聖書

(337) “神よ、あなたは私を、恐ろしいほどに素晴らしくお造りになりました。”

私たちは皆、たった1つの細胞から始まりました。そしてその「たった1つの細胞」の中には、数え切れないほどの情報を擁したDNAが含まれていたのです。そこにはあなたの髪の毛や眼の色、鼻の形、指のサイズも入っています。そうそう、あなたの指紋は他の誰とも違うということを考えてみてください!あなたの瞳の輝きも、あなたの笑い声も、あなたが持つユニークな視点も、皆あなた独自のものです。そしてそれは偶然起こったのではなく、創造主なる神があなたをそのようにデザインされたのです。神はあなたにその声を、その微笑みを、その髪質も、しみやそばかすも、あなたをあなたとしているものすべてをお与えになりました。そして神があなたをそのように造られたからこそ、あなたは世界でたった1人の存在であり、また世界はあなた無しには完成しないとも言えるのです! 最近アメリカで「妊娠後期でも中絶可能とすべき」というような法案に関する討議が行われているようですが、それはひとえに「人間が人のいのちをも左右することができる」という私たちの傲慢さから生まれる考えであり、『神の領域』を侵害する恐るべきアイディアだということができるのではないでしょうか?母親の胎内に形造られつつある胎児の中に既に与えられている驚くべき「いのちの息吹」を思う時、私たちはまず『自分自身』の取り扱いに更に注意を払うべきであり、また『人工中絶』という問題に関しても正しい態度を持つべきであると信じます。

メッセージ

2019年3月24日 「深みに漕ぎ出す」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ        「深みに漕ぎ出す」       (24/03/2019) ◆深みに漕ぎ出す [ルカ5:1-6] ・「深みに漕ぎ出して魚を獲る」とは、何もいきなり「どこかの国へ宣教師として出かける」という意味ではない。 ペテロにとってこの湖は『日常生活の現場』。私たちも「日々の生活の中」で、もう1歩深みへ進んでみよう。 ・私たちの『言い訳』は、「そういう気分じゃないから」とか「そんなことはしたことがない」など。これらはまさに ペテロが言えたこと。しかしペテロは「信仰によって」イエスのことばに従い、そして『神のわざ』を体験した。 ◆みことばに親しむ ・「御霊との関係を深める最善の方法」の1つは、『みことば(聖書)に親しむ』こと。 ①聖書をたくさん読む  ②聖書をじっくりと読む  ③みことばを暗唱する  これらはどれも役に立つ。 ・みことばが私たちの内に多く蓄えられるほど、御霊がよりクリアに語りかける『足掛かり』が増える。 *聖書に親しみましょう。そして「信仰によって」深みに漕ぎ出しましょう! ✰今日の大切なひと言: もう1歩を踏み出してみよう!   Outline of the sermon     “Go out into deep water.”     (24/03/2019) ◆Go out into deep water. [Luke 5:1-6] ・It Read more…

聖書

(336) “神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちがこの方にあって神の義となるためです。”

