女性たちのアレンジによる礼拝
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礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ 「『良い実』を結ぶために」 (15/03/2026) [ルカの福音書 6章43~45節] ◆『良い』とは? ・今日の箇所には『良い』という語が何度も登場するが、実際には「良い方」は『神』だけであり、すべての良い物は神から来る。私たちが「クリスチャンなんだからガンバって『良い事』をしなきゃ!」と精一杯努力しても、せいぜい行き着く先は「ダメな自分に打ちのめされる」か、もしくは「高慢になって神から離れる」かのどちらかである。 ・気を付けなければいけないのは、この箇所は「良い事をすること」を教えているのではなく、「良い木になるための勧め」だということ。そして『良い木』とは主イエス・キリストのことであり、私たちはその『枝』に過ぎない。 ◆『良い実』を結ぶために(ヨハネ15:5) ・『枝』である私たちは『実』を結ぶが、その条件は唯一「『木』にとどまっている」ということ。では私たちはどのようにして「主イエスにとどまり、実を結ぶ」のか?それは「枝に徹すること」によってである。次に2点に注目しよう。 ①「自力では実を結べない」と自覚し、ひたすら「木であるイエス」から栄養(みことば)を受け取り続ける。 ②「自分を喜ばせる」のではなく「他の人を建て上げること」を念頭に置き、自分ではなく主イエスに注目させる。 ・「実を結ぶ」のは神のわざ。神は私たちへの愛の故に、それを「私たちを通して」成就なさる。 今日の真理: 私たちは『木』ではなく「枝」である ◎更に深い学びのために ①神の国の視点で考える時、「良い物」とは、どのようなものだと思いますか? ②神が私たちを通して結んでくださる『良い実』には、どのようなものがあるでしょう? ③私たちが「枝に徹するため」に変えなければならないのは、どんな点でしょう? 皆で話し合ってみましょう。 Outline of the sermon “How to bear good fruits.” (15/03/2026) [Luke 6:43~45] ◆What is “good”? Read more…
礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ 「目から梁を取り除く」 (08/03/2026) [ルカの福音書 6章39~42節] ◆目の中にある梁 ・ここでの『盲人』と「目の中に梁がある人」は、同じタイプの人を指している。直接的には『律法学者やパリサイ人たち』であり、「自分たちこそ神のことを知っている」と自負して、他の人をさばく人たち。 ・また「師のようになる」とは、必ずしも「その『教え』や『わざ』において熟達する」という事に限らない。重要なのは『神との親密な関係』。「どれだけ『神の心』を汲み取り、またそれを実践する歩みをしているか」がカギ。目の中に「梁」があっては不可能。そのような生き方は「主イエスの歩み」の中にのみ見出せる。 ◆イエスの模範(ピリピ 2:3-8) ・主イエスは「神の御姿を捨てる必要」も、「人間と同じようになる必要」も、「死に従われる必要」もなかった。では何故そうなさったのか?それはただ「御父がそれを望まれた」から。 ・主イエスのこの模範に従うことをひと言で述べるなら、「『どうして自分がそれをしなきゃいけないの?』と言わない」ということ。無茶な話だが、主イエスはそれをなさった。これが『神との親密な関係』に生きるということ。私たちに求められているのは「立派な人になること」ではなく、ただ『主の御足について行くこと』なのである。 今日の真理: イエスはいつも完璧な模範 ◎更に深い学びのために ①私たちの「目の中にある梁」とは、何ですか? ②私たちにとって「十分に訓練を受けて、『自分の師』のようになる」とは、どういうことでしょう? ③あなたは主イエスの、特にどのような点を模範として歩んで行きたいですか? Outline of the sermon “Take the log out of your eyes!” (08/03/2026) [Luke 6:39~42] ◆The log in our eyes. Read more…
礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ 「『恵みの生き方』の実例」 (01/03/2026) [ルカの福音書 6章37~38節] ◆さばかない(37節) ・「さばかない・不義に定めない・赦す」は、ほぼ同義。イエスはここで「この世における人間関係の秘訣」ではなく、「地上での人間関係における私たちの態度が、神との関係の親密さに影響を与える」ということを教えている。 ・私たちは「人をさばくため」には遣わされていない。主イエスでさえさばかなかった。[ヨハネ8:15] 『先走ったさばき』は危険。[Ⅰコリント4:5] かといって「いいよ、いいよ」と何でも見逃すべきでもない。『罪』は正しく指摘すべき。[マタイ18:15] 私たちの使命は、神と共に「建て上げる」こと。[ローマ14:4] 「『恵み』に生きる時、神と出会う」のである。 ◆与える幸い(38節) ・2週間前に「一時的な幸いは、真の祝福ではない」と学んだ。しかしここでの「与えなさい。そうすれば、与えられます」は、地上での人間関係における法則(一時的な幸い)ではなく、「神の性質の表現」であり、与えた後の喜びは「神の喜びと共鳴し合う『天の喜び』である。[箴言19:17,マタイ25:40] ・私たちは、神から地上で一時的に委ねられた「物質・お金・時間・労力」を喜んで『分け与える』よう召されている。だからドンドン分け与え、また(相手が祝福を受けるために)喜んで受け取って行こう! 今日の真理: 「与える喜び」は、『天の喜び』 ◎更に深い学びのために ①「先走ったさばき(早急な決め付け)」をしてしまって失敗した経験があれば、分かち合いましょう。 ①『恵みの生き方』には、どんな実例がありますか? どうしてそれらが『恵みの生き方』と言えるのでしょう? ②なぜ『与える幸い』は、「一時的な幸いではない」と言えるのですか? Outline of the sermon “Examples of ‘Merciful living’.” (01/03/2026) [Luke 6:37~38] ◆Judge not!(Verse 37) ・“Not judging, Read more…
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