2020年7月5日 「新しく生まれる」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ  「新しく生まれる」 (05/07/2020) ◆イエスとニコデモ [ヨハネ3:1-8]   ・2~3節のやり取りは、ややかみ合っていないように聞こえるが、イエスはニコデモが「神の国を待ち望んでいること」、そしてその『神の国』の概念が誤っていることを知っていたので、早速本題へと入ったのであろう。   ・ニコデモに代表されるパリサイ人たちは、「神学的教養」には秀でていたが「霊的洞察力」には欠けていたためイエスの言葉をも「人間的には無理」と判断した。しかし「人にはできないことが、神にはできる」。[マルコ10:27] ◆水と御霊による誕生 [5~8節,マタイ3:11]   ・『水』は「水のバプテスマ」、『御霊』は「聖霊のバプテスマ」を指す。すなわち『新しい誕生』には「神からの一方的な働きかけ」と、それに対する「私たちの信仰による応答」の両方が必要である、ということ。   ・『風』と『霊』はギリシャ語では同じことば。目には見えないが確かに存在し、私たちは察知することはできるが、思い通りにすることはできない。これは『神の主導権』に対する「私たちの態度」を象徴している。   ・私たちは『天国人』として日々新しく造られるために、この「自分には思い通りにならない『神』に対して同意し、自らの人生の主導権を委ねる」という『信仰』を要求されている。 ✰今日のキーワード: 「新しく生まれる」 ◎学びを深めるための質問  ①ニコデモは何故イエスのことばの真意を理解できなかったのでしょう? あなたにも同様の経験がありますか?  ②「新しく生まれる」という概念を自分の言葉で別の表現に言い換えてみましょう。 欠かせない要素は何ですか?    ③人は何故「水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない」のでしょう? Outline of the sermon        “Being born again.”      (05/07/2020) ◆Jesus and Nicodemus. [John 3:1-8]   ・Nicodemus tried to understand what Jesus told him by head, and concluded that it was impossible.  He wasn’t Read more…

2020年6月14日 「キリスト者の自由」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ 「キリスト者の自由」     (14/06/2020) ◆「自由意志」によって『奴隷』となる [Ⅰコリント9:19~23] ― パウロは19節で一見矛盾したことを言っている。   ・パウロがこう言ったただ1つの理由:「より多くの人を獲得するため」(神の許に勝ち取るため[Ⅰペテロ3:1])。   ・パウロにとって『律法』とは、「守るべきルール」ではなく、「最愛の方の願いの現れ」。それ故形式的に律法を守ることよりも、「神の許に人々を勝ち取ること」を最優先した。 ◆福音宣教とは? [22~23節]   ・『福音の恵み』とは、罪の赦しと永遠のいのちだけでなく、「キリストのいのちを現す生き方そのもの」。   ◎『福音宣教』とは、単に「救いのために知識を伝達すること」ではなく、 「ことばによる、行いによるとを問わず、相手に対して『キリストのいのち』を表現して生きること」。   ・『純粋による孤立』か?『妥協による埋没』か? ⇒ キリストは「純粋による埋没」だった!   ・キリストはご自身が「死ぬために遣わされた者」であり、「自分のいのちは御父の御手の中にある」と知っていた。実は私たちも同じ。[コロサイ3:3] 私たちは「固定観念に縛られない『キリストにある自由』」というものを、自分の手で握りしめているのではなく、私たちの「内に住んでおられるキリスト」に預けてある。[ルカ9:24] ✰今日のキーワード: 「純粋による埋没」 ◎学びを深めるための質問  ①パウロは何故、敢えて「すべての人に、すべてのものとなる(22節)」と決心したのでしょう?  ②あなたにとって「福音のためにあらゆることをする(23節)」という言葉には、どんな響きがありますか?    ③私たちは「福音宣教に遣わされている者」として、どのように福音の恵みを『共に』受けることができるでしょう? Outline of the sermon      “Freedom of a Christian.”    (14/06/2020) ◆Becoming “a slave” by “freewill”. [ⅠCorinthians 9:19~23]   ・Only reason Paul said this is: “to win as many Read more…

