聖書

(289) “私たちは神の作品であって…。”

私たちの『個性』というのは「生まれつき」なのでしょうか?それとも「後から備わったもの」なのでしょうか? ずっと以前には「人間の個性はすべて後天的なもので、生まれた時には皆同じような性質を持って生まれてくる」と信じられていました。しかし2人以上の子供を育てた経験のある母親たちは口を揃えて「そんなわけはない。人間は生まれた時からそれぞれ違った特質を持っている」と主張していました。さて、どちらが正しいのでしょうか? 近代の科学は、この母親たちの意見が正しかったことを証明しています。近年の数々の科学的発見を通して、生まれたばかりの赤ん坊には「その子の個性に影響を与える少なくとも9つの重要な要素」が既に備わっているということが分かりました。そして興味深いことに、その内のいくつかは、成長過程のずっと後の方で徐々に明らかになっていくというのです。時々「ウチの子供たちは、皆同じように育てたのに、どうしてこんなに違って育ってしまったのかしら???」とぼやく親がいますが、それは当然なのです。 考えてみると、空から降る雪の結晶や、海辺の数え切れないほどの砂粒にしても、1つも同じものはありません。ならば『人間』のような複雑な生物が「全く同じような性質で生まれてくる」と信じること自体に無理があるのではないでしょうか? 神は私たち人間を1人1人「ユニークに」デザインしてこの地上に送り出してくださいました。ですからお子さんをお持ちの親御さんたちは、お子さんたち1人1人の違いをしっかり見極めて、それぞれにふさわしい道へと進ませて上げられるよう、日々神様からの知恵を求めてください。そして私たちも「神が自分のために立てておられる計画」を見つけるべく、日々聖書を読み、祈り深く歩んで行きましょう。

メッセージ

2018年1月28日 「イエスはまことの光」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ       「イエスはまことの光」      (28/01/2018) ◆イエスは『光』である。 [ヨハネ1:6-9] ・イエスご自身の証言。 [ヨハネ8:12] イエスに従う者は、決して「やみの中」を歩まず、「いのちの光」を持つ。では「光とやみ」とは? ◆『光』とは? [創世記1:3-4] ・神が天地創造の初日に、その存在を命じたもの。「太陽」のことではなく、言わば『神の栄光』そのもの。 ・神はすべての被造物がご自身の満ち満ちた栄光を反映するようにと計画され、その『光』をやみと区別された。 そしてご自身の栄光がどんなやみの中にあっても輝き、やがては光がやみを打ち砕くように定められた。そし てそれがイエス・キリストによって実現した。私たちはこのキリストによって『光』と出会う。[Ⅱコリント4:6] ◆私たちと光との関係 ・光に背を向けて歩むと、自分の影を見ながら生きることになる。しかし光の方を向いて生きるなら、そこには 『自分』もなく、『光』だけになる。そしてこの光は私たち自身の内にさえ光を灯す。[エペソ5:8-11] ◆光の中を歩む [Ⅰヨハネ1:5-9] ・「光の中を歩む」とは「神との交わりの中に生きる」ということ。暗闇に誘惑されて、つい後ろを振り向いて失敗 したとしても、もう1度『方向転換(悔い改め)』をして、神との交わりの中へ戻ることができる。 ◆今週の『暗唱聖句』: [ヤコブ1章17節]   Outline of the sermon     “Jesus is the true light.”    (28/01/2018) Read more…

聖書

(288) “みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。”