私が高校生だった頃、クラスに陰湿な『いじめ』がありました。当時はまだ現代のような「邪悪な暴力」はまだありませんでした。ですから通常のいじめというのは、「いつも鼻をたらしている子をちょっとからかう」とか、「ウンチをもらしたことのある子に『やーいやーい、ウンコもらし~!』と囃し立てる」など、大抵はっきりした原因があり、いじめ方もあからさまで分かりやすいものでした。ところが、私のクラスで行われた『いじめ』はそれとは少し違って、数人のグループで突然理由もなくクラスの1人をターゲットにして「無視する」というものでした。無視され始まった本人は、一体何が起こっているのかまるで分からず、初めの内は冗談だと思ってしきりに話しかけようとするのですが、それが無駄だと分かると「何か自分に原因があるのかな?」と思い始め、一生懸命に謝ったり理由を尋ねたりし、それも通用しないことが分かると段々ふさぎ込んで、しまいには不登校になる、というパターンでした。「いじめっ子グループ」はそのプロセスを楽しんで、次々とターゲットを変えていったのです。私は自分を「真面目な良い人間」だと自負していましたので、そんなグループには決して加わりませんでしたし、心の中でそのような輩をさげすんでいました。しかしある時自分の友人がそのターゲットになってしまい、私は次に自分がターゲットにされることを恐れて、友人を救うことができなかったのです。 聖書は「すべての人は神の前に罪人である」と言います。私たちは「自分はそれなりに良い人間だ。『罪人』などと呼ばれる筋合いはない!」と主張しますが、同時に「自分の心には一点の曇りもない」と主張できる人間は1人もいません。私たちはつい自分を他の人と比べながら「自分はマザーテレサほどは立派ではないかもしれないけれど、ヒットラーよりはマシなはずだ」と言い聞かせますが、神の望んでおられる『潔白(義)』のレベルにたとえ1センチ足りなかろうが、100メートル足りなかろうが、私たちは皆同じ『罪人』なのです。 しかし聖書は同時に驚くべきことを語ります。「イエス・キリストは罪人を救うために来た」というメッセージです。キリストは私たちに「正しいこと(義)を教えに来た」のではなく、私たちの代わりに正しく潔白な人生を送り、そのご自身の『義』を私たちに与える代わりに、私たちの『罪』をすべて請け負って、その身を神へのいけにえとして捧げたのです。 これが聖書が私たちに伝えようとしている最大のメッセージです。そして『クリスチャン』とは「良いことをしようとしている人たち」ではなく、このメッセージを自分のこととして受け止め、このキリストの愛に心を動かされて1日1日を精一杯生きている人々のことなのです。

メッセージ

2019年3月17日 「乳飲み子を持つ母親のように」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ     「乳飲み子を持つ母親のように」    (17/03/2019) ◆『内なる御霊』とはどういう方か? ― 良いニュースと悪いニュースがある。 良いニュース:御霊は「紳士」(優しく穏やか)。決して私たちの『自由意志』を冒さない。無理強いをしない。 悪いニュース:御霊は私たちの都合(タイミングや方法)に合わせてはくれない。⇒「乳飲み子と母親の関係」のよう。 ◆「御霊と共に歩む」ために心がけるべきこと ①経験を積む(失敗しても良い) ・御霊がアプローチしてくる方法やタイミングを覚えておく。(もちろん、ワンパターンではない!)   ②臨機応変でいること ・御霊は『法則』ではなく『人格』。「自分の予定や考え」で自分を縛り付けず、いつも「目を覚まして」おく。 ③献身(主権を明け渡す) ・御霊は無理強いしないので、私たちが注意を払うまで「いつまででも待つ」。しかし『人格』を持つので、彼は 悲しむ。[エペソ4:30] だからこそ、気付くのに遅すぎたり、無視し続けたりしないで! ✰今日の大切なひと言: 御霊は『人格』。放っておかないで!   Outline of the sermon    “Like a mum who has a baby.”    (17/03/2019) ◆Who is “the Read more…

お知らせ

2019年JAPAN DAYに参加しました!

2019年3月3日(日)に行われたCanterbury JAPAN DAY 2019に、今年もJCFが参加しました!出店やキッズゾーン、フェイスペインティング、無料のお茶&お菓子などでとても賑わいました。賛美と礼拝の時間もあり、たくさんの方々に神様の良い知らせを聞いてもらうことができました。

聖書

(335) “あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。”

私たちは皆、自分に都合が悪い状況に陥った時に、そこから逃れるための常套手段を知らず知らずのうちに学んでいます。『言い訳』です。「だってみんなやってるんだもん」「だってこんな結果になるなんて知らなかったんだもん」「そうする以外方法が無かったんです」などなど、誰に教わったわけでもないのに、これらの『言い訳』を私たちは駆使して苦境から脱出しようとします。 もしあなたが「本当の意味での幸福」を手に入れたいなら、自分を苦境から逃れさせてくれるのに非常に便利なツールであるこれらの『言い訳』を用いる前によぉく吟味する必要があります。例えば「みんなやってることだから…」と言いますが、何故それがあなたの行動を決定する要因になったのですか?彼らはあなたが窮地に立たされた時に、あなたを助けてくれるのでしょうか?あるいは、人生の終わりの時に神の前に立たされた時「どうしてあなたはあの時あのような行動を取ったのか」と神に尋ねられたら「だって他の人たちもしていましたよ!」と答えるのでしょうか?あなたは神を誤魔化すことができるほど賢いのでしょうか? ほとんどの『言い訳』は、神から与えられている私たちの『良心』を麻痺させる力を持っています。「正しい良心を保って生きる道」を捨てさせ「悪魔の策略に順応して世渡りする術」を磨かせるのです。私たちは『言い訳』を使って危機を脱出したつもりでいますが、実は悪魔のワナにまんまとはまってしまっているのです。 『神の真理』である聖書の教えは私たちを真の意味でこれらの「目に見えない縄目」から解放してくれます。「人目を恐れる生き方」から「誰の目をも恐れずに生きられる人生」へと脱出させてくれるのです。あなたは「ほんの一瞬だけの自由」と「永遠の解放」のどちらを手に入れたいですか?