2020年6月7日 「『自由意志』の正しい用い方」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ    「『自由意志』の正しい用い方」  (07/06/2020) ◆自分の真価を知る [ピリピ2:3~5]   ・「自分を立派に見せかけよう」としてしまうのは、『自分自身の価値』に自信が持てないから。「私は神のかたちに造られた傑作品であり、愛されている者である」という自意識をしっかりと持っていることが大切。   ・「人を自分よりも優れた者と思う」とは、単に「相手の方が立派だと考えること」ではなく、「『自分の真価』を理解することで安息し、恐れることなく自分自身を相手の利益のために用いることができる」ということ。 ◆キリストの模範に倣う [ピリピ2:6~8]   ・「キリストに倣う」とは、単にキリストの行為を猿真似することではなく、まず自分の心を「キリストの内なる思い」に寄り添わせること。キリストは「全宇宙を造られた万物の創造主」であるにも拘らず、すべての特権を放棄し私たちの間で仕えられた。この「相手を真に生かすためなら、喜んで特権を放棄する」という姿勢に倣う。   ・主イエスはこれを、誰に強いられたわけでもなく、まさに「ご自分の自由意志による決断」によって実行された。この同じ『自由意志』が私たちにも与えられている。これを「自分自身の益」のためではなく、「真に価値あること」のために、神と人とを愛する愛と信仰によって用いる。これが『自由意志』の適切な用い方。 ✰今日のキーワード: 「信念修正」 ◎学びを深めるための質問  ①「神の子どもであり、愛されている者である」という強い確信がありますか? それが揺るぐのはどんな時ですか?  ②相手の必要を満たすために自分が損をすることに抵抗がありますか? どうしてそう感じてしまうのでしょう?    ③神は何故人間に『自由意志』を与えたと思いますか? これを適切に用いるにはどうしたら良いと思いますか? Outline of the sermon     “How to use our free will.”   (07/06/2020) ◆Know our true value. [Philippians 2:3~5]   ・We pretend because we are not confident of “who we are”.  We all should Read more…

2020年5月31日 「主に対してするように」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ 「主に対してするように」(31/05/2020) ◆心を込める [コロサイ3:23]   ・「人に対してする」のと「主に対してする」のでは、どこが違うのか? ⇒ 『心を込める』 [Ⅰサムエル記16:7]   ・具体的には、時間をかけて相手の真のニーズを理解し、自分が提供できる最良のものを気前良く与える。 ◆人間関係は「主イエスとの関係」 [コロサイ3:23~24]   ・「人との接し方」という点において、私たちクリスチャンと、そうでない人たちとの決定的な違いは、「主イエスとの関係の中で、他の人との関係を捉えることができる」という点。それは「命がけで愛された経験がある」ということであり、また「キリストのあわれみが注がれている」ということであり、そして「たとい地上で報いがなくても、天において私たちの想像を超えた報いが用意されている」という信仰。   ・私たちは「自分の持つ能力レベルの高さ」の故に、人々との関係に違いをもたらすことができるわけではない。私たちの『ベストフレンド』である主イエス・キリストとの関係の豊かさがそのまま、違いを生み出すのである。 ✰今日のキーワード: 「心を込めて」 ◎学びを深めるための質問  ①あなたが主イエスを知る前と知った後とでは、自分の中で「人との関わり方」にどんな変化が見られますか?  ②どのようにして「相手の真の必要」を見出すことができると思いますか? またそれを妨げるものは何でしょう?  ③「どのように、キリストとの関係を更に豊かなものとできるだろうか?」というテーマで分かち合ってみましょう。 Outline of the sermon     “Do as you do for the Lord.”   (31/05/2020) ◆With all your heart. [Colossians 3:23]   ・How different between “work for men” and “work for the Lord”? Read more…

2020年5月24日 「隣人を愛する」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ 「隣人を愛する」 (24/05/2020) ◆自分本位の生き方 [ルカ10:25~37]   ・この箇所は「良きサマリア人の話」として有名だが、この話を「親切な行為の勧め」として捉えるならズレている。   ・イエスはこの律法の専門家が、純粋に『永遠のいのちへの道』を求めているのではなく、『自分の正当性』を誇示しようとしていることを察知し、その誤りに気付かせるためにこのたとえを話した。 ◆神との『心』の共有 [箴言3:27, ルカ6:36]   ・律法の専門家であるなら、他のどの律法にもまさって「隣人を愛すること」が大切[ガラテヤ5:14]だと知っているはず。しかし彼らの日々の生き方は「自分に都合の良い律法理解」を反映していた。   ・一方サマリア人は「混血種」としてユダヤ人から隣人扱いされていなかったにもかかわらず、『律法』によってではなく、「あわれみ」によって行動し、結果として律法を全うした。『あわれみ』は神のご性質であり、隣人にあわれみを示す人は神と『心』を共有している。[ヤコブ2:13]   ・イエスは「この小さき者の隣人になってくれるのは誰なのか?」 と私たちを招かれる。真に隣人を愛することは「キリストがご自身の愛を表現するために、自分を用いようとしておられる」と自覚することから始まる。 ✰今日のキーワード: 「あわれみの器」 ◎学びを深めるための質問  ①主イエスが「良きサマリア人のたとえ」で知らせようとしておられた『真理』とは、どのようなことでしたか?  ②私たちが聖書の中の「良い行いに関する勧め」に関して犯しがちな誤解に、どんなものがあると思いますか?  ③キリストが自分を通して「ご自身のあわれみを示そうとしておられる」と感じた経験を分かち合ってみましょう。 Outline of the sermon        “To love our neighbors.”     (24/05/2020) ◆We tend to think of ourselves only. [Luke10:25~37]   ・This parable is not at all “telling us just to be kind to others”.  Read more…

