造し、6日目の終わりに私たち人類をお造りになられた神の創造のみわざが描かれています。それはあたかも、私たち人間を最終目的として、私たちが「与えられた知性・能力を最大限発揮できるように」と、そのための最善の環境を神があらかじめ整えてくださったかのようです。  私たちは、壮大な天を見上げ、永遠に変わらず輝き続けているかのような太陽・月・星々を見ると、まず自分の存在のはかなさを思わされますよね?しかしそんなちっぽけな自分を目に留め、『かけがえのない存在』として顧みてくださる偉大な創造主である神を思い、神が自分に対して抱いておられる、人間の思いを超えた驚くべき夢やご計画に気付かされた時、私たちは畏敬の念を抱かずにはいられません。  確かに私たちは「自分たちにはどんなことも許されている」かのように思い上がって、思い気ままに自然環境を破壊し、自分たちの欲求を満たそうと地下資源を浪費すべきではありません。しかしその反面「自分には何の取り柄もない。誰の役にも立っていない。こんな自分は生きていても仕方がない。」というように、自分の存在に価値を見出せないでいる人々に対して、聖書は『真の希望のメッセージ』を送っています。それは、この全宇宙を形造られた唯一偉大な神がおられて、その方が私たち1人1人に目を留めておられ、特別な計画を持っておられ、そしてそのプロジェクトを一緒に担って欲しいと今日も切に願っておられる、ということなのです!

2021年10月10日 「イエスの名のゆえに」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ      「イエスの名のゆえに」     (10/10/2021) [マルコ 9:30~37] ◆弟子たちの思い [30~32節]   ・イエスは再びはっきりと『受難の予告』をなさった。しかし弟子たちは理解できなかった。何故? 恐らく彼らの中には『イエスが死ぬ』ということを認めたくないというマインドセットがあったに違いない。⇒ [33~34節]   ・この世において「偉くなること」は「自分の思い通りに事を運べるようになる」ということを意味する。しかしイエスはここで「『神の国』においてはそうではなく、むしろ『仕える者になること』である」と教える。 ◆イエスの期待 [35~37節]   ・『子供』は「取るに足りない存在」の象徴。人の目には取るに足りない存在でも、それらを造られた神にとってはすべてが『かけがえのない存在』。イエスがここで弟子たちに知らせようとしておられるのは「目の前にあるものを『キリストとの関係』に基づいて取り扱う」ということ。主イエスが私たちに期待されていることは、「ご自身との関係のゆえに、ご自身が切望しておられることに共感し、それを地上で体現してくれる存在」として生きること。   ・[Ⅱコリント2:15] 私たちは「この世を主イエスに託され」ている。何をしても自由だが、主イエスの顔に泥を塗るようなことはしたくない。まずは『主イエスの愛に応える心』が自分の内に豊かに育まれることを待ち望もう! ✰今日のキーワード: 人々は私の内に誰を見るのか? ◎更に深い学びのために  ①何故弟子たちは『受難予告』を理解できなかったのでしょう? 彼らの思いを占めていたものは何でしたか?  ②『偉い人』という概念は、「この世」と「神の国」とでは、どのように違いますか? 何故そうなのだと思いますか?  ③「キリストの名のゆえに受け入れる」、また「主にあって行動する」とは、どのようなことだと思いますか? Outline of the sermon    “To live in the name of Jesus.”   (10/10/2021) [Mark 9:30~37] ◆Mind of the disciples. [Verses 30~32]   ・Why didn’t disciples understand what Jesus was Read more…

(458) “地のすべての部族は、あなたによって祝福される。”

 私たち夫婦の長男の名前は『基(もとい)』と言います。「多くの人々の祝福の基になって欲しい」という願いから名付けたのです。  神は私たち1人1人を単に「自己実現」のためにお造りになったのではありません。もちろん「与えられたポテンシャルを十分に活かして生きるように」と望んでおられますが、それは単に「自分自身の益のため」だけではなく、「神の祝福を他の人々に分け与えるため」でもあります。では私たちは一体どんなものを他の人々に『分け与える』ことができるのでしょう?  ①時間 ― 財産や能力は人によって違いがありますが、『時間』だけは全員に等しく与えられています。そしてまた『時間』というものは1度過ぎてしまうと決して取り戻すことができません。だからこそ、この『時間』というものを他の誰かの必要のために使う時、私たちはその相手に、「あなたは価値がある存在なのだ」というメッセージを送っているのです。  ②持ち味 ― 「人がそれぞれ違う」ということは、それぞれが担うべき特別な役割があるということです。「私はあの人のようなことはしてあげられない」と感じることがあるかもしれませんが、神様はあなたが『他の誰か』のようになって欲しいなどとは期待していません。ただ、「あなたならではの持ち味」を生かした援助を差し出す者となって欲しいと願っておられるのです。  ③持ち物 ― 「私はそれほど裕福じゃないし…」と思われるかもしれませんが、不思議なことに『貧しい人々』ほど持ち物を共有して助け合い、『裕福な人』ほど出し惜しみするものです。神の祝福は「豊かに分け与える人」の上にこそ、更に増し加えられるのです。  ④心遣い ― 『愛』の反対語は『憎しみ』ではなく、『無関心』です。皮肉なことに、文明が発達して行くにつれて人類は周囲に対して「無関心」になってしまいました。都心を歩いていると、人々はただ正面だけを見て早足で歩いています。それらの中には「すれ違う人にほんの少し微笑みかけられる」だけで元気を回復することができる人がいるかもしれません。  『神の祝福』が、今日もあなたを通して、他の誰かに流れて行きますように。

