聖書

(189) “すべてのことについて感謝しなさい。”

あなたは素直に物事を喜べる方ですか?それとも疑り深くてすぐに喜べないタイプでしょうか? 『感謝の心』というものは、単に「喜べることが起こった時に用いるもの」というだけではなく、それ以上のものです。すなわち『感謝の心』はあなたの中に「更に優れた喜びをもたらすための門」を開くのです。 『感謝の心』はあなたの心を良いリズムに保ち、あなたの中にあるストレスを軽減し、肉体的な健康を促進し、思考回路をクリアにします。また医学的にも『感謝の心』は脳や体内にエンドルフィンを放出させ、人体に活力を与えると言われています。肉体のどのような働きにおいても同様ですが、この『感謝の心』も使えば使うほど発達します。何も『筋トレ』のような大変さはありません。ただ単純に「思いの焦点」を変えればよいだけです。老人施設で暮らすある老婦人は神にこう感謝したそうです。「ああ神様、私に丈夫な『2本の歯』を与えてくださって本当にありがとう。そのうち1本を上にそしてもう1本を下に与えてくださってとても感謝です。しかも何とその2本はちょうどピッタリ噛み合うのです!」 あなたにもし家族がおられるなら、ぜひ毎日の食卓で1人1つずつ「今日出会った感謝なこと」を分かち合うようにしてみてください。このように『感謝の心』を育てることにより、家族皆が生き生きと人生を送れるようになり、そしてそれは周囲の世界にも影響を与えていくのです。ある作家はこのように書きました。「あなたがもし孤独を感じている人や落胆している人に『ほんの小さな感謝の気持』を伝えることができたら、この世界の幸福度はグンと上がるに違いありません。だってあなたがつい忘れてしまいがちなその『小さな感謝』が、それを受け取った人には『一生の宝物』になるかもしれないのですから。」

メッセージ

2015年11月22日 「イエスについて行く」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ          「イエスについて行く」       (22/11/2015) ◎[ルカ9:23]                                     自分 ・先週「イエスは私たちの内におられる」と学んだ。           イエス  肉 図式すると                         聖霊          悪霊 神の国     この世 ◆信仰による選択 [Ⅰコリント10:23] ・私たちは『自由意志』によって「神の国の支配」に生きることもできるし、悪霊主導の「この世の支配」に生きるこ ともできる。これは私たちの『救い』を失わせることはないが、「神との親密な交わり」には大いに関係がある。 ◆神の関心事 = イエス・キリスト ・神が私たちの態度に関して最も関心があるのは、「ひとり子イエスをどう扱っているか?」 ①彼を「受け入れるか否か」で、『救い』が決まる。 ②彼を「愛するか否か」で、神との関係の質が決まる。[ヨハネ14:21] ◆『みことば』と『神の臨在』 ・毎日「赤ん坊がミルクを求めるように」みことばを読みあさる。 ・『最低週3日』は、「みことばを学ぶ(クリスチャンとの交わりの)機会」を持つ。 ✰「1人の方を愛するため」には、多くのことに『No』と言わなければならない。 このことのために犠牲が払えないとすれば、それはあなたの愛に問題がある。   Outline of the sermon          “Following Jesus.”     (22/11/2015) ◎[Luke 9:23]  Read more…

聖書

(188) “お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。”

『家庭内暴力』というものが問題視され始めて久しいですが、様々な対応がなされているにも関らず、発生件数やその激しさは日に日にエスカレートしています。一体何が原因なのでしょうか? 私が子どもの頃に比べて、現在の日本社会(に限らず世界全体でも…)が遂げた大きな変化は次の2つでしょう。それは「物質的豊かさ」と「人間関係の希薄さ」です。そしてこの2つは関連性があります。最も典型的な例が、『少子化』に伴って子供たちが家庭において兄弟関係の醍醐味を体験する機会が減った上に、「物を与えられて放っておかれること」を通して親からさえも『人間味のこもった愛情』を体験しにくくなっている現状です。そのような子供たちが大人になって結婚しても「豊かな夫婦関係を築くこと」は非常に困難であり、また生まれてくる子供を「人間らしく愛情深く育てていくこと」は更に無理があるのです。 人は誰でも豊かに生きる上で『生きた模範』また『正しく愛された経験』が不可欠です。家庭内暴力がエスカレートしてしまうのは、人生にとって必要不可欠なそれらのものを味わう場(本来なら『家庭』)が失われているからです。 イエス・キリストは十字架の上で虫の息になりながら「父(神のこと)よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか、自分で分からないのですから。」と祈られました。イエスが祈られたように、まさに私たちは自分で自分の人生をダメにしてしまっていることが分かっていないのです。そしてその根本的な原因は、私たち人間が「私たちを創造し、今日も私たちを愛しておられる神」を見失ってしまっていることなのです。 神は私たちがもう1度「神との壊れた関係」を修復することができるようにと、ご自身の側から『和解の使者』であるイエス・キリストを遣わされました。このイエスの十字架によって現された『自らをささげて赦す愛』を受け入れる(自分で体験する)ことによってのみ私たちは、人間が本来与えられている「愛に基づいた豊かな関係」を築いていくことができるのです。

