聖書

(135) “大ぜいいる私たちも、キリストにあって1つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。”

ちょっとした寓話をご紹介しましょう。いつもメガネをかけている人の顔の部分同士の間で言い争いが起こりました。鼻が目に対して文句を言ったのです。「このメガネは目のために必要なのであって、ボクには全然関係ないのに、どうしていつもボクに負担をかけるんだい?こっちは毎日重たくて仕方ないよ!」 これを聞いて目は心から申し訳なく思って言いました。「分かったよ。今まで迷惑をかけてごめんね。今日からはもうメガネは外すことにするから、どうか許してね。」 さて、メガネを外したこの人は、前方がよく見えないため、しょっちゅう壁にぶつかるようになりました。そしていつも初めにぶつけるのは、顔の中で1番突き出ている『鼻』でした。鼻はたまらなくなって言いました。「分かった、分かった。頼むからもう1度メガネをかけてくれ。もう文句は言わないから。メガネがボクのためにも役に立っていることがよぉく分かったよ。」 『十人十色』という言葉があります。「人はそれぞれ皆違っている」という意味ですよね。互いが違っているために、相手を受け入れたり理解したりするのが大変な時が多々あります。「どうして私と同じように考えてくれないんだろう?」「どうしてあんなやり方しかできないんだろう?」などなど。でもちょっと立ち止まってよく考えてみましょう。互いが違っているからこそ、役に立つことがたくさんあるはずです。違っているからこそ、私たちは時には互いに補い合い、また時には思いもよらなかった新しいことを学ぶことができるのではないでしょうか? 聖書は「私たちは1つのからだのようなもの、そして互いが1つ1つの器官のようなものである」と教えています。そして1人1人がそれぞれの持ち味を生かし、愛と思いやりによって結ばれて、私たちをお造りになられた神のご計画に従って生きるとき、この地上において大いなる神のわざが現されるのです。 あなたは、からだのどんな部分を担うように招かれているのでしょうね?

メッセージ

2014年8月3日 「私たちは戦いの中にある」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「私たちは戦いの中にある」    (03/08/2014) *最後の『大原則』は、「私たちは戦いの中にある」ということ。[ピリピ1:30] ・この戦いは「信仰の歩み」に関係がある。[Ⅰテモテ6:12] ・キリストが既に勝利を取ってくださった。[ヨハネ16:33] ◆私たちの敵は「人」ではなく、『悪魔』 [エペソ6:12] ・悪魔の手口はエデンの園の事件以来変わっていない。(『3つの関係』を壊そうとする) ・悪魔はいつも『出来事』や『人』の背後で働く。だまされてはならない![ガラテヤ5:15,エペソ4:26-27] ・イエスは「仲間割れすることの危険性」について警告された。[マタイ12:25-26] 悪魔に決して妥協してはならない! 誘惑に気付いたら、はっきり「No」と言いなさい!! ◆『イエスの勝利』を行使する。[エペソ6:13-18]   1「真理の帯」「正義の胸当て」「平和の福音の備え」を着けて、しっかりと立つ。[14~15節] ・「しっかりと立つ」(主動詞)とは、『自分の考え』ではなく『神』に従うという確固たる決意。[ヤコブ4:7] ・『真理』とは、イエス・キリストのこと。自分の悟りではなく、キリストのことばに頼る。[箴言3:5-6] ・『正義』 = 「罪の赦しの確信」。これも自分から出たものではなく、キリストの身代わりの死による。 ・『平和の福音の備え』。私たちは「神の和解の使者」としての使命を委ねられている。[Ⅱコリント5:17-21]   2「信仰の大盾」「救いのかぶと」「御霊の剣」を取る。[16~17節] ・『信仰』とは、「神がYesと言うことにYesと言い、神がNoと言うことにNoと言うこと。」 ・『かぶと』は「所属」を示す。「神の国の国民」とされていることの証拠。 ・『剣』は、他の武具を着け終わるまで持てない。信仰と共に用いる時のみ、闇の勢力に打撃を与える。   3御霊によって祈る(とりなす)[18節]  Before God for People, Before People for God. ・祈りの中で誰かのことが思い浮かんだら、とにかくその人の祝福と守りのために祈ろう! ◆何故神は私たちを敢えて『戦い』の中に置くのか?[申命記4:35]   Read more…