2020年明けましておめでとうございます!この新しい1年が皆さんお1人お1人にとって大きな成長を遂げる年となりますように。

 上記の聖書のことばは、クリスチャンであるなしにかかわらず多くの方々に親しまれているものですが、ところで何故聖書の中で私たち人間のことを『羊』にたとえることが多いのでしょう?単に聖書の背景となっている古代イスラエルの時代に羊が多く飼われていたからでしょうか?いいえ、決してそれだけではありません。

 実は『羊』は獣の中でも最も「周囲の助けを必要とする生き物」の1つなのです。鋭い牙もありませんし、堅い甲羅で覆われているわけでもありません。速くも走れませんし、視力も悪いのです。ですからいつでも「羊飼いの声」を頼りに、導かれるままに移動するのです。羊の長所と言えるものがあるとすれば、唯一「羊飼いの声を聞き分けて、それに従順に従う能力」くらいです。そしてこれこそが、聖書が「神に対する姿勢」として私たちに求めているものなのです。

 私たちはよく先のことを心配します。2020年はまだ始まったばかりですが、もしかすると「希望を持って意気揚々としている人」よりも、「先行きに不安を感じている人」の方が多いかもしれません。それもそのはず、私たちは『羊』のように弱い存在で、「しっかり支えて導いてくれる存在」を必要としているのです。そしてそれが私たちの救い主であるイエス・キリストなのです。

 毎年新年になると何百万人という人々が『初詣』に出かけますよね。人々が嘆願する内容は『無病息災』『家内安全』など様々でしょうが、見方を変えればそれらは「人生の不安の裏返し」ということができるのではないでしょうか?「病気になったらどうしよう。仕事を失ったらどうしよう。家族が死んでしまったらどうしよう。いや、自分自身が死んでしまったら…」と心配事は尽きません。しかし実際に私たちが必要としているのは「願い事が叶うこと」ではなく、「私たちを愛の御手によって守り導いてくださる『羊飼い』」なのです。

 この新年の初めに、この「人生の羊飼いであるイエス・キリスト」に心を向けて、1年をスタートしてみてはいかがでしょうか?

Categories: 聖書

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