聖書

(240) “人の心は病苦をも忍ぶ。しかし、ひしがれた心にだれが耐えるだろうか。”

うつ病に悩む人、しばしば自殺にまで踏み切ってしまう人が激増しています。何が人をそこまで追い込むのでしょうか?もちろん外から来るプレッシャーも少なくはないでしょうが、多くの場合、その原因はその人自身の内面的な葛藤から来ているようです。 ある人々は、実際の出来事以上に『自分の感情』に重きを置き過ぎて、悪循環に陥ります。ある1つのことに失敗したことが原因で、自分のことを『失敗者・人生の落伍者』のように感じてしまうのです。しかし考えてもみてください。失敗は誰にでもあることです。大切なのは「失敗した過去の自分」に注目するのではなく、「失敗から学び、成長した将来の自分」に希望を置くことです。偉業を成し遂げた人々は皆、私たちよりもずっと多くの『失敗』を経験した人々なのです。 またある人々は「他の人と比べること」によって落ち込みます。そして面白いことにほとんどの場合は「相手の長所と自分の短所」を比べて落ち込むのです。誰にでも「得意・不得意」はあるものです。それは私たちが1人で生きるのではなく、互いに助け合うためです。何でも自分でやってしまおうと思う(実はこれは高慢な態度です!)のではなく、へりくだって相手の助けを歓迎できる者になりましょう。 もう1つの落胆の原因は「自分で負う必要のない責任まで負ってしまっているから」です。神は私たち1人1人に『自由意志』をお与えになりました。相手に助言をすることはできても、「相手のために決断してあげること」はできません。あなたの『失敗』が学習の過程であるのと同様に、周囲の人々の『失敗』もその人に必要な「成長のプロセス」なのです。神様があなたに与えている『責任』を超えてまで、他の人の動向に気を回し過ぎないようにしましょう。

メッセージ

2016年12月18日 「目をさまして祈る」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ       「目をさまして祈る」     (18/12/2016) ◆「目を覚まして」祈る ・聖書は「絶えず祈れ」というが、実際的には無理? ⇒ 霊的に「目をさましている」。[エペソ6:18] ・悪魔は様々な『思い煩い』によって、私たちを霊的に眠らせ(神の国から目をそらせ)ようとする。[Ⅰペテロ5:7-9] ・この世は「よぉく考えること」を要求するが、「人間的思考パターン」はむしろ聖霊による啓示を妨げ、私たちの 視点を『神の国』から「この世のパターン」へと引き戻す。 “Do not think, but Listen!” ◆『この世の視点』 と 『神の視点』 *禁断の木の実を食べた時から「目(この世の視点)が開かれた」。[創世記3:7-8] そして神から隠れた。 ・『目をさましている』: この世の価値観に惹かれず、「神の視点・神の国の栄光」に開かれている。 ・『目が開かれる』: この世の価値観に心を奪われ、神の国に対する魅力を失う。 ・イエスは私たちの『霊的視力』を逆転させるために来られた![ヨハネ9:39] *『祈り』とは、「神が見せたいと思っているもの」に焦点を合わせること。 ◆「信じること」 と 「待ち望むこと」 ― 『神の国』を見るために ・「四つ葉のクローバー探し」に似ている 「必ずある」という確信と、辛抱強さが重要。[ヘブル10:36]   ✰『神の国(神の臨在)』はすぐそこにある。この世のあれこれから目を離し、 Read more…