聖書

(216) “だれも自分の身を憎んだ者はいません。かえって、これを養い育てます。”

幼い子供がお友だちに囲まれて誕生日を祝ってもらっている状況を思い浮かべてみてください(自分がお祝いしてもらった時の思い出でもいいですよ)。きっとその子どもはその日、何だか「物語の主人公になったような気分」を味わっているに違いありません。大人になるにしたがってそのような機会は減っていくかもしれませんが、何歳になっても「自分は価値のある存在である」という気分を味わいたいという欲求は変わらないはずです。 前述の聖書のことばの「養い育てる」という語の原文は「建て上げる,敬う,祝う,宝物のように扱う」というような意味を持っています。このように扱われて悪い気分になる人はいないのではないでしょうか? 私たちは皆上記のように扱ってもらうことを望みますが、と同時に親しい間柄において(夫婦や親子、親しい友人など)互いを「養い育てる」ことができたとしたら、どんなに人生が豊かになって行くことでしょう。誕生日や試験にパスした時などに「おめでとう」のひと言をかけてあげるのはもちろんのこと、ささいなことに関しても「あなたの存在を感謝してるよ」「あなたは私にとってかけがえのない存在だよ」と照れることなく伝えてあげられたら、相手はきっと心強く感じるに違いありません。 また私たちがそのような心遣いを必要としているのは、何も『お祝い事』の時だけではありません。何かに失敗したり、新たなチャレンジに尻込みしたりしているときに、影のようにそっと側にいてあげることは、どんな言葉にもまさって相手の心を力づけることでしょう。 神様は「自分を愛するごとくに、あなたの隣人を愛せよ」とおっしゃいました。神様にとっては、私たち1人1人がかけがえのない存在です。その私たちがそのように互いを喜び合い、祝福し合い、支え合う時に、天では大きな喜びが湧き起こるのです。

メッセージ

2016年6月5日 「救いの2段階」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ         「救いの2段階」       (05/06/2016) ◆2つの『救い』 [Ⅰペテロ1:8-9,2:1-2] ・『救い』には、2段階ある。 ― 言わば、神の子供としての「資格」と「実質」。 ・「罪の赦し」「永遠のいのち」「聖霊」などはすべて、イエスを救い主と信じた時点で与えられる。しかし神が与え る『救いの真価』は、私たちが「キリストの似姿(真の人間)へと完成される」こと。[ピリピ1:6] ・どちらの救いもただ「恵みと信仰」による。[エペソ2:8] すなわち「神のあわれみによる招き」に「愛と信頼」をもって応答することによって。 決して自力のガンバリで成し遂げるのではない。[ガラテヤ3:3] ◆「信仰生活」と「結婚生活」 類似点 ・結婚した時点で、紛れもない『夫婦』。しかし未熟なために同じ失敗を繰り返す。日々の小さな「愛と信頼」によ って「成熟した関係」へと成長する。途中であきらめたくなる誘惑に勝利する必要がある。 決定的な相違 ・神は初めから『完全な愛』で私たちを愛しておられる。また神は決して私たちをあきらめはしない。 ◆カギは『聖霊』 ・イエスを救い主として受け入れた時点で、聖霊は私たちの内に来られる。 [Ⅰコリント3:16] また聖霊は日々 『救いの完成』に向けて私たちを造り変えようとする。[Ⅱコリント3:18] ・しかし聖霊はイエス様と同様、私たちの「自由意志」を尊重する。私たちが聖霊に対して無関心な態度を取り続 けるなら、結婚生活と同様、関係はドンドン冷えていく。[Ⅰテサロニケ5:19,エペソ4:30] ✰特に初めの1年間、「御霊の声を聞き分け、愛をもって応答すること」を心がけよう!   Outline of the sermon       “2 levels of salvation.” Read more…