現代の1つの風潮に『知識偏重』というものがあります。私たちは「既に分かっていることを実践する」よりも「まだ知らないことを追求しようとする」ことに魅力を感じやすいようです。 例えばある企業はその体質を改善するために多くの会議をし、その道の専門家を招いて講義を聴き、本を読んで勉強したりしますが、肝心の社員たちから日々寄せられる不満や要望にはあまり応えようとしません。 また私たちの日常生活を見ても、健康食品の雑誌や番組を観たり、スポーツクラブの広告を手に取ったり、「甘いものを食べるのは今回限りにしよう!」と決心したりしますが、実際に食生活を変えたり、定期的な運動を始める人はわずかです。 実はこれはクリスチャンとしての信仰生活にも当てはまります。私たちは聖書を読んで感動したり、教会の集会で学んだことに納得させられたりしますが、それらのことを実行に移すことは苦手です。聖書に「赦しなさい」と書いてあるのを読んでも「でも私の場合はちょっと特別なケースだから…」と見て見ぬふりをしたり、教会で「受けるよりも与える方が幸いです」と教わっても「とは言っても、やはり万が一の時のために貯蓄しておかないと困るから…」と出し惜しみしてしまうのです。 神は『知識』の中にはおられません。神は『愛』の中に住まわれるのです。いくら聖書の知識をたくさん蓄えても「分かったことを実践する」ことなしには、本当の意味で神様の祝福を体験することはできません。結論は単純です。あなたはもう十分に『知って』います。ですから今日、分かっていることを実行に移してください!

メッセージ

2018年1月14日 「イエスは神のことば」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ       「イエスは神のことば」      (14/01/2018) ◆イエスは『神のことば』 [ヨハネ1:1-4] ・イエスは「神のことば」であり、彼にいのちがある。 [ヨハネ6:63] ・「みことばを求める」とは、「イエスご自身を求める」ということ。みことばが私たちの内に『新しい創造』を行う。 ◆『ことば』は「正しい関係」に基づいてこそ、真価を発揮する [ヨハネ14:23-24] ・イエスは「神のことば・神の心」を証するために来た。何故なら、世は神を正しく理解していないから。 ・私たちは「イエス・キリストを通しての、神との愛の関係」の内にある時にのみ、『神のことば』の中に「神の愛といのち」を見出すことができる。 ◆正しい土台の上に人生を建て上げる ・イエス・キリストが土台。[Ⅰコリント3:10-11] ⇒ この世の知恵や常識によって「神のことば」を解釈しようとするな! ・「イエスのことば」を土台として、人生を建て上げる。[マタイ7:24-27] ◆今週の『暗唱聖句』: [ヤコブ1章21節]   Outline of the sermon     “Jesus is the Word of God.”    (14/01/2018) ◆Jesus is “the Read more…

聖書

(287) “神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。”

多くの人々は『変化』を嫌います。できるだけ「現状を維持したい」と思うのです。確かに同じ事を繰り返していることは楽ですし、危険を回避することができますが、と同時に「目覚しい成長」を経験できないことも事実です。 聖書の中に出てくる「信仰の偉人たち」(モーセ、ギデオン、ダビデなど)は皆、初めは弱く失敗の多い人々でしたが、神に信頼して人生を歩む中で、後世まで語り継がれるヒーローとなったのです。 空中を美しく舞うあの蝶も、初めはカッコ悪い『毛虫』にすぎません。地面や葉っぱの上にネバネバした後を残しながらノロノロと這い回る、それこそ誰にも見向きもされない存在です。それがやがて成長してあの美しい蝶に変わるのですから、驚きですよね? 実はあの蝶の飛翔する力は、毛虫時代に黙々と這い回り続けた成果なのです。カッコ悪いと嘲笑されながらも与えられたいのちを精一杯生きることは、後になって想像を超えた結果をもたらすのです。今のしばらくの間の試練は、やがてあなたの人生に美しい花を咲かせるためになくてはならない格闘なのです。 悪魔はこのことをあなたに知って欲しくないので、「そんな大変な苦労はもうやめて、サッサとあきらめてしまいなさい。神様はお前なんかの人生を用いて大したことをしてくれるわけがないんだから…」とささやきかけます。しかし多くの試練を潜り抜けて偉業を成し遂げたキリストの使徒パウロは次のように結論付けました。「私が弱いときにこそ、私は強いからです」と。あなたはどちらの言葉を信じますか?

