聖書

(276) “見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを(神に)願って聞き届けられました。”

 「もし全知全能の神がおられ、私たち人間を愛しておられるなら、どうしてこの世には悪が存在するのか?」そのように考えたことがある方は少なくないと思います。 聖書を気をつけて読むなら、何箇所かに渡って「この世における『悪の力』の存在」について描写してあることが分かります。そしてその首領は『悪魔』とか『サタン』とか呼ばれて、ある箇所では「この世の王」とも呼ばれています。すなわち、本来神様はこの地上を人間のために造られたのに『初めの人アダム』が神のことばよりも悪魔のことばに従って以来、この地上の支配権が悪魔に奪われてしまったのです。では、神様はそんな悪魔をどうして野放しにしておくのでしょう? 聖書の中の悪魔に関する記述を注意深く読むと、悪魔は「神の許容範囲内」でしか活動できないように制限されていることが分かります。悪魔がある個人または地域に災いをもたらそうと考えたとき、いつも神に「お伺いを立てに来る」のです。では、神は何故そのような悪魔の思惑をお許しになることがあるのでしょうか?それにはいくつかの理由がありますが、その主な理由は「私たちの目を『霊的な世界』に向けさせ、ご自身の許に引き寄せ、試練を通してその信仰を成長させるため」であるということができるでしょう。日本語のことわざにも「苦しいときの神頼み」とありますが、私たちはしばしば「痛い目を見るまでは神を求めない」頑なな存在です。しかし私たちが心を神に向け、彼を呼び求めるなら、神は私たちを「暗闇から光へ」移すことのできる方なのです。 悪魔は人間よりも力がありますが、神はその悪魔よりも圧倒的に優れたお方です。神は、彼に信頼し彼と共に歩む者とされた人々と『一緒に』この世界をご自身の許へと取り戻そうとしておられるのです。神は、私たちが苦難の真っ只中にいる時に、それをただ「傍観している方」ではなく、私たちが神に向かって助けを求めて叫ぶのを今日も「心を痛めながらじっと待っておられる方」なのです。

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2017年9月24日 「聖なる神の宮」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ          「聖なる神の宮」         (24/09/2017) ◆私たちは『神の神殿』 ・イエスはご自身が『神殿』(神の臨在・聖なるもの)であるという自意識を持っておられた。[ヨハネ2:19-21] ・私たちも『神殿』(神の臨在・聖なるもの・神の注目の的)である。[Ⅰコリント3:16-17] その「存在自体」に価値がある。「建物(外見)の立派さ」が重要なのではなく、『内容物(神の御霊)』が重要。 ◆『聖なる神の宮』として生きる ・「神以外の偶像」を据えないように心を見張る。(悪王マナセのストーリー[Ⅱ列王記21章]から学べ!) マナセは『主の宮』に「偶像のための祭壇」を築いた。この行為は神の逆鱗に触れた。[Ⅱ列王記23:25-26] ・[ヨハネ2章]のイエスの『宮きよめ』は、私たちが「神の宮としての自分」を日々聖く保つべきことを教えている。 神の前の『聖さ』とは、単に「きれいにしてあること」ではなく、「心が分かれていない(定まっている)」こと。 ・この世は様々な魅力をもって私たちの心(主の宮)に偶像を据えようとするが、だまされてはならない! 本当に『良いもの』は、『良い父』だけから来る![ヤコブ1:14-17]   Outline of the sermon      “We are God’s holy temple.”    (24/09/2017) ◆We are “God’s temple”. ・Jesus identified himself as “God’s Read more…

聖書

(275) “私たちは、人を喜ばせようとしてではなく、私たちの心をお調べになる神を喜ばせようとして語るのです。”

