メッセージ

賛美礼拝(第2回JCF証祭り)

琢磨くんの証をダウンロードして聴く 綾乃さんの証をダウンロードして聴く 真実くんの証をダウンロードして聴く 璃彩さんの証をダウンロードして聴く よしこさんの証をダウンロードして聴く 今回は「説教あらすじ」はありません

聖書

(267) “主の良くしてくださったことを何1つ忘れるな。”

ある警察官が町内を巡回していると、1人の男が非常にガッカリした顔つきで公園のベンチに座っているのを見かけました。ちょっと心配になった警官は男に近づいて話しかけました。「何か心配事があるんですか?」男は答えました。「はい。実は数ヶ月前に祖父が亡くなり、私に500万円の遺産を遺してくれたんです。」警官は答えました。「あまり落ち込む原因には聞こえませんが?」「いや、話を最後まで聞いてください。」男は続けました。「実はそれに続いて先月にも伯父が亡くなり、私に1000万円近くの遺産を遺してくれたんです。」「なるほど、数ヶ月のうちに2人も身内の方が亡くなられたのは残念ですが、でもやはりそこまで落ち込むほどのことではないように聞こえますが…。もしかして、まだ他にもどなたか亡くなられたとか?」「そこなんです!」男は力を込めて答えました。「今月はまだ、誰も私に遺産を遺してくれていないんです!」 世の中には「物事の否定的な面」しか見ることができずに、自分で人生を暗くしてしまっている人たちがいるものです。あなたはそんなワナに捕まってはいませんか? 聖書は「神が良くしてくださったことを何1つ忘れるな!」と命じています。これは何も神様が私たちに「恩を着せよう」としているわけではなく、私たちの心が「下向き・内向き」にならないようにするためです。神様は『恵み』と『憐れみ』に満ちた方なのです。『恵み』というのは、「私たちには受ける資格がないのに、神様が敢えて与えてくださっているもの」(愛、赦し、平安、解放、喜び 等々)を指し、『憐れみ』というのは、逆に「私たちが当然受けるはずであったもの(罪に対する罰、神の怒り、さばき 等々)を神様が受けないで済むようにしてくださっていること」を指します。 古い讃美歌に「神様の恵みを1つ1つ数えてご覧なさい」という内容のものがあります。私たちが日々の神の祝福を1つ1つ見つけていく時に、私たちの心は「上向き・外向き」にされて行き、周囲に希望を振りまいていけるようになるのです。

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2017年7月23日 「神は『身の回りの出来事』を通して招かれる」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ     「神は『身の回りの出来事』を通して招かれる」    (23/07/2017) ◆[ヨハネ5:17, 19~20] この箇所から3つのことが分かる。 ①神は今に至るまで働いておられる。[17節] ②イエスは「神がなさっておられること」を『見る』ことができた(私たちも)。[19節] ③御父がご自身のみわざをお示しになるのは、その『愛』の故。[20節] ・神は今日も、その愛の故に、ご自分のみわざを私たちに示し、それに参加するように招かれる。 *では、一体どのようにして私たちは「神が働いておられるところ」を見い出すのか? ◆神だけがなせるわざ ・神は「ご自身だけがなせるわざ」を常に行っておられる。私たちが目を留めるべきなのは、そのような出来事。 ①人に神(キリスト)を求めさせる。[ヨハネ6:44] ②人を『霊的真理』に目覚めさせる。[ヨハネ16:8] ⇒ 「神のみこころ」を求めつつ祈った後で、神が見出させてくださる上記のような出来事に目を留める。 ◆ウリピブ島での出来事 ✰神は今日もあなたの周囲でご自身のみわざを行っておられる。 「あなたが働いておられるところを見出させてください」と祈りつつ、 神にしかできないことが起こっているところを捜してみよう!   Outline of the sermon     God invites us to His work through circumstance.”   (23/07/2017) ◆[John Read more…