メッセージ

20151115 「内におられる方」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ        「内におられる方」     (15/11/2015) *イエス・キリストは(信じる者と)「共におられる方」というよりは、むしろ「内におられる方」である。 ◆『内におられる』とは?                                                 [Ⅰヨハネ4:4] ・私たちは主イエスを「心の内に」迎え入れた。[黙示録 3:20] ・イエスは「私たちの内に」来られ『いのち』となられた。[Ⅰヨハネ 5:11-12] ・イエスは『聖霊』として来られた。[ヨハネ14:16-18] ・聖霊は「私たちの内に」住んでおられる。[Ⅰコリント 3:16] ・イエスは「決して離れず、見放さない」と約束された。[ヘブル13:5] ◆「内におられる」と「共におられる」の違い 利点 ・「絶対に離れない」という保障   ・『保険』ではなく、『いのち』そのもの。 欠点 ・私たちの不信仰によって制限される。 ― カギとなるのは『明け渡し』。 ◎祈りが変わる ― 「お願い」から「宣言」へ [ヨハネ11:41-43] スモールグループでの分かち合いのために イエスが「内におられる」のと「共におられる」のとでは、どう違いますか? ②「内におられるイエス」を日々実感して生きるためには、どうすれば良いと思いますか?   Outline of the sermon     “The one who Read more…

聖書

(187) “何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心(思い)の一新によって自分を変えなさい。”

私たちは「自分のためにならない欲(誘惑)」からどうすれば解放されるのでしょう?例えばある人が体重を減らすために大好きな甘い物を我慢するとします。その人が一生懸命「甘い物を食べちゃダメ。甘い物を食べちゃダメ。甘い物を食べちゃ…」と繰り返せば解放されるのでしょうか? いいえ、むしろそれは逆効果でしょう。なぜなら私たちが何かに対して頻繁に思いを向けるほど、それからの誘惑が強くなるからです。誘惑から解放されるためには、むしろ「他のより優れたもの」に思いの『向きを変える』必要があります。私たちの敵は「甘味処」にあるのではなく「私たちの思いの中」に住んでいるからです。たとえ甘い物を買いに行かないために1日中家の中に閉じこもっていたとしても、私たちは相変わらず1日中「大好きな甘いもの」のことを考え続けることができてしまうのです。 イエス・キリストは、私たちの「罪を赦すため」だけでなく、私たちを「罪の誘惑から解放するため」にもこの世に来てくださいました。彼は地上での生涯を通して私たちに「何よりも魅力的で崇高なもの」すなわち『神との関係の中で生きること』を身をもって示してくださいました。病んでいる者には癒しを、悩む者には平安を、憎しみの中には赦しと和解をもたらされました。それは彼を通して『神の愛』を体験した私たちが、その愛に魅了され、その同じ愛を人々の間で流していく者とされるためです。 あなたはもうこの愛に出会いましたか?もしまだなら、世のハイペースで疲れきったあなたの思いを、このイエスに向けてみませんか?

