聖書

(158) “わたし(イエス)が来たのは、羊(人々)がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。”

最近心理学の専門家たちの間で急激に問題視されつつある「現代病」があります。専門用語では『FTT』と呼ばれるのですが、まあ平たく言えば「大人になることへの恐れ」とでも言いましょうか。要するに「人生に意味を見い出せず、大人として成長していくことに希望や喜びを失って」しまっているのです。あなたにも心当たりがありませんか? 聖書は「すべての人は天地の創造主である神によって、独自の目的を持って造られた」と主張します。ですから当然この神から離れていては『人生の目的・希望・喜び』といった、私たちが生きていく上での不可欠要素を見い出すことができないのです。また更に悪いことに、人の心の内に、神を敬わず「自分の人生の主人公は自分である。神の存在なんて、かえって迷惑である」などという『神に反逆する態度(聖書は『罪』と読んでいる)』がある故に、人は生まれつき神を認知することができず、生涯『迷える子羊』のように、目的もなくただ人生を浪費するしかなくなってしまっているのです。 イエス・キリストは「わたしが来たのは、羊がいのちを得、それを豊かに持つためである」とおっしゃいました。私たちはイエス・キリストの十字架における身代わりの死によって罪の赦しを得、へりくだった心で神に近づくことによって『真に生きる意味・力』を見い出すことができます。キリストを通して『天地の創造主である神』とのいのちあふれる関係の中に生かされて初めて、私たちは『いのちの躍動感』を体験し、「大人へと成長していくことへの希望と喜び」にあふれて、『FTT』を克服することができるのです。

メッセージ

2015年3月22日 「コミットメント」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「コミットメント」    (22/03/2015) ◆[ヤコブ4:8] ・「二心の人たち、心を清くしなさい」とある。すなわち『清い』とは「心が1つに定まっている」ということ。 ◆[Ⅰコリント7:32-34] ・この箇所は「結婚を抑制している」のではなく、「結婚生活」と「信仰生活」の類似点を示している。すなわち、 どちらもそれを優れたものとするためには「たった1人の相手に心を定める」必要がある。 ・モーセの十戒の初めの2つは、「ほかの神々があってはならない」「自分のために偶像を造ってはならない」。 またイエスが『最も大切な戒め』とおっしゃったのは、「・・・を尽くして、神を愛する」というもの。[マルコ12:29-30] ◆現代の偶像礼拝 ・旧約聖書において偶像礼拝は、もっぱら『霊的姦淫』と呼ばれた。 ・私たちが祈る時、『神ご自身』ではなく、「神が何かをしてくださること」を求めることがあまりに多い。神がしば しば祈りに応えてくださらないのは、その「何か」が『偶像』になってしまっているのではないか?[ヤコブ4:3-4] ◆コミットメント ・結婚生活において最重要なのは『コミットメント(互いに対する献身)』。これは信仰生活においても同じ。父なる 神は私たちに対する『献身のしるし』としてひとり子を献げられた。私たちの『献身のしるし』は、「神だけに献 げられるべき私たちの人生(心)の王座を、決して他のものに奪われないようにする」こと。 ◆『献身』を支えるもの ①共に過ごす時間 ― 『時間』は私たちに与えられている最も貴重なもの。これを十分に共有しているか? ②信頼 ― ・相手が良くしてくれたことを思い出す。 ・慌てて判断しない。(背後に必ず深い配慮があるはず)    ③「何が何でも愛し続ける」という確固たる決意   Outline of the sermon     “Commitment.”   (22/03/2015) ◆[James Read more…