(319) “わたし(イエス・キリスト)が来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。”

英語で『ライフ(Life)』というと、日本語で言う『いのち』と『人生』という全く別の2つのものの両方を表す意味があります。私たちは『いのち』と聞くと「生物学的・医学的ないのち(生命)」を思い浮かべ、『人生』と言われたら「人間1人1人に与えられた生き様」を想起します。 聖書は、イエス・キリストを救い主と信じる者には『永遠のいのち』が与えられると教えています。これを前者の「生物学的ないのち」として理解する人の中には「この世で80年生きるのだって退屈なのに、『永遠のいのち』なんてもらっちゃったら、退屈で仕方がない!」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし実際は、この『永遠のいのち』という言葉で表現されているものは「神と共に生きる人生」のことであり、それはイエス・キリストを信じた瞬間から与えられ、この世においても日々成長して行く「生き生きとしたいのち」であり、永続的にもたらされる『喜び』『平安』そして「天地創造の神に100パーセント受け入れられている」という充足感に満ちた日々を生きることなのです。 多くの人々は「お金」「家庭」「生きがい」などといったものが人生を豊かにすると思っているようですが、実際に私たちが心の奥底で激しく欲しているものは「尽きることのない喜び」「状況に左右されない心の平安」「自分は確かに必要とされている、という確信」そして「何かを失ったり、失敗したりしても、相変わらずありのままを受け入れられている、という確固たる安心感」ではないでしょうか?神がイエス・キリストを通して私たちに与えようとしておられる『永遠のいのち』には、まさにそういったものがすべて含まれているのです。

2018年10月28日 「『永遠のいのち』を味わう」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「『永遠のいのち』を味わう」     (28/10/2018) ◆究極の選択[マタイ7:13-14] ・第1義的(未信者に対して) ― イエス・キリスト以外に救いはない!(実に狭い) 『恵みによる救い』:「信じるだけでいい」 = 「信じること」以外に何も貢献できない。 ・第2義的(クリスチャンに対して) ― 『自分』主導vs 『神』主導。[マタイ10:39]      せっかく与えられた『永遠のいのち』(神との一体感)を、日々味わっていますか? ◆『永遠のいのち』を味わう 広い道:「この世の祝福」を追求する道(誰もが当たり前に求めている)。『霊』ではなく、『肉』を満足させる生き方。 狭い道:『永遠のいのち』を満喫する道。「神だけが与えることのできるもの」を追求する生き方。 ・永遠に続く平安・喜び・自由。100%受け入れ合う関係 ⇒ 人間が皆、本当に必要としているもの。 *必要なことは「信じること」のみ。払う代償は、『自分』(この世が自分に提供するもの)。[ヘブル12:2] ◆今週の『暗唱聖句』: [ピリピ人への手紙 2章21節]   Outline of the sermon     “Experiencing ‘eternal life’.”     (28/10/2018) ◆Our ultimate choice. [Matthew 7:13-14] ・Towards non-believers. ― Jesus Christ is the only way for Read more…

(318) “小羊(イエス・キリスト)のいのちの書に名が書いてある者だけが、そこ(天国)に入ることができる。”

1912年のある夜、至上最大の豪華蒸気客船『タイタニック号』が北極海に沈み、多くの犠牲者を出しました。「沈没することはあり得ない」とまで言われていたタイタニック号であっただけに、その反響は当時ものすごく大きなものでした。 この大惨事の後、リバプールにあった「ホワイトスター観光事務所」の入り口には、この豪華客船に乗船していた方々の家族や友人たちが殺到しました。何故ならその入り口の両脇に、片方には「死亡者リスト」、もう一方には「生存者リスト」が貼り出されたからです。そして更なる死亡者・生存者が確認されるたびに、事務所の係員が出てきては、その名前を書き足すのでした。『生存者リスト』に自分の知り合いの名前が書かれるのを見た人々は歓喜し、『死亡者リスト』に書かれるのを見た人々の顔には絶望の涙が流れたのです。 実はこの話は何も『他人事』ではありません。聖書ははっきりと「やがて来る世の終わりには、『小羊のいのちの書』にその名が書いてあるか否かで『天国行き』もしくは『地獄行き』が決まる」と書いてあります。そしてこの『小羊のいのちの書』に名前が書かれるかどうかは、私たちの学歴や業績とは全く関係がなく、ただ「あなたの罪の身代わりに十字架にかかって死なれた『イエス・キリスト』を、自分の救い主として信じているかどうか」にかかっているのです。 タイタニック号の大惨事で生き残ったかどうかは、それぞれの学歴や業績とは全く関係ありませんでした。(もっとも、そうとうのお金と暇が無ければこの船には乗れなかったでしょうが…)しかし乗船していた全員に共通していたことがあります。それは、自分たちがそんな大惨事に直面しているなどとは夢にも思っていなかったことです。あなたも「『世の終わり』なんて来る訳がない。どうせ死んでしまえば何もかも同じ。今さえ楽しければ、それで十分!」と思っているでしょうか?『その日』は思いがけない時に訪れてくるものなのです。もし今日その準備をすることができるのだとしたら、それを怠ることは賢いことと言えるでしょうか?

