メガネの顔

ちょっとした寓話をご紹介しましょう。いつもメガネをかけている人の顔の部分同士の間で言い争いが起こりました。鼻が目に対して文句を言ったのです。「このメガネは目のために必要なのであって、ボクには全然関係ないのに、どうしていつもボクに負担をかけるんだい?こっちは毎日重たくて仕方ないよ!」 これを聞いて目は心から申し訳なく思って言いました。「分かったよ。今まで迷惑をかけてごめんね。今日からはもうメガネは外すことにするから、どうか許してね。」 さて、メガネを外したこの人は、前方がよく見えないため、しょっちゅう壁にぶつかるようになりました。そしていつも初めにぶつけるのは、顔の中で1番突き出ている『鼻』でした。鼻はたまらなくなって言いました。「分かった、分かった。頼むからもう1度メガネをかけてくれ。もう文句は言わないから。メガネがボクのためにも役に立っていることがよぉく分かったよ。」

『十人十色』という言葉があります。「人はそれぞれ皆違っている」という意味ですよね。互いが違っているために、相手を受け入れたり理解したりするのが大変な時が多々あります。「どうして私と同じように考えてくれないんだろう?」「どうしてあんなやり方しかできないんだろう?」などなど。でもちょっと立ち止まってよく考えてみましょう。互いが違っているからこそ、役に立つことがたくさんあるはずです。違っているからこそ、私たちは時には互いに補い合い、また時には思いもよらなかった新しいことを学ぶことができるのではないでしょうか?

聖書は「私たちは1つのからだのようなもの、そして互いが1つ1つの器官のようなものである」と教えています。そして1人1人がそれぞれの持ち味を生かし、愛と思いやりによって結ばれて、私たちをお造りになられた神のご計画に従って生きるとき、この地上において大いなる神のわざが現されるのです。

あなたは、からだのどんな部分を担うように招かれているのでしょうね?

Categories: 聖書

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