2020年5月17日 「『真理』によって愛する」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ      「『真理』によって愛する」    (17/05/2020) ◆真実の愛 [Ⅰヨハネ3:16-20]  ([ヨハネ3:16]は大変有名だが、この[Ⅰヨハネ3:16]もかなり重要)   ・「相手のために自分のいのちを捨てる」は、一般的な『愛』の概念とは相当かけはなれている。具体的には、「他の人のいのちを豊かにするために、自分自身のいのちにとって価値あるものを喜んでささげる」こと。   ・いわばヨハネは私たちに次のような選択を迫っている。    ①「自分の都合を優先して生きる」か? ②キリストのわざを見るために「自分の都合を後回し」に生きるか?   ・パウロは「自分の弱さ」を認める中で、この②(自分を通して現されるキリストの力)を経験した。[Ⅱコリント12:9] ◆『真理』に属する者[18~19節]   ・『真実の愛』は「自分の気持ち」ではなく「真理であるキリスト」から来る。『自分』に依存した信仰は「自分自身の前だけ」での平安をもたらすが、『真理』に依存した信仰は「神の御前における全き平安」を約束している。   ・「自分が良いと思うこと,したいこと,できること」を「自分のタイミング」で行うのに『信仰』は要らない。しかし「相手のために自分の全てを主にあって差し出すこと」は『信仰』を要求する。そんな時「主よ、私にはできませんが、あなたならできます!」と自分自身を差し出してみよう。『教会』は、そのような「信仰表現のための練習場」。 ✰今日のキーワード: 「私たちを通して現される神の力」 ◎学びを深めるための質問  ①「真実をもって愛する(18節)」とは、どんな風に愛することですか? どうすればそれが可能になりますか?  ②「自分の心が責めたとしても安らかでいられる(20節)」のは何故ですか? この平安はどこから来るのでしょう?  ③「自分の弱さを通してキリストの力が現された経験」があったら、互いに分かち合いましょう。 Outline of the sermon        “Loving by ‘Truth’.”     (17/05/2020) ◆True love. [ⅠJohn 3:16-20]  ([ⅠJohn 3:16] is as important as [John 3:16].) “True Love” is the willingness to give up what Read more…

2020年5月10日 「『成し遂げる』のではなく、『成就する』」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ    「『成し遂げる』のではなく、『成就する』」  (10/05/2020) ◆「良い方」は『私』ではなく『神』 [ローマ12:11-21]   ・この箇所をまとめて言うなら「良いことだけをして、悪いことは決してするな」「受けることは期待せず、ひたすら与えよ」。 ⇒ 無理!もしこれらを目標に努力するのが『クリスチャン』なら、単なる『宗教家』にすぎない。   ・私たちのキリスト者としての歩みのカギは「神との生きた関係」のために「キリストにとどまる」こと。[ヨハネ15:5]   ・神は元々私たちを『良い行い』のためにデザインされた。[エペソ2:10] それを損なったのが『罪』。だから私たちは「クリスチャンになるため」だけでなく、「クリスチャンとして日々生きるため」にも主イエスを必要としている。 ◆心を新たにする   ・神は「良い方」であり、「望んでおられることを必ず成し遂げる方」であり、「それを『愛する者』と共に実現しようとされる方」。それ故、私たちの側に必要な態度は次の2つ。     ①「神の願い」を「自分の願い」とする。 ②神が自分を通して何かをなさろうとする時のために備えている。   ・「心を新たに」(ローマ12:1-2)とは「『最善』を知っているのも、実現するのも、『私』ではなく『あなた』です」という態度を持つこと。このような心で御前に出る時、私たちは「神のみこころ」を見分けることができるようになる。 ✰今日のキーワード: 「私」ではなく、「神」 ◎学びを深めるための質問  ①神は何故、聖書を通して私たちに多くの「良い行いへの勧め」をなさるのでしょう?  ②「自分はクリスチャンらしくない」と感じるのはどんな時ですか? また真の「クリスチャンらしさ」とは何でしょう?  ③『神のみこころ』とは一体誰のためですか? また『神のみこころ』を見分けるためのカギはどんなことですか? Outline of the sermon      “Not You, but He will do it.”   (10/05/2020) ◆God is good, not I am. [Romans12:11-21]   ・If we try to fulfill all these Read more…