(457) “愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。”

 時々「聖書は非科学的な書物」というような偏見を持っておられる方と出会いますが、そういう方々にはぜひ、科学の発展とともに「科学的な新発見が聖書の記述を裏付ける方向へと進んでいる」ということを知っていただきたいと思います。  例えば、上記の聖書のことばは『恐れ』と『愛』というものが互いに相容れないことを述べていますが、これは「子供の成長」ということを考える時によく分かります。子供が健康に成長・発展するためには次の2つの要素が必要です。①新しいことにチャレンジすること。②「失敗しても大丈夫だ」と安心していること。まあこの2つは、子供の成長だけに限らないわけですが…  専門家の調査によると、大抵の家族においては、その両親の片方はどちらかというと子供に冒険させることを好み、他方はむしろ子供を危険から保護しようとする傾向があるそうです。そしてそのような環境で子供が育つ時に、子供たちは前述の①②両方の要素に支えられて成長できるわけです。とはいえ、実際は1人の親の中に多かれ少なかれ両方の資質が備わっているということも言えると思いますが…  人間は不安な状況に陥ると、体が自然に反応し、心臓の鼓動が早まり、呼吸が頻繁で浅くなり、筋肉が緊張してきます。するとそれらを回復するために、安心できる場所、自分を守ってくれる存在のところへと走って行くのです。そしてそのような場所や人に辿り着くと、心拍数や呼吸は正常値へと回復し、次のような思いが浮かんできます。「よし、もう1回挑戦してみよう!」  創造主なる神は、私たちをご自身の『子供』として、その健康な成長へと励まし、導いてくださいます。それ故神は私たちの人生にチャレンジを与えると同時に、私たちが助けを求めて叫ぶ時、愛をもってその求めに応じてくださるのです。

2021年9月26日 「信仰=明け渡し」

礼拝全体の様子をYouTubeで観るhttps://youtu.be/f791o_PFLps 説教あらすじ      「信仰 = 明け渡し」     (26/09/2021) [マルコ 9:14~29] ◆真の『信仰』とは? [19,22~24節]   ・弟子たちは以前イエスに「悪霊を追い出す権威」を与えられて遣わされたが、当時はただ純粋に「イエスに与えられた権威」に拠り頼んでいたのかもしれない。「経験を積むこと」は信仰の歩みにマイナスに働くこともある。  ・24節の父親の告白は矛盾しているようにも聞こえる。ここで『信じる』というのは、「神のみわざを期待する」というよりも、むしろ「自分の悟りに頼ることをやめる」ということ。[箴言3:5] ◆悪霊に打ち勝つ力 [28~29節]   ・この弟子たちの質問は、私たちもぜひ尋ねたいことではないか?イエスは「祈り(と断食)によらなければ…」と言われた。真の『祈り』は、「自分主体の行為」ではなく、「神の力・愛・権威に依存しようとする、信仰による営み」。言い換えれば、「自分自身の『こうなって欲しい』『こうなるべき』という思いを明け渡す」こと。  ・『断食』は「ハンスト」とは違う。断食の経験がある人なら分かるが、肉体的に本当に弱められる。この「己の弱さを知り、自分に頼れなくなること」が『祈り』に力を与え、悪魔に対抗する『神の力』を呼び込む。[ヤコブ4:6b~7]  神は「高ぶる者」と共に働くことはできない。そして神以外に悪魔に打ち勝てる存在はない。 ✰今日のキーワード: 『私』ではなく『キリスト』 ◎更に深い学びのために  ①イエスは、弟子たちや人々のどのような点を『不信仰』だと嘆かれたのだと思いますか?  ②弟子たちにはどうして、この悪霊を追い出せなかったのでしょう?  ③今日の箇所から、「主にあって『信仰と祈り』をもって歩む」ということに関して、どんなことが学べましたか? Outline of the sermon   “‘Faith’ is ‘surrender to God’.”   (26/09/2021) [Mark 9:14~29] ◆What is real “Faith”? [Verses19,22~24]   ・Jesus deplored disciples’ “unbelief”.  What is the key for “believing”?  This father said to Read more…