『自分の存在価値』というものをはっきりと理解していることは非常に重要です。そうでないと私たちは常に「誰かに認められよう」とやっきになり、相手のために貢いだり、自分を偽ったりして、かえって自分をおとしめることになります。『自分の存在価値』を人からの評価に捜そうとするなら、それは中毒のように私たちを滅ぼして行きます。何故なら私たちは決してそのような方法では「満足に至る」ことはないからです。 私たちが聖書のことばを通して『創造主である神』と出会う時、私たちは初めて「自分の真の存在価値」というものを見出すことができます。何故なら『私たちの真価』は、私たちの「能力」「業績」「財産」などによって測られるのではなく、「私たちが誰の作品であるか」によって決まるからです。 私たちが他の人と語る時、もし「この人は私のことをどう思っているのだろう?」ということが気にかかるなら『心の中の真実』を語ることは難しくなり、結果として「耳障りの良いことだけ」を語るようになります。しかし実のところ大抵の人々はいつも『自分のこと』がその思いの中心にあるので、あなたのことにそこまで真剣に気を遣ったりはしていません。だから「人の目」や「人の言葉」を恐れないで下さい。むしろあなたのことをいつも心にかけてくださっている神様の「あなたは私の最高傑作なのだ。今日も自信を持って堂々と自分自身を生きなさい!」という語りかけにいつも心を留めていましょう。こういうわけで、私たちは「私たちの真価をご存知の神」にふさわしく、いつでも誰に対しても「愛をもって心の真実を語る」べきなのです。

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2017年9月17日 「神の国の権威を行使する者」

琢磨くんの洗礼の証をダウンロードして聴く メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「神の国の権威を行使する者」     (17/09/2017) ◆神の国の権威を行使する者 [マルコ16:17-18] ・『しるし』 = 「証拠としての奇蹟」 ― 「神の国の民とされている(キリストと交換された)こと」の証拠。 ・私たちはこれらの『現象』を求めがちだが、重要なのは「神の国の民とされている」という事実。[ルカ10:17-20] ◆『神の国の権威』を行使するカギ = 『聖霊』 [使徒1:8] ・そもそも『聖霊』とは何か? ― それは「神のものとされている」というしるし。[エペソ1:13-14] ・神は「初めの人アダム」を造られた時、その鼻から『いのちの息(聖霊の象徴)』を吹き込まれ「ご自身のもの」と された。しかしアダムは神よりも悪魔のことばに従った。この悲しみは深く神の心に刻まれた。 ◆『神のもの』として生きる [ヤコブ4:3-7] ・神は私たちが、地上で『御国の権威の行使者』として生きるために「聖霊の満たし」を求めるなら、喜んで与え てくださる。しかしそれが「自分の願いを実現させるため」であるなら、求め方が間違っている。 ✰こう祈ろう!「天の父よ。私はあなたのものです。あなたの願いを地上で実現する者として使って下さい。       あなたが私に聖霊をお与えになったことを、後悔させない生き方をさせてください。」   Outline of the sermon      “To excise the power of kingdom.” Read more…

聖書

(274) “愚か者は自分の道を正しいと思う。しかし知恵のある者は忠告を聞き入れる。”

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という日本のことわざもあるように、必要な忠告を聞かないことは大きな失敗をもたらすことがあります。どんなにたくさんの知識を持っている人でも、知るべきすべてのことを知っているわけではありません。「自分にはまだ知らないことがある。まだまだ学ぶべきことがある」と分かっている人こそ『賢い人』と言えるでしょう。 プロゴルファーたちは皆『キャディ』たちと共にコースを回っています。そしてこの『キャディ』というのは、単に「ゴルフクラブを運んでくれる人」ではありません。彼らはそれぞれのゴルフコースに関する多くの知識を持ち、ゴルファーたちに必要なアドバイスを与えてくれています。 往年のプロゴルファーに「トミー・ボルト」という選手がいました。彼は大変技術の優れたゴルファーでしたが『癇癪持ち』でもありました。ある時ボルト選手が南カリフォルニアで開かれた大会に参加した時のことです。その日彼は前日に悪いスコアを出してしまったことに相変わらずイラついていました。そこで彼は1日の初めに自分のキャディに向かって「今日はお前は、オレ様に対して『ハイまたはイイエ』以外は言うんじゃない!」と命じました。そういうわけでキャディは、アドバイスをあげたいと思ったときでも忠実にその言葉に従いました。あるホールでボルト選手はティーショットを林の中へ打ち込んでしまいました。彼はイライラしながら林の中へ行き、そこに落ちているボールを見つけるとキャディに尋ねました。「やっぱりここは5番アイアンで行くべきだろうな?」キャディは「イイエ」と答えました。しかしボルト選手は自分の判断の方が正しいと思ったので、ともかく5番アイアンで打つと、打球は見事にグリーンの上の旗のすぐ側に止まったのです!ボルト選手は得意げにキャディに言いました。「どうだ、今度ばかりはオレ様の判断の方が正しかっただろ?何とか言ってみたらどうだ?」するとキャディは答えました。「ハイ、確かに良いショットでしたが、今あなたが打ったのは他の人のボールです。」 聖書は「人の心の高慢は破滅に先立つ」とも書いてあります。取り返しのつかない失敗をするよりは、立ち止まって忠告に耳を傾けた方が良いとは思いませんか?

