まず質問です。皆さんは「神様はすべての人に『平等』に接する」と思いますか?

 「もちろん、そのはずです!」とお答えになる方が多いのではないかと思います。実際聖書には「神は良い人にも悪い人にも同じように太陽を昇らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる」と書いてあります。

 では次に、複数のお子さんをお持ちの方々、また学校の先生や保母として働いておられる方々ににお尋ねします。皆さんには『お気に入りの子供』という存在がいらっしゃるでしょうか?「そんなことはあってはならない」と思うかもしれませんが、実際は「あの子のひと言や笑顔に励まされる」という『特別な存在』がいることが多いのではないかと思います。

 聖書には、英語でGod’s favor(日本語では「神の恵み」と訳されていることが多い)という言葉が出てきます。これは通常日本語に訳せば「神のお気に入り」という意味です。つまり神にも「お気に入りな存在」があるのです。ではそれはどんな人たちなのでしょう。聖書によるならば、それは人間の側の能力や容姿などにはよらず、「心の姿勢」、すなわち「絶えず神を求め、神に近づこうとする人」に向けられています。

 日本の文化や社会においては「出しゃばる者」は嫌われ、「出る杭は打たれる」ということわざもあります。しかし神様はむしろ、「もっと積極的にわたしを求めて近づいて来なさい!」と呼びかけておられるのです。神にとっては「遠慮がちにうつむいてモジモジしている人」よりも、「図々しいくらいに大胆にご自身に近づく者」を「わたしのお気に入り」として受け入れてくださるのです。

 神は、ご自身にとって最も大切な存在であった『ひとり子キリスト』をも私たちの身代わりとして十字架の上に差し出してくださいました。そんなお方に対して「私になんかもったいないから結構です」というような態度は、かえって失礼に当たるのではないでしょうか?

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