メッセージ

2018年1月7日 「あなたはイエスを誰だと言いますか?」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ    「あなたはイエスを誰だと言いますか?」   (07/01/2018) ◆神は御子を通して語られた [ヘブル1:1-3] ・キリストは「被造物(造られたもの)」ではなく、『創造主』。 ・キリストは「神の本質の完全な現れ」であり、すべての権威を持つ方。 [コロサイ1:15-17] ・多くの人は「私は神は信じるが、イエスは信じない」と言う。これは単に「神を自分のイメージの中にとどめておきたい」とする自己中心性に過ぎない(イエスの時代の律法学者たちと同じ)。 ◆イエスご自身の証言 ・イエスは「わたしこそ『神』である。だからわたしを信じなさい。」などとはおっしゃらなかった。むしろ彼はいつも 『御父』に栄光を帰し、「自分と父なる神とは1つである」と強調された。[マタイ10:40,ヨハネ12:44-45] ・ある時イエスは弟子たちに尋ねた。[マタイ16:13-18] 同じ質問が今日私たち1人1人にも問われている。そして「イエスこそ生ける神の子キリストである」という告白の上に、真の教会は建て上げられる。   Outline of the sermon     “Who do you say Jesus is?”    (07/01/2018) ◆God has spoken to us by His Son. Read more…

聖書

(286) “ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み…”

新年明けましておめでとうございます。新しい年を迎えましたね。ある人は「『新年』って言ったって、ただ12月31日の翌日っていうだけじゃない?」とおっしゃるかもしれませんが、人生に区切りをつける意味では「新たな気持で新年を迎える」ということにも意義があるのではないでしょうか? 毎年、年の初めに「今年の目標」なるものを掲げる人もおられると思います。皆さんは1年前に掲げた目標を覚えていらっしゃるでしょうか?またその目標をどれくらい達成できたでしょうか?もしかすると「全然ダメだった」という方もいらっしゃるかもしれませんね。そんな方々のために「年の初めの目標」を立てるための目安になるものをいくつか伝授したいと思います。  ①真に価値ある大切なことに十分な時間を費やすことを心がける。 ・具体的に言うならば「家族と過ごす時間を増やす」「毎日少しずつでも運動をする」「食べ物に気を配り、無駄食いをしない」など。そして、朝ごとに「聖書を読んで祈る時間」を持つことをお進めします。神様にしっかりと心を向けて1日をスタートすることは、時間を浪費することを防ぐ良い方法です。  ②1度にいろいろなことをしようとしないで、1つのことに集中する。 ・欲張っていっぺんにたくさんのことをしようとすると、結局どれにも満足いく結果を得られなくなってしまいます。真に大切なものがどれなのかを見極め、その一事に全力を尽くしましょう。  ③小さいステップから始める。 ・「大きな夢をみること」は大切ですが、大抵の『偉業』は、やり始めたときはそのような結果になるとは予想されていなかったものです。「夢が大きすぎて尻込みし、最初の1歩をなかなか踏み出せない」よりも、小さくても『確かな1歩』をまず踏み出してみましょう。そうすれば、次の1歩が見えてくるかもしれません。  ④変化を記録する ・どんな人にも『励まし』が必要です。「周囲から見ればその人にかなりな変化が起こっているのに、当人は全く気付いていない」ということは良くあります。自分に少しずつ起こっている「変化・成長」を記録することによって日々励ましを受け、更に前進する原動力として行きましょう。

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2017年12月31日 「ビジョンサンデーの意義」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「何故 『ビジョン・サンデー』?」     (31/12/2017) ◆『ビジョン・サンデー』の意義 ①『個人の願い』ではなく、『キリストの願い』を達成する教会となるため [ヨハネ4:34,20:21] ・父なる神が主イエスを遣わされたように、主イエスも私たちを遣わされた。それはイエスが常に父のみこころ を求めそれを成し遂げられたように、私たちも「イエスの願い」をいつも求めそれを成し遂げようとするため。 ②『お客さん』のいない教会形成のため [Ⅰコリント14:4-5,31] ・すべてのキリスト者が神から聞き、それを実現できる。それは「個人の栄光のため」ではなく、『キリスト(教会)     の栄光のため』。 ◆配布された用紙に次のことを記入し、ボードに貼る。(今日まで祈り求め、神から与えられたもの) 1.「ビジョン」  2.「みことば」  3.「具体的なアクションプラン」  4.「その他」 ◆小グループでの分かち合い   Outline of the sermon     “Why ‘Vision Sunday’?”    (31/12/2017) ◆There are 2 reasons. ① To fulfill “the will Read more…