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礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ 「『救い』の鼓動」 (31/08/2025) [ルカの福音書 1章57~80節] ◆バプテスマのヨハネの誕生(57~66節) ・『ヨハネ』は、「主(ヤハウェ)は、慈しみ深い」の意味。 ・ここで、天使ガブリエルの預言(20節)が成就した。そしてザカリヤの口から賛美と預言が溢れ出た! ◆ザカリヤの預言(67~80節) ― 「私たち」に関して語られている部分と、『幼子』に対して語られている部分がある。 ・「アブラハムに誓われた誓い(73節)」は、直接的には[創世記22:16-18](『子孫』は単数形=主イエス)を指している。また、「敵の手からの救い(71節)」の『敵』とは、悪魔のこと。私たちの『敵』は、「一緒に住んでるあの人」でも「自分を迫害する人」でもなく、「神に敵対する『サタン』」である。騙されてはならない!パウロも自分が福音宣教の召された時のことをこう証ししている。(使徒26:17-18) ・主イエスは、この「悪魔のしわざを打ちこわすため」に来られた。(Ⅰヨハネ3:8) そしてバプテスマのヨハネは、その道を備え、「罪の赦しによる救い」を宣べ伝えるために生まれた。 ・神が何千年も待ち望んでおられた「人類の救いの計画」、そして「憎むべきサタンのしわざを打ちこわす時」が 迫っていた。この『救いの鼓動』の興奮を一緒に味わいながら、引き続き「ルカの福音書」を読む進んで行こう! 今日の要点: 神のことばは成就する! ◎更に深い学びのために ①やっと口が利けるようになったザカリヤから飛び出してきたのが賛美と預言だった事は、何を表していますか? ②[68~75節]は、「私たち」に関して、また「神様」に関して、私たちにどのようなことを教えていますか? ③[76~80節]は、「幼子」に関して、何を語っていますか? またそれは人々にどんな励ましを与えたでしょう? Outline of the sermon “Beating of ‘Salvation’.” (31/08/2025) [Luke 1:57~80] ◆Birth of John the Baptist. Read more…
礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ 「神に祝福された人」 (24/08/2025) [ルカの福音書 1章39~56節] ◆女性たちの信仰告白 ・驚いたことに、エリサベツは既にマリアが『神の子』をみごもっていることを知っており、しかもマリアの状況を知りつつも「あなたは女の中で最も祝福されている」と言った!またマリアも、自分が直面している困難を知りながら「どの時代の人も私を幸いな人と呼ぶでしょう」と言った!一体『真の幸い』とは、何なのだろう? ◆『神の祝福』とは? ・この「祝福された・幸いな人(英語ではどちらもBlessed)」という語を聞くと、主イエスの『山上の垂訓』の最初の部分が思い出される。[マタイ5:3-12] 私たちは『幸い』というと「この世で良い目にあうこと」を考える。その視点で 考えると『幸い』とは思えないこれらの人々だが、主イエスは「彼らが後に地上で、または天において受ける神からの報い」を思って『幸い』とおっしゃった。神の視点では「地上で既に受けている良い目」は『祝福』ではない。 ・考えてみると、「この世で物質的に豊かな人」は、神を見出しにくい。恐らく「目に見えるこの世の豊かさを追求する人」は、サタンに足をすくわれやすいのだろう。箴言の記者はこう書いている。[箴言30:8-9] この2人の敬 虔な女性たちから、「自分を通して『神のみわざ』が現されること」こそが『幸い』であることを学び取ろう! 今日の要点: 「足りなさ」を喜ぶ ◎更に深い学びのために ①エリサベツとマリアの姿から私たちが見倣うことのできる「信仰的態度」には、どんなものがありますか? ②「この世で良い目を見ること」が必ずしも『神の祝福』とは言えないのは、どうしてだと思いますか? ③神の視点における「真に祝福された人生」とは、どのようなものですか? あなたはそれを求めたいですか? Outline of the sermon “Those who are ‘blessed’ by God.” (25/08/2025) [Luke 1:39~56] ◆Two faithful women. Read more…
礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ 「神の恵みのみわざ」 (17/08/2025) [ルカの福音書 1章26~38節] ◆驚くべき告知(30~33節) ・ガブリエルの告知は驚くべき内容に満ちているが、今日注目したいのは、30節のことば。『恵み』というと、何か「身に余る良いこと」というイメージだが、この場合のマリアにはあてはまらない。ここでの『恵み』は、むしろ「神が自分を通して『己の能力を超えたこと』をなさる」という意。パウロは次のように言っている。[Ⅰコリント15:10] ◆マリアの応答(38節) ・一体この時のマリアの心境はどのようなものであっただろう?彼女に負い切れないほどの困難が襲って来るの は目に見えていた。しかし、最終的にこの驚くべき告知に対してマリアが示した応答は、「おことば通りにこの身になりますように」だった。一体何がマリアにそうさせたのか? ・彼女は理屈で納得しようとはせず、ただ『言われた事』を信じた。アナタは「自分にはとてもそんな信仰はない」と言うかもしれない。しかしそんな私たちが「神のひとり子が自分の身代わりに十字架にかかった事」を信じられているというのも『神の恵みのわざ』に他ならないのではないだろうか?そして神は今日も私たちを通して「あり 得ない恵みのみわざ」を成し遂げるために、理屈抜きにご自身のことばを信じる者を探しておられる。 今日の要点: 自分で自分の限界を決めるな! ◎更に深い学びのために ①御使いガブリエルの告知には、どのような「驚くべき内容」が含まれていますか? ②告知を受けた時、またその後の「マリアの心境」を想像してみましょう?そこにはどんな困難がありますか? ③神が私たちの人生を通して『恵みのみわざ』をなさるために、私たちはどのように備えることができますか? Outline of the sermon “Receiving ‘God’s favor’.” (17/08/2025) [Luke 1:26~38] ◆Amazing message.(Verses 30~33) ・There are amazing contents in Gabriel’s Read more…
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