メッセージ

2017年7月16日 「『身の回りの出来事』の中に導きを求める前に」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ     「『身の回りの出来事』の中に導きを求める前に」    (16/07/2017) *「身の回りの出来事による導き」 を学ぶ前に、いくつかの注意事項がある。 ◆人生の主役は『神』 ・私たちは「身の回りの出来事」を自分に都合よく解釈してしまう傾向があるが、下記のことを心に留めよう。        「私たちの目的達成を神が助けてくれる」のではなく、        「神が『ご自身の目的達成』のために私たちをお用いになる」。 ◆悪魔の策略 ・神が切に求めておられるのが「私たちとの愛の関係」ならば、悪魔はそれを全力で阻止しようとしてくる! 悪魔は「この世の魅力」によって私たちを誘惑し、「神は意地悪でケチだから、こんな良いものをあなたから     奪おうとしているのだ」 とだます。(エデンの園の時から少しも変わらない)        ◎もし私たちが「神との交わりのために十分な時間を取ること」に困難を感じているとしたら、        それは『忙しさ』の問題ではなく、『私たちの信仰生活そのもの』に重大な問題があるのである! ◆『理屈』ではなく、『信仰』 ・私たちの人生を、神は「ご自身の目的達成」のために用いられるが、もちろんその主導権を取られるのも 神ご自身である。したがって次のように言うことができる。 「神の目的達成のために、私たちが手段を模索する」のではなく、「神がどのような方法で ご自身の目的を達成しようとしておられるのか」を求め、示されたことに私たちは従う。 ・「善悪の知識の実」を食べて以来、人は『理屈』で物事を判断するようになった。[伝道者の書7:29] ・この世は、「理性に基づいた理屈」を要求する。しかし『神の国』は、「啓示に従う信仰」を要求する。 すなわち、「考える」のではなく、神の愛と力を「信じて待ち望む」ことが大切。[ヘブル11:6]   Outline of the sermon     Before you seek God’s guidance in Read more…

聖書

(266) “主の御告げ ― 見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、あなたがたも、わたしの手の中にある。”

多くの人は「新しい自分になりたい!」と願う一方で、『変化』を嫌います。「悪いところを改善したい」と切望しますが、そのために払う犠牲は最小限に食い止めたいと思うものです。 私たちが神を信じ神に従うようになると、しばしば「安楽な人生」ではなく「試練に満ちた人生」に直面します。きっと多くの方々は「こんなはずではなかった。何かが間違っているのではないか?」と感じるのではないでしょうか?でも心配はありません。それらは起こるべくして起こっているのですから。 聖書は「神の御手の中に委ねられた私たちの人生」のことを、「陶器師の手の中にある粘土」にたとえています。陶器師が自分の目指す『最高傑作』を造り出すために行う最初のプロセスは、まず粘土を十分にこねて、中にある空気などの不純物を追い出すことです。そうしないと、作品の形が出来上がって窯で焼くときに、中の空気が膨張して、せっかくの作品が壊れてしまうからです。同様に、私たちは「こねられている時」は、やがて出来上がる形が見えていませんから、ただ居心地が悪いだけで、その手の中から逃げ出したくなるかもしれません。でも「神様は良い方だから、きっと最終的に素晴らしい結果を生み出してくださるに違いない」と最後まで信じて神の御手の中にとどまり続けるなら、私たちは自分の思いを超えた神様のみわざが自分の人生を通して成し遂げられるのを体験できるのです。 偉大なキリスト教指導者の1人が次のように言っています。「単に問題から逃れることだけを求めるのではなく、むしろその問題を解決できる者となることを求めなさい。自分の人生に有益な環境を求めるだけでなく、周囲の環境さえも変えることのできる者となることを求めなさい。同じ事を繰り返しながらより良い結果を求めるだけでなく、思いもよらない結果を得るために新たなことにチャレンジしなさい。何故なら、更に偉大な結果を得るために当然払うべき犠牲を払わないことは、何の成長もない人生のために時間を浪費していることと同じなのだから。」 変化を恐れないで、『良き神様』に信頼して、その力強い御手の中にとどまり続けましょう!

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2017年7月9日 「JCFのVision」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ         「JCFのVision」        (09/07/2017) ◆神の目的 [マタイ24:14] ・この世界に対する『神の究極的なゴール』は、すべての造られた者が、「神は私たちを愛しておられ、イエス・キ リストを通して私たちを招いておられる」ということを知ること。この大目標を神と共有することは、限りなく重要。 ◆神の方法 [ヨハネ17:21-23] ― ただせっせと伝道すればいいわけではない! ・神がキリストにあってお選びになった私たち(クリスチャン)が「1つとなる」ことによって。 ・神は私たちの「雄弁な説教」によってではなく、『愛に満ちた交わり』を通して、まだ神の愛を知らない人々をご 自身の許へと引き付けようとしておられる。何故なら、人々を招き寄せるのは『神ご自身』であり、神は「本物の 愛がある交わり」の中に住まわれるから。[Ⅰヨハネ4:9-12] ◆神の願い ・神は、ご自身の間、すなわち「父・子・聖霊」の間にある『愛の交わり』があまりに豊かに溢れていたので、その 交わりの中にもっと誰かを招き入れたいと願われ、私たち人間を造られた。だからこそ神は、今日も私たち1人 1人、そしてご自身の教会であるこのJCFを、ご自身との交わりへと招かれる。 この招きに応えることこそ、私たちの人生における最優先事項! ◆JCFのVision   《 ①『神』との関係 ⇒ ②『神の家族』との関係 ⇒ ③「神の家族以外」との関係 》 ・何よりもまず「イエス・キリストを通しての神との関係」を求めましょう。日々神との十分な交わりの時間を取り、 「もっと神を知り、神と親しくなること」を求めましょう。そして神の愛が聖霊によって内側に溢れてきたら、まず 自分の家族、そして神の家族にその愛を惜しみなく注ぎ出しましょう。教会の中で、互いの弱さや欠けたところ を補い合って「キリストのからだ」を一緒に建て上げましょう。そして、私たちの間に溢れ出てくるこの『神の愛』 の中に招き入れるようにして、まだ「キリストにある神の愛」を知らない人々を、共に招き入れて行きましょう!   Outline of the sermon          “Our Vision.”         (09/07/2017) ◆Where Read more…