メッセージ

2015年11月8日

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ          「まことに、まことに、…」       (08/11/2015) [ヨハネ5:24~25] ― 大切な『真理』を伝える時にイエスがしばしば用いたフレーズ。 ◆イエスとイエスのことば ・イエスが「神から遣わされたお方(神の子)である」と信じ、その権威の下に彼のことばを受け入れる。 → 父なる神による承認。[マタイ17:5] ◆死からいのちへ [25節] ・『死』とは、神から離れ「人間本来の生き方」を失っていること。 「聞く者は生きる」ということは、「当人の選択次第である」ということ。 ◆『いのち(人間本来の生き方)』とは? [ヨハネ1:1-5, 14] ・イエス・キリストこそ『神のことば』そのもの。この方をしっかりと握って生きる時「いのちの光」を持つ。 光の性質(4~5節) ― ①自分のいる所を明らかにし、 ②安心と暖かさを与え、 ③行く先を示す。 恵みとまこと(14節) ― 『救い』は「自分の努力」によるのではなく、『真理』に目が開かれること。 *人生の主導権は『自分』ではなく、「すべてを治めておられる『神』」にある。この方に委ねて生きる時、彼は 一方的な恵みによって私たちを救い出す。ここに真の自由がある! ・この『神主導の人生』こそ、まさしくイエスが私たちに生き様をもって示したこと。[ヨハネ5:19] そしてイエスは、私たちも同様に生きることを期待しておられる。[ヨハネ20:21]   Outline of the sermon          “Very truly I tell you …” Read more…

聖書

(186) “それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。”

上記のことばは『人間関係』に関して聖書に登場する最初のことばです。ここから次の2つのことが分かります。 第1番目は「『夫婦関係』というものがこの世の人間関係の中で最も基本であり、重視されるべきものであり、また最大限の努力をして守るべきものである」ということです。日本では夫婦の間で子どもが生まれると夫と妻がお互いを「お父さん」「お母さん」と呼び合うことが通例になっています。これは日本の家庭社会が『子供中心』に回っているということを如実に表しています。しかし聖書に照らし合わせてみるならば、この考え方は誤りです。「豊かな夫婦関係」あっての「子育て」であり、夫と妻は常にお互いが『最優先の存在である』ことを心に深く刻んでおくべきでしょう。 第2番目は「『豊かな夫婦関係』は夫と妻双方のたゆまぬ努力なしには育たない」ということです。夫婦関係はある意味『草花』のようです。心を込め手をかけて育てないと枯れてしまいます。しかもそれは「相手を変えようとする努力」ではなく「相手のために自分が変わろうとする努力」です。何度か離婚の悲しみを味わったある有名俳優は次のように言いました。「もう『自分にふさわしい相手』を探す努力はやめにします。その代わり『相手にふさわしい自分』になる努力を始めることにします。」 多くの夫婦が結婚生活を保つのに苦労している最大要因は「夫婦間の意見の衝突を上手に解決できない」ことです。どんなに気の合う夫婦でも、毎日顔を合わせるのですからどうしても『意見の衝突』が起こります。そして多くの場合「何とか自分を正当化しよう」としたり「言い争うのが嫌だから、心の奥にしまっておこう」としたりします。これは夫婦関係だけではなく、あらゆる人間関係をも壊すもとになります。 現代のような競争社会では「勝利すること」が善とされます。ですから意見が衝突した時にも「最終的な勝ち負け」を意識してしまうのです。しかし「誰かが勝利すること」は逆に「敗者を生み出すこと」にもつながることを忘れてはいけません。特に『夫婦関係』においては「一方が勝利すること」は「関係としての敗北」を表しています。夫婦間の衝突が起こった時は、「どちらかの勝利」を目指すのではなく、「たとえどちらか(自分?)が負けた」としても「夫婦としての向上(更に強い結び付き)」を目指すことが本当の勝利なのです。

メッセージ

2015年11月1日 「キリスト者の関心事」

ゆうこさんの証をダウンロードして聴く メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ          「キリスト者の関心事」       (01/11/2015) *キリスト教は『宗教』ではなく『(神との)関係』。  『宗教』の関心事は「どう生きるか?」  ではクリスチャンは? ◆私たちの第1の関心事は「神はどういうお方なのか?」 そして「どのようにしてもっと神と親密になれるのか?」 ・みことばは次のように私たちを招く。[詩篇34:8] [ピリピ3:12] [ヨハネ15:9] ◆神との親密さを築くために = ①ペースダウン ②『詩篇』や『福音書』を読む ③聖霊のささやきに耳を傾ける ・朝ごとに、「今日も共にいてくださることを感謝します。私もあなたを見つめて歩みます。」 とスタートする。 スモールグループでの分かち合いのために 一般の宗教とキリスト教との違いは、どんなところでしょう? ②神との関係を更に親密なものとするために、今日からどんなことができますか?   Outline of the sermon       “Christians’ interests.”  (01/11/2015) *Christianity is not “religion” but “relationship” Read more…