2018年10月21日 「天の父の心」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「天の父の心」     (21/10/2018) ◆黄金律[マタイ7:12]  ― これは「周囲の要求に答えようとする(“people pleaser”になる)こと」とは違う! ・「…これが律法であり、預言者です」 ⇒ [マタイ22:40] 「神を愛し、隣人を愛すること」 ・私たちの天の父は「自分のために何かをしてもらいたい」とは思っていない。ただ「わたしの子供として、わたし と『同じ心』で生きて欲しい」と願っておられる。[マタイ5:44-45]→(人間的には無理。だから「求めよ」と言われた。) ・この黄金律は、「求めよ、そうすれば与えられる」の文脈で語られている。つまり「自分がしてもらいたいことを、 他の人にもする」とは、「まずあなたが父から良いものを受け、それを1人占めすることなく、分け与えなさい」。 ◆聖霊の働き ― 私たちを、本来の『神の子』としての生き方へと回復してくださる。[マタイ7:11,= ルカ11:13] ・聖霊は私たちを「天の父のまことの子(キリスト)」へと日々造り変え、父から受けた良きものを『愛の道』を通して 分け与えさせる。これこそが「律法であり、預言者」! ― 天の父を喜ばせ、隣人に益を与える生き方。 ✰他の人々を祝福するために、天の父からの祝福を大いに受け取りましょう! ◆今週の『暗唱聖句』: [ヨハネの福音書 16章24節後半]   Outline of the sermon        “Our Father’s heart.”       (21/10/2018) ◆Golden rule. [Matthew 7:12]  ― This is very different from “becoming a people pleaser”! ・“this Read more…

(317) “父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。”

イエス・キリストが人々に『祈り』を教えられた時、まず「天におられる私たちの父よ」と呼びかけるように言われました。実はこのように神を親しく「我らの父」と呼ぶ習慣は当時のユダヤ人たちの間ではあまり一般的ではありませんでした。彼らにとって『神』という存在はむしろ「厳格で近寄りがたく、超越した存在」という意識があったようです。ところがイエスはそんな『神のイメージ』を一新させたのです。 もしかすると現代の多くの人々にとって『父親のイメージ』というものも、あまり慕わしいものではないのかもしれません。特に「放任主義の家庭」また「虐待の経験がある子供時代」に育った人たちにとっては『父親のような神』などは全く欲しくないものに感じられることでしょう。でも、この『天の父』は私たちのそんな歪んだイメージを一新させる「愛とあわれみと力に満ちたお方」なのです。 「父なる神がどれほどに良いお方か」をいつもイエスから聞かされていた弟子のうちの1人が、ある時我慢できなくなって「イエス様、ぜひ私にも『父』を見せてください!」と懇願すると、イエスはこうお答えになりました。「こんなに近くにいたのに、あなたはわたしを知らなかったのかい?わたしを見た者は『父』を見たのだよ。」 そう、父なる神は「ご自身を人々に正しく理解して欲しいがため」に、ご自分のありのままを人のかたちにして地上に来られた、それがイエス・キリストなのです。私たちが『父なる神の正しいイメージ』をもって生きるためには「聖書を通してより深く『イエス・キリスト』と出会うこと」が最善の道なのです。

2018年10月14日 「良い父は良いものを下さる」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「良い父は良いものを下さる」     (14/10/2018) [マタイ7:7-11] ― 聖書のことばの中でも、最も良く知られているものの1つ。 ◆神は良い父[9~11節]  *良いお父さんは、「最高のもの」を「最高のタイミング」でしか与えない。 ・しばしば「私たちの願ったもの」がすぐに与えられないのは、「私たちの欲しいもの」と「私たちにとっての最高の もの」がズレているから。 ◆求め続ける[7~8節] ― 求め続けないと与えられないのは、神がケチだからではない! ・「求め続ける」ためには、それだけ神と長い時間を過ごさなければならない。そして十分一緒に時間を過ごすと 様々な『誤解』が明らかになる。(神ご自身について,自分の真意について,求めていたものの本質について 等々) ◆求め、捜し、たたき続ける ― 神に近づくプロセス ・まだ受けていないのなら、①「求める」べき。しかし多くの場合、既に与えられている。次に②「捜す」べき。 そして時には、見つけても、それを手にするために障害物があることがある。ならば③「たたき」壊す。 ◆今週の『暗唱聖句』: [ローマ人への手紙 8章32節]   Outline of the sermon    “Good Father gives good gifts.”   (14/10/2018) [Matthew 7:7-11] ― This is one of the most well-known passage in the Bible. Read more…

