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説教あらすじ 「信仰の目」 (29/08/2021)

[マルコ 8:11~21]

◆信仰の性質 [11~12節]

  ・パリサイ人たちは「イエスを試そうとして『しるし』を求めた」。サタンも荒野において「イエスを試そうとして『しるし』を求めた」。それ故このようなパリサイ人たちの態度に対し、イエスは(霊において)深くため息をついた。

  ・一見「しるしを求めること」は信仰的な行為に思えるが、たとえ『しるし』を見ても、信じない者は信じない。ある意味『しるし』は私たちが「自発的に信じること」の妨げとなる。これは神の願う信仰のスタイルではない。

◆「信仰の目」を養う [15~18節]

  ・ここで「パリサイ人やヘロデのパン種」とは、『この世からの不敬虔な影響力』を象徴している。この世は私たちを「目先の必要」によって惑わし、神に求めさせる。そして「思い通りにしてくれない神なんか要らない」という結論へと導く。この場面でも、『霊的な話題』をしているイエスに対し、弟子たちは「目先の必要」に固執している。

  ・弟子たちが悟るべきだったのは、必要なのは「パン」ではなく『イエス』なのだということ。『優れた信仰』は「神との出会いの経験の積み重ね」によって育まれる。[詩篇103:2] 『12』や『7』は神を想起させる数字。ここでイエスがおっしゃりたかったのは「どのような場面でも、そこに関わっておられる神の御手を見よ!」ということ。

✰今日のキーワード: 神の御手捜し

◎更に深い学びのために

 ①どうして「しるしを求めること」が「信仰的な目を養うこと」の妨げになることがあるのでしょう?

 ②あなたが陥りやすい「この世のパン種」は、どんなことですか? それに対しどんな対策が考えられますか?

 ③あなたが見つけたことのある「日々の生活の中での神の御手」について、互いに分かち合いましょう。

Outline of the sermon        “Our spiritual eyes.”        (29/08/2021)

[Mark 8:11~21]

Nature of faith. [Verses 11~12]

  ・“Seeking signs” sounds like “faithful”, but actually not.  Regardless of signs, those who believes will believe, and those who doesn’t will not.  God pleases those who believes without seeing.

Grow in “spiritual eyes”. [Verses 15~18]

  ・“The leaven of Pharisees and Herod” means “ungodly influences from this world”.  The world tempts us to ask God for our temporary needs.  It also hinders us from our eternal needs and makes us to complain God for our unanswered prayers.  This is exactly happening among disciples here!

  ・Jesus often let his disciples experience miracles because he knew that those experiences build their faith.

    [Psalm103:2]  Disciples should have learned that they had all their need as long as Jesus was with them!

Key word for this week Gods hand hunt.


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