聖書
(616) “わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛している人です。”
イエス・キリストはその教えの中でしばしば『愛』について語り、また「神を愛するとは神の命令を守ることである」とおっしゃいました。きっとここである方々は考え込んでしまうのではないでしょうか。「『命令を守る』などという愛の形があるのだろうか?」と。 確かに人間同士の関係において、「どちらかがどちらかの命令を守るのが『愛』だ」などと言ったら、何だか封建的で誤解を招きそうです。しかし、「創造主なる神と私たちの関係」は決して『同等』ではありません。神の方が知恵においても力においても圧倒的に優っています。そのような間柄においての『愛』は、恋人同士のようなロマンティックなものではなく、むしろ「親子関係」のようなものかもしれません。 神は私たちに対して、「憐れみ」「一方的な恵み」「祈りに応える」というような方法でご自身の愛を表現してくださいます。では私たちはこのお方に対してどのように『愛』を表現できるでしょうか?それは『絶対的な信頼』を通してです。幼子が親に言われたことに対して、「ホントかな?」「どうしてなの?」「証明してみせて!」などという疑わしい態度ではなく、「お父さん(お母さん)がそう言ったんだから、間違いない」と従順に従う様子を目にする時、親たちはきっと「この子のためなら、どんなことでもしてあげよう!」と感じることでしょう。 神は良い方であり、私たち1人1人の最善を願い、また施してくださる方です。この方に信頼してその戒めを守り行うことによってこそ、私たちは『神に対する愛』を正しく表現できるのです。