2020年5月3日 「神のみわざの代行者」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ        「神のみわざの代行者」   (03/05/2020) ◆『真の謙遜』を養う [ローマ12:3-10]   ・このローマ書の内容は要するに、「互いに謙遜になって、神から与えられている賜物(恵み)を使って、互いの必要を補い合おう」という勧め。真の謙遜は『自己卑下』ではなく、「できることはできる、できないことはできない」と言える正直な態度。神様は私たち1人1人を「違った存在」として造られた。別の言い方をすれば「互いを必要とするように」デザインされた。ぜひ「互いに求め合い、与え合う共同体」として成長しよう! ◆神のわざの代行者 [ローマ12:1-2]   ・以前『両生類』の話をした。私たちは「地上人」でありながら『天国人』でもある。「この世と調子を合わせて」生きていたら、決して『天国人』としての使命は果たせない。   ・私たちは「キリストのからだ」として、この世にあって『神のみわざの代行者』。「自分が他の誰かに与える時」も「他の誰かが自分の必要を満たしてくれている時」も、神が私たちを通してみわざをなさっておられる。私たちは「神が私たちを通して成し遂げようとしておられること」を妨げてはならない。 *『神の家族』である私たちによって現される働きを通して、神である主の御名があがめられますように! ✰今日のキーワード: 「真の謙遜」 ◎学びを深めるための質問  ①あなたが「誰かに与えよう」また「誰かに求めよう」とする時に、それを躊躇させるものは何ですか?  ②「自分は他の人と少し違っている」と感じるのはどんな点ですか?それを神様にどのように感謝できるでしょう?  ③どのようにして、神様が「自分を用いられた時」と「他者を用いられた時」を同じように喜ぶことができるでしょう? Outline of the sermon       “We are ‘Agents of God’.”     (03/05/2020) ◆Grow in “True humility”. [Romans12:3-10]   ・The essence of these verses is like; “Be humble one another, and serve for each other’s need with Read more…

2020年4月26日 「愛の成長を阻むもの」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ         「愛の成長を阻むもの」    (26/04/2020) ◆『愛』は「御霊の実」 ― イエスが愛したように、愛する。[ヨハネ13:34]   ・『真実の愛』は「好き嫌い」とは関係ない。[マタイ5:46-47] これは「自分自身から出てくるもの」ではなく『御霊の実』。この御霊は、イエスを信じた時から与えられているのだから、「愛の種」は既に私たちのうちにある。   では、「私たちの内に蒔かれた『愛の種』の成長を妨げているもの」は何か? = 私たちの不信仰   ・聖書は、はっきりと次のように告げている。[詩篇37:5,ゼカリヤ4:6,ピリピ1:6] 「だから信じて任せよ!」 ◆「不信仰」から『信仰』へ  *「不信仰」の実態は… ①「神が良い父である」と信じ切れない ②自分の力で何とかしたい この2つの混合。   ・私たちは聖書を通して「神のみこころ」に関する多くの『知識』は持っているが、実践できない。その根本的理由は「自分の力不足」ではなく、それらの知識の上に『自分』を置くから。これを『不信仰』と呼ぶ。逆に『信仰』とは主イエスをすべてのものの上に据えること。パウロはこの「信仰の歩み」を次のように要約した。[ガラテヤ6:14]   ・『御霊に導かれた歩み』とは、分かりやすく言えば「神が良い父である」と固く信じ、恐れずに自分自身を日々神にささげること。私たちは「信仰の小さい者」。だから神に助けを求めよう! ⇒ [マルコ9:22-24] ✰今日のキーワード: 「信じて委ねる」 ◎学びを深めるための質問  ①感情的な「好き嫌い」と、「主イエスが愛されたように愛する愛」とは、どんなところが違いますか?  ②なぜ『不信仰』が「内なる御霊による愛の成長」を妨げることになるのでしょう?  ③「キリストが愛してくださったように、互いに愛し合う者」となるために、どのように助け合うことができますか? Outline of the sermon      “What hinders our love to grow.”   (26/04/2020) ◆“True Love” only comes from God. ― Love one another just as Christ has Read more…