聖書

(265) “何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださる。”

  「神様に願い事をしたのに叶えてもらえなかったこと」に対して文句を言う人たちはたくさんいますが、「神が願い事を叶えてくれてしまったこと」に文句を言う人はあまりいませんよね?「そんな人いるわけないじゃん!」と思うかもしれませんが、本当にそうでしょうか? こんなことを言っていた人がいました。「神様がすべての私の祈りを叶えてくれなくて本当に良かった。でなければ、私は何度も間違った人と結婚していたに違いない」と。あなたは「あの時のあの祈りが文字通り答えられてしまっていたら、とんでもないことになっていた」と思い当たることは全くないでしょうか? 私たちはしばしば『自分の本当の必要』を理解していません。この天地万物を造り、私たちをも生み出してくださった神様は「最高に良いお方」ですから、私たちの『最善』だけを願ってくださっています。ですから、私たちが『最善以下』を祈り求めている時は、その祈りに答えないでいることをじっと耐えておられるのです。 そもそも『祈り』とは何でしょう?私たちは『祈り』と『願い事』をほとんど同じ意味で用いますが、実はこの2つは全く別のものです。『祈り』は言わば「神様とのコミュニケーション」であり、私たちが『神様』という方をより深く知るために欠かせない営みです。私たちは『祈り』によって神様に近づき、その大きな愛に触れ、私たちのありのままを受け入れていただくことによって、深い平安を体験することができるのです。その上で私たちは「この方が与えてくださるものこそ、私にとって最高に『良いもの』なのだ」と確信し、『神のみこころ』を求めるようになるのです。 神様は、求める者には喜んでご自身の『みこころ』を「聖書のことば」や「祈り」を通して私たちに教えてくださいます。その『神のみこころ』に従って私たちが「願い求める」なら、神は「待ってました!」とばかりにその『祈り』に答えてくださる、これが聖書の約束なのです。

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2017年7月2日 「聖霊は『祈り』を通して導く」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ     「聖霊は『祈り』を通して導く」   (02/07/2017) *「熱心な祈り」が聞かれるわけではない![Ⅰヨハネ5:14] ◆『祈り』とは? ・『祈り』は「願い事」でも「ネゴシエーション」でもなく、「神とのコミュニケーション」。 聖霊はしばしば祈りの中で、私たちに「神の性質」「神の心」を証しする。 ・私たちは多くの場合「見当違いなこと(本当には必要でないもの)」を願う。神は『最善』しかなさらないから、聖霊 によって、私たちがその『最善』を求められるように、私たちの心を修正してくださる。[ローマ8:26-27] ◆祈りの目的 ・神が求めておられるのは「あなたが神のために何ができるか」ということよりも、同じ思いで歩む『愛の関係』。 「私はこの方法で進みます。もし間違っているなら道を閉ざし、正しければ祝福してください」は、誤った態度。 ・聖霊は「祈りの中でインスピレーションを与えて導く」というよりも、「祈りを通して私たちをキリストの心へと引き 寄せ、私たちを造り変える」ことによって、『神のみこころの歩み』へと導く。 ・「祈っている時に浮かんだアイディアだから・・・」は危険。サタンは「聖霊に導かれて断食していたイエス」さえを も誘惑してきた! ◆神からの語りかけを聞き取るために [ヨハネ10:1-5] ・「彼の声を知っている」 = みことばにいつも親しんでいるから。 ・「彼について行く」 = 「私の願いではなく、あなたのみこころの通りに・・・」 このように心から祈れる者こそ、御声を聞く準備が整った者。 ✰ キリストとの愛の関係の中で「聞き分ける耳」と「従順な心」を養いましょう!   Outline of the sermon      “The Spirit guides Read more…