聖書

(171) “苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。”

『発明王エジソン』は、単に「発明の天才」であっただけではなく、「失敗に対処する天才」でもありました。ある日彼の実験室で大きな爆発音が起こり、エジソンが慌てて駆けつけると、彼の弟子たちが申し訳なさそうに言いました。「先生、これでもうこの実験に何度失敗したか分かりません。」するとエジソンはこう応えたそうです。「諸君、それらを『失敗』と呼んではいけない。『学習』と呼びなさい。何故なら諸君は既に『こうしてはダメだ』といういくつもの方法を経験によって学んだのだから。」 何かに失敗してしまった時に私たちが問うべき質問は「何でこんなことをしてしまったんだろう…」ではなく「この状況にどう対処することが最善なのだろう?」という問いです。失敗を責めることはかえって新たな失敗を生むきっかけになります。しかしその失敗を前向きに捉え、解決の糸口を捜そうとする態度は、私たちを成長へと導きます。 『成長』とは「目標地点」ではなく「そこに至るまでの道のり」のことです。神はもちろん私たちが「目標地点に達すること」を私たちと共に喜んでくださいますが、それ以上に、つまずいたり途中で転んでしまいながらも「目標地点を目指して1歩1歩進んでいく私たち」を大いに喜び、共に歩んでくださるのです。聖書が教える神は「怒りっぽくてあきれ果てる神」ではなく、「忍耐と赦し、そして励ましに満ちた神」なのです。

メッセージ

2015年6月21日 「聖書と『御霊のことば』」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ       「聖書と 『御霊のことば』」     (21/06/2015) ◆ことばに『力』がある ・ことばは私たちの『思考』をつかさどる。「ことば無しで考えること」はほとんど不可能。 ◆『御霊のことば』 ー 聖霊によって『力(いのち)』を与えられたことば ・聖書(みことば)と『御霊のことば』は、どう違うのか? 聖書は『武器庫』のようなもの。聖霊はここから自由に取り出して、適切に用いる。 それ故、聖書のことばを私たちの内にできるだけたくさん取り込んでおくことが重要。 ・みことばは『御霊のための滑走路』 - みことばのない所に聖霊の働きはない。 ◆『御霊のことば』を読み取る ・悪魔は「私たちの思い」の中に侵入し、私たちを邪魔して「祈りを盗もう」とする。私たちの力では勝てない。 ・「Do not think but Listen!」(神に思いを預ける) - しかし容易ではない。聖霊の助けが必要。 ・異言の賜物 [Ⅰコリント14:14] - 思いから『この世のことば』を追い出す。 ・『御霊のことば』は通常あまり長くはない。それ故聖書のみことばをコンファメーションのために用いる。   Outline of the sermon Read more…