2021年11月14日 「『良い方』の前に立つ」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ        「『良い方』の前に立つ」       (14/11/2021) [マルコ 10:17~22] ◆何が間違っているのか? [17節]   ・この人は律法を完璧に守っているつもりでいたが、『神の恵み』ではなく「自分の行い」に頼っていた。また『神』よりも『富』に信頼していた。しかしこれらは私たち現代のキリスト者も陥りやすい落とし穴。   ・多くのクリスチャンは、「救いは行いによらない」と信じているが、救いを受け取った後は「努力して『クリスチャンらしく』ふるまわなければならない」と信じているかのように歩んでいる。それでは『宗教』である。『宗教』の誤りは自分の努力次第で『神の基準』に到達できるかのように思わせていること。『神の基準』はそんなものではない!◆何が正解なのか? [21~22節]   ・私たちを「クリスチャンらしく(キリストに似た者と)」するのは、私たちの努力ではなく、『聖霊』の働き。「私たちがどれだけのものを持っているか」ではなく、むしろ「何も貢献できるものを持っていない」と気付き、「どれだけ神に委ねているか」による。この人は、ただ「こんな私を憐れんでください!」とイエスの前にひれ伏すべきだった。   ・「持ち物を分け与えること」は、「永遠のいのちの条件」ではなく、「天に宝を積むこと」。そうすればおのずと私たちの思いは『天』に向けられる。[コロサイ3:1] そしてこれが「イエスとの親しい関係を築く秘訣」でもある。 ✰今日のキーワード: 天に宝を持つ◎更に深い学びのために  ①イエスの許に来たこの人物の思い違いは何でしたか? 私たちも陥りやすい同様の思い違いとは何でしょう?  ②21節のイエスの言葉はどんなことを教えていますか? この人はどのように応答するべきだったのでしょう?  ③「神が『良い方』である」ということには、2面性があります。それらはどのようなものですか? Outline of the sermon      “Stand before ‘Real Good’.”     (14/11/2021) [Mark 10:17~22] ◆What is wrong? [Verse 17]   ・This man was trusting his own strength rather than “God’s grace”, and relying on his Read more…