(316) “私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。”

先日、教会のメンバーの方のお葬式を行いました。クライストチャーチに来てから最初の、自分が担当したお葬式でした。7年半前の『カンタベリー大震災』の時には多くの日本人の犠牲者が出て、その時はいわゆる「見ず知らずの方々」のために葬儀を担当させていただきましたが、長年こちらで一緒に信仰生活を歩み、親しい付き合いのあった方々の葬儀に携わったのは今回が初めてでした。何人かの(NZ人の)先輩の牧師たちには「10年間牧師として働いてきて、今回が初めてのお葬式とは、ずい分ラッキーだったね」などと言われてしまいました。 彼女(亡くなられた女性)はNZ人のご主人に嫁ぎ、私たち家族がクライストチャーチに来るより前からこちらに住んでおられました。ご主人もクリスチャンだったので、午前中の英語の礼拝と午後の日本語の礼拝のどちらでも顔を合わせ、時には一緒に食事をすることもありました(年齢も私たち夫婦とさほど変わりません)。実は私たちがクライストチャーチに来る少し前(2007年くらい)にガンを発病され、放射線治療などを経てそれを克服した経験があったので、私たちが来た当初は、毛が抜け落ちた頭を覆うように、いつも素敵な帽子をかぶっておられました。そのガンが2年前に再発し、教会の皆で祈り続けてきましたが、とうとう天国へと凱旋して行かれたのです。 告別式の時に、彼女の残した日記の一部が公開され、そこには下記のような文章が遺されていました。 「2018年7月27日(金)(ホスピス病棟にて)。私はクリスチャンになってからも自分の中にあるプライドや人々に対する批判的な態度から完全に自由になることができませんでした。それは自分がどこかでそれらをしっかりと握り締めていて、神様に明け渡すことができなかったからに違いありません。ところが、自分の弱さや死を目前にした絶望感にさいなまれている中、ついさっき(夜中の2時頃)イエス・キリストがすぐ近くにおられる、という感覚に覆われたのです。すると不思議なことに、すべての不安や恐れ・悲しみが一瞬のうちに消え去り、なんとも言えない安らぎに満たされました。それは『このお方と一緒にいられるなら、他には何もいらない』というほどの感覚でした。そして気が付くと、それまでいつも私の心の中に巣食っていた苦々しい思いから完全に自由にされていることが分かったのです。」 告別式には、クリスチャンではない方々も多く集われましたが、式の後に何名かの方々は「このような葬儀は見たことはない。死を目前にしながら、どうして皆あのように希望と明るさに輝いていられるのか?」と感想を述べておられました。 誰も『死』から逃れることはできません。『死』というものはすべての人間に平等にやってきます。しかし唯一この『死』を打ち破りよみがえられたイエス・キリストに希望を置いて生きる時、私たちは『天国』という永遠の国籍を抱いて生きることができるのです。

2018年10月7日 「優しさの発信源」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ        「優しさの発信源」       (07/10/2018) ◆さばいてしまう私たち[マタイ7:1-5] ・なぜ他人をさばきたくなるのか?(自己中心だから?) ― 悪魔が「神の誤ったイメージ」を植えつけている。 ・人は皆「優しく生きたい」と思っているが、優しくなれない。優しくされたことがないから。(いつも条件付) 私たちクリスチャンが「優しさの発信源」とならなかったら、世はいつまでも『真の優しさ』を見い出せない。 ◆神のあわれみ[マタイ9:12-13,ルカ6:36,エペソ4:32] ― 天の父はあわれみ深い。それは御子において現された! ・私たちは「頭で分かる」だけでなく、具体的に「体験する」必要がある。(レギオンを宿していた男。マルコ5:19) *「私たちと神との関係」は、次の2つのことによって深められる。 ①主の具体的な『良いわざ』を思い起こす。[詩篇103:1-2]   ②聖霊によって神の愛を啓示される。 ⇒ クリスチャン同士の交わりの中で、いつも「主の良くしてくださったこと」を分かち合おう! ◆今週の『暗唱聖句』: [ヤコブの手紙 2章13節後半]   Outline of the sermon        “Source of kindness.”       (07/10/2018) ◆Our “judgmental” tendency. [Matthew 7:1-5] ・Why are we easy to judge others?(Because of selfishness?) ― Because Satan has put “wrong Read more…