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2017年9月3日 「驚くべき交換」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ         「驚くべき 『交換』」        (10/09/2017) ◆十字架上で起こったこと [Ⅱコリント5:21] ・十字架上で行われた『交換』は、単に「私たちの罪とキリストの義」ではなく、「罪ある私たちと義なるキリスト」。 ・この「十字架における交換」により、神の目に映る私たちの姿は劇的に変化した![エペソ2:4-6]       ①父なる神の完全な愛の対象   ②神の国の権威を行使する者   ③聖なる神の宮 ◆父なる神の完全な愛の対象 [マタイ3:17,Ⅰヨハネ4:16-17] ・御父は今や、イエスを見ていたのと同じ熱い視線で私たちを見ている。死後のさばきはもはや「キリストの内に ある者」にとって何の力もない。この神の愛は、私たちの能力や立派さなどには全く影響を受けることがない! ・この「キリストにある自由」は『神との愛の関係』に生きている時にのみ味わうことができる。[ヨハネ5:19,15:5] ・悪魔は「この世の魅力」を用いて、いつも私たちを『神との交わり』から引き離そうとする。[Ⅰヨハネ2:15-16] この時こそ、私たちの『神への愛』の見せどころ。『信仰』によって勝利をつかめ![Ⅰヨハネ5:4-5]   Outline of the sermon      “Incredible exchange.”    (10/09/2017) ◆What has happened on the cross? [ⅡCorinthians 5:21] ・It was Read more…

聖書

(273) “わたしの愛の中にとどまりなさい。”

英語で「Make yourself at home」という表現があります。日本語に訳せばさしずめ「自分の家のようにくつろいでくださいね」といったところでしょうか?要するに「何も遠慮せず、ありのまま自由に過ごしてください。あなたは心から歓迎されており、受け入れられているのですよ」というわけです。 イエス・キリストが人々に向かって「わたしの愛の中にとどまりなさい」と言われた時、まさに同じような意味で言われたのです。神は、あなたが今まで誰からもそのように愛され受け入れられたことのないような愛によって、あなたのことを愛しておられるのです。私たちがしばしば『神の愛』というものを正しくイメージできないのは、それと似たようなものがこの世に存在しないからです。恐らく「母の愛」はそれにかなり近いものかもしれませんが、悲しいことに最近は「教育熱心さ」のあまり、自分の子どもに『不必要なハードル』を与えてしまう母親が増えてきています。しかし神の愛は『無条件』であり『永遠』です。あなたの能力や態度が、あなたに対する神の愛を増やしたり減らしたりすることはありません。それは優しく、力強く、完全な愛なのです。 「神の愛を受け取るために必要なもの」は、『努力』でも『我慢』でもありません。『信仰』です。「神はそのひとり子イエス・キリストを私の罪の身代わりに十字架にかけるほどに、私を愛しておられる」と単純に、幼子のように信じる『信仰』のみが、『父なる神』が私たちに望んでおられることなのです。

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2017年9月3日 「真理であるキリストを知る」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ       「真理であるキリストを知る」      (03/09/2017) ◆『真理』において成長する [Ⅰテモテ2:4] ・「救い」を受けた後も、継続して『真理』を知っていくことが必要。 真理 = イエス・キリスト! ・『永遠のいのち』とは、「唯一のまことの神」と「イエス・キリスト」とを『知ること』である。[ヨハネ17:3] ここでの『知る』はギリシャ語特有の「現在接続形」であって、「絶えず増大する経験」を表す。 ◆「知ること」こそ、成長のカギ [ヨハネ8:31-32] イエスのことばを聞く ⇒ そこにとどまる ⇒ 真理を知る ⇒ 自由にされる ・私たちは、御子イエスを通して神の豊かさを知り、また体験できる。[コロサイ2:9-10] 私たちが激しく神を求める(神に従う)ようにならないのは、神を本当にはよく知らないから。 ◎ペテロの遺言?[Ⅱペテロ3:18] ✰更に貪欲に「私たちの主イエスを知ること」を求めて行こう!   Outline of the sermon      “To know Christ, the truth.”    (03/09/2017) ◆Grow in “the truth”. [ⅠTimothy 2:4] ・God doesn’t just Read more…