聖書

(152) “力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。”

近頃はよく『マネジメント(平たく訳せば「上手に管理する」ということ)』という言葉を耳にします。「タイム・マネジメント(時間の管理)」「ファイナンス・マネジメント(家計の管理)」「ウエイト・マネジメント(体重の管理)」などなど。どれもまあ大切なことには違いありませんが、『心のマネジメント』はこれらのどれにも増して大切なのではないでしょうか?ところがそのような言葉はあまり叫ばれていないような気がします。 神の子イエス・キリストがこの地上を歩まれた時、彼はまさにこの『心のマネジメント』を何よりも重視された方でした。人々が彼の持つ知恵と力とに気付き、彼を自分たちの利益のために王として祭り上げようとした時、イエスはひとり退いて山へ登り、静かな祈りの時を持たれました。また1人の少女が亡くなり、イエスが彼女の両親を憐れんでその娘をよみがえらせようとされた時、イエスの「この娘は眠っているだけです」との言葉に周囲の人々はあざ笑いましたが、イエスはそのような冷たく不信仰な人々を外に追い出し、両親の前でその娘をよみがえらされました。そして私たちの罪を身代わりに負って十字架にかかられる前夜、あまりの恐ろしさにひるみそうになった時も、「私の願うようにではなく、あなたのみこころの通りにしてください」と神に祈られ、私たちの救いのために、十字架への道を辿られました。 私たちは『周囲からのプレッシャー』や『いっときの感情』に簡単に屈してしまいがちです。ですから時には敢えてそのような誤った基準を鋭く発見して、勇気を持って私たちの心から「追い出して」しまうことが必要になってきます。この「うつろいやすい世の中」にあって、はっきりとした確信に立って雄々しく生きていくために、「力の限り自分の心を見張ること」に全力を尽くしていきましょう!

メッセージ

2014年12月14日 「JCFクリスマス礼拝」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「2014年 クリスマスメッセージ」   (14/12/2014) ◆2種類の贈り物 ・プレゼントには大きく分けて2種類ある。 ①犠牲を必要としない贈り物  ②犠牲を伴う贈り物 ◆賢者の贈り物 ・この贈り物のどこが『賢い』のか?せっかくの贈り物が無駄になった。一見愚かに見える。しかし、そこに込め られたもの、そしてそのために払われた犠牲は、贈り物そのもの以上に価値があった。 ・互いが受け取ったのは「目に見える、いつか古びる贈り物」ではなく、「目には見えないが、いつまでも心に残 る、お金では買えない贈り物」。 ◆「本当のクリスマス」の意味 ・クリスマスの起源は、「神が私たちにくださった贈り物」のストーリー。[ヨハネ3:16] ・神はその「預言のことば通り」に、ご自身と私たちとの間を隔てていた『罪の壁』をひとり子イエス・キリストの 十字架の犠牲によって取り除けてくださった。[イザヤ書53:6] ・『永遠のいのち』とは、単に「天国への切符」ということではなく、「今からとこしえまで『いつも・いつまでも』 神が人生を共に歩んでくださる」という祝福。 ◆あなたはこの「神様からの贈り物」を受け取りますか?     お祈り 「神様、あなたのひとり子をあたえてくださるほどに、私を愛してくださっていることを、ありがとうございます。 私は今、心を開いて、あなたからの素晴らしい贈り物、イエス・キリストを心に迎え入れます。 私に永遠のいのちを与え、いつもあなたと共に歩むことができるように、どうぞ導いてください。 イエスのお名前によって、アーメン!」   Outline of the sermon     “Christmas message 2014.”  (14/12/2014) ◆ There Read more…

聖書

(151) “イエスは答えて言われた。「わたしがしていることは、今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになります。”