メッセージ

2019年3月10日 「イエスと神の御霊」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ     「イエスと 神の御霊」    (10/03/2019) ◆イエスは『正真正銘の人間』だった ・イエスは頭のてっぺんから爪先まで『人間』であり、洗礼を受け神の御霊が注がれるまでは何も奇蹟をなさらな かった。しかし神はイエスにご自身の霊をお与えになった時、その喜びを爆発させた。これは私たちに同じ御霊 を注がれる時にも起こる。これが「天地創造以来、御父が望んでおられた」こと。 ◆私たちの内に住まわれるのは? ・「人間イエス」を『神の御子』とならしめたのは「神の霊の働き」。それ故私たちの内におられるのは「神の霊」でも「御子イエ スの本質」でもあると言える。[ヨハネ14:16-17,16:14] この方を「イエス様」と呼んでも「聖霊様」と呼んでも問題ではない。 ・私たちは、この「内なる方」の故に『神の子』である。「神の子らしく生きているから」ではない!そして「神の子ら しく」造り変えるのは、私たちの力ではなく、『内なる神の霊』の働き。[ローマ8:14-15,Ⅱコリント3:17-18] ・だから御父が望んでおられることは、私たちが「神の子らしく立派になろう!」と頑張ることではなく、「与えられ    た『内なる方』にいつも注目し、この方に出番を与え、この方と一緒に生きることを楽しむ」こと。 ✰今日の大切なひと言: 私たちの『信仰生活』とは、「内なる御霊との関係を深めるプロセス」のこと。   Outline of the sermon    “Jesus & the Spirit of God.”    (10/03/2019) ◆Jesus is “A True Man”. Read more…

聖書

(334) “わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。”

ある人が夜道を歩いていたら、明かりがついている電柱の下で、誰かが探し物をしていたので、「どうしたんですか?」と声をかけました。するとその人が「いやぁ、酔っ払って、財布を落としてしまったようなんです」と言ったので、「それはお困りですね。では私も一緒に探しましょう」と言って一緒に探し始まりました。ところが、それほど見つけにくい場所でもないのに、探しても探しても財布は見つかりません。それで「本当にここで落としたんですか?」と尋ねると、その酔っ払った人は「いや、落としたのはもうちょっと向こうなんだけど、あっちは暗くて見えないから、ここで探してるんだよ」と答えたのです。 ちょっと笑い話みたいですが、ある意味私たちの人生の一面を表しているのではないでしょうか?私たちは人生において様々な問題にぶつかります。何とかその問題を解決したいのですが、その解決のある場所ではなく、違うところで一生懸命に解決方法を探していることがあるかもしれません。そしてその理由は主に「自分の思い込み」や「自分勝手な都合」だったりすることが多いのです。 イエス・キリストは「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、誰も神の許に来ることはできない」とおっしゃいました。 『キリスト教』とか『教会』と聞いただけで、ほぼ反射的に「自分は宗教とは関わりたくないから、遠ざかっていよう」と思う人もいるようですが、それではまさに「落とした場所と違うところで探し物をしている」ようなものです。「人間の悟り」は暗やみの中の手探りのようなもので、見つかるはずのものも見つかりません。 あなたは『生きがい』を探していますか?「確かな人生の目的」を持っていますか?もし「揺るがされることのない人生の基盤」を探しているのなら、『キリストの光』の許に来てみませんか?