神を信じて生きる者にとっての最もつらい試練は「反対者による迫害」ではなく、思わず「神様なぜですか?」と叫ばずにはいられないような状況に陥った時ではないでしょうか? 旧約聖書の時代の最も偉大な人物の1人である『モーセ』が、当時エジプトで奴隷として苦役を強いられていたイスラエルの民を、神の命令に従って脱出させようとした時、エジプトの王(ファラオ)は民を行かせるどころか、更なる苦役を民に課すようになりました。当然イスラエルの民はこぞってモーセに対し不平不満を並べ立てたのです。きっとモーセの心中は「神様、私はあなたの命令に従ってこの民を脱出させようとしたのに、どうして更なる試練をお与えになるのですか?」という混乱と嘆きに落ち込んだことでしょう。 私たちの信仰生活の中でも同様なことが起こります。「神様の導き(聖書のことば)に従ってここまで来たのに、どうしてこんな目に遭わなければならないのか?」そんな時私たちが思い起こさなければならないのは「神の大いなるご計画は、私たちの小さな頭で想像する規模をはるかに超えている」ということです。神はこの後モーセとイスラエルの民のために、数々の恐るべき奇跡を行ない、最終的には「海を2つに分ける」という考えられないようなみわざによって、イスラエルの民をエジプトから脱出させたのでした。 私たちは喜ばしくない状況に直面すると、つい「神様、一体何やってるんですか!」と文句を言ってしまいがちですが、私たちがイラついている原因は、実際は『好ましくない状況そのもの』ではなく、「『今置かれている状況』と『自分が予想していたもの』とのギャップ」によるのです。私たちは「自分はこうしてちゃんと神様に従っているんだから、神様は私に何か(こんな風な)いい目を見させてくれるはずだ」と自分勝手に神様がしてくださるであろうみわざを決めてしまうのです。そして結果が願った通りじゃないと「神様のウソつき!」と言ってプイと背を向けてしまいがちです。 神はあなたより遥かに『気長』な方です。そして彼が望んでおられるのは、私たちが神を「自分が予想したとおりの結果を与えてくださる方」としてではなく、「私たちの思いを遥かに超えてみわざを行われる方」として知ることを求めておられるのです。

メッセージ

2014年12月7日 「やり直しのきく人生」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ       「やり直しのきく人生」    (07/12/2014) [コロサイ 4:10~18] ◆人は1人では生きられない ・この短い箇所に9人もの人々の名前が登場する。ここから分かることは「パウロは決して1人ではなかった」と いうこと。パウロは彼らのことを『同労者』と呼んだ。パウロの大きな働きの陰には、多くの協力者がいた。 ◆『マルコ』という人物[10節] ・パウロは1度はこのマルコに見切りをつけたことがあった。[使徒15:36-40]  しかし、神はマルコをあきらめな かった。やがてマルコは(恐らくバルナバの助けにより)4福音書の1つを遺すほどに成長した。 ◆パウロも脱落しかけた! ・実はパウロも「神によって『やり直し』のチャンスを与えられた者」の1人。キリスト者を迫害し、殺したことさえ あるパウロを、神はあきらめなかった。キリスト者の間で恐れられていたパウロを、神はバルナバによって 交わりの輪に加えてくださった。[使徒9:26-27] ・またその後ユダヤ人から追われ故郷のタルソに身を潜めていたパウロを、神は再びバルナバによって 歴史の表舞台に連れ出した。[使徒11:22-26] 神は2度でも3度でも「やり直しのチャンス」をお与えになる方。 ◆次の2つのことに心を留めよう! ①神はあなたに「あきれない」し、あなたを決して「あきらめない」。だから、 たとえ転んでも何度でも起き上がって、再び歩き出そう! ②神があなたをあきらめないように、あなたも(バルナバのように)何度でも赦し、 新しいチャンスを与える者になろう!   Outline of the sermon     “You can start over again!”  (07/12/2014) Read more…

聖書

(150) “機会を十分に生かして用いなさい。”

私たちはついつい「過去の失敗を思い返すこと」を繰り返しがちです。「もっとああすれば良かった…」「あんなこと言わなければ良かった…」などなど。あたかも、何度も思い返せば取り消せるかのように。 日本のことわざに「後悔先に立たず」と言われるように、過去の失敗を修正することは決してできません。しかし、神は私たち1人1人に『現在』というものを与えてくださっています。面白いことに『現在』という言葉は英語で『プレゼント』と言います。まるで神様が私たちにこの『現在』を新たなスタートのために贈り物として与えてくださっているかのようではありませんか!取り返しようのない過去にいつまでもこだわりすぎて、せっかく神様が与えてくださっている『現在』の絶好の機会を見逃してしまわないようにしましょう。 「新たなチャンス」というものは、しばしばそれが去ってしまった後にその価値が認められるものです。だからこそ私たちは毎日しっかりと目を開いて、それが手に届くうちにしっかりと捕まえなければなりません。チャンスはあらゆる方向から、いろいろな形をとってやってきます。決してワンパターンではありません。それを見つけてしっかりと掴むための1つの秘訣は「後ろのことに捕らわれない」ということです。神はご自身に信頼する者に『第2のチャンス』『第3のチャンス』を与え続けてくださる方なのです。