(374) “自分のことだけでなく、ほかの人のことも顧みなさい。”

 もしあなたが他の誰かに何かを与えようとする時の動機がいつも「いつか自分にも同様にしてもらうため」だとしたら、きっとガッカリさせられることでしょう。しかしあなたが純粋に相手の成長や向上を願って、そのために『自分自身』を与えるなら、それこそ真に「与えること」であり、神はあなたの態度を喜び、祝福せずにはいられないことでしょう。  すでに結婚をされている方や子育ての経験のある方はよく分かっていることでしょうが、あなたのご主人や奥様が結婚生活において最も価値を置いているものは「貯金の総額」でしょうか?それとも「夫や妻のために割いてくれる時間」でしょうか?またあなたの子供たちが真に望んでいるものは「おもちゃやお菓子」でしょうか?それとも「親から自分に向けられる関心や興味」でしょうか?もちろんどちらも後者のはずです。あなたが愛している人々があなたに望んでいるものは、「あなたからもらう何か」ではなく『あなた自身』なのです。もちろん自分自身の向上のために時間やお金を費やすことは必要ですが、そのために「自分にとって大切な存在(家族など)」を犠牲にしてしまうことは誤りです。そのような犠牲は、いつか必ずあなたの人生に大きな後悔を生むことになります。  聖書の中に出てくるソロモン王は、恐らく歴史上最も経済的に富んでいた人物の1人でしょうが、彼はその著書(旧約聖書中の『伝道者の書』)の中で次のように述べています。「私は自分が手がけたあらゆる事業と、そのために骨折った労苦を振り返った。見よ。すべては空しく、風を追うようなものだ。」 彼は当時の王としての風習に従って多くの妻や側女を持ち、多くの子がいましたが、彼の子の代から王国は衰退の一途を辿ったのです。  ですからぜひ、『物や出来事』に時間や労をつぎ込むのでなく、『人々との関係』に費やすように心がけましょう。それらの労苦はすぐには目に見えて結果を出さないかもしれませんが、やがてあなたの人生に大きな満足感をもたらす結果になるに違いありません。

2020年1月19日 「真に豊かな生き方」

メッセージをダウンロードして聴く メッセージをダウンロードせずに聴く 説教あらすじ        「真に豊かな生き方」     (19/01/2020) ◆「霊からのもの」と「肉からのもの」の見分け方   ①「一時的か?」または「永続的か?」  ②「~だから?」それとも「~にもかかわらず?」    御霊の実 [ガラテヤ5:22-23] ― イエスの生涯に満ちていた。(今回は、愛・喜び・平安に焦点を絞って)     ・『愛』:敵をも愛する愛。[マタイ5:43-45]     ・『喜び』:聖霊にあふれる喜び。[ルカ10:21]     ・『平安』:この世が与えるのと違う平安。[ヨハネ14:27] ◆どのように体験できるのか?  「古い自分」 ⇒ 「新しい(真の)自分」   ・外側(肉)からの刺激を重視する『古い自分』が死んで、内側(霊)からの刺激を重視する『新しい自分』が生かさ    れて行くことによって。[ルカ9:23-25,ヨハネ3:5-7]   ・「ガンバリ」とか「自己犠牲」ではなく、『観点』を変えることによって。[ヨハネ6:63]    *聖霊の招きに聞き従う = 『信仰』。(みことばと御霊によって「霊的な養い」を受けよう!) ✰今日のキーワード: 「御霊に属するもの(に注目する)」 ◎学びを深めるための質問  ①あなたの日常に強い影響を与えているものが「どこからのものか」、今日学んだことから判別してみましょう。  ②「永続的な愛・喜び・平安」を体験したことがありますか?それはどんな時で、どのようにやってきましたか?  ③あなたの信仰生活は「自分のガンバリ」に拠っていますか?だとすれば、変えるべき点はどんなことでしょう? Outline of the sermon           “True abundant life.”        (19/01/2020) ◆How can we Read more…

(373) “人はだれかに征服されれば、その征服者の奴隷となったのです。”

 私たちは『奴隷』という言葉を聞くと、何か中世のいわゆる『奴隷制度』のような光景を思い浮かべますが、実は今の私たちの日常生活の中でも「何かの『奴隷』とされてしまうこと」があり得るのです。例えばあなたの上司、同級生、近所の人などに「良い人だと思われたい・嫌われたくない」などの理由で、ご機嫌を取ろうとしたり、自分の信念を曲げてまで相手の言うことを肯定しようとするなら、それは「自分を相手の『奴隷』の立場に置こうとする行為」です。  冒頭に挙げた聖書のことばは、何も「戦争で負けたために、相手の国の『奴隷』として服従させられてしまったこと」を描写しているわけではなく、誤った思想や人々からのプレッシャーに振り回されて「本来の自分を見失ってしまっている状態」を表現している箇所です。私たちは本来「天地万物の創造主である神によって『傑作品』として造られた尊い、愛されている存在」であって、この『神』以外の何者をも恐れるべきではない者なのに、その事をすっかり忘れてしまって「何とか自分の知恵と力でうまく世渡りしよう」とするがあまり、ついつい『その場しのぎ』のつもりで口からでまかせを言ったり、『変な奴』と思われるのが嫌で心にもない態度を取って他人と調子を合わせようとしてしまうのです。このような態度は、自分では上手に立ち回っている気持ちになれるかもしれませんが、実のところ「周囲の奴隷となっている」だけで、自分自身の心の深みに『自己矛盾』のジレンマが溜まって行くだけでなく、いつか必ず「抜け道のない行き止まり」に行き着く結果となるのです。  ある人々は「神を信じて生きるなんて、窮屈で、かえって『奴隷』みたいだ」と言うかもしれません。その人は恐らく「創造主なる神を信じて生きる」ということと、いわゆる「『宗教』を信じて生きる」こととを混同させているのではないでしょうか?聖書の神、すなわち『唯一まことの絶対者』であるお方は、私たちを「コントロールしようとする存在」ではなく、かえって人間に『自由意志』を与え、「自分の意志で神を恐れ信頼して、生き生きと生きる」ために、私たちを『奴隷』の状態から解放してくださる方なのです。

2020年1月12日 「霊的世界の法則」

メッセージをダウンロードして聴く メッセージをダウンロードせずに聴く 説教あらすじ        「霊的世界の法則」     (12/01/2020) ◆人間は霊的存在 ― 3重構造(内側から、霊・たましい[心]・肉体)。   ・罪の故に『霊』の部分は生まれつき死んでいるが、主イエスを信じると、聖霊の働きによってこの『霊』の部分が    よみがえらされ(新しく生まれ)「神との交わり」が始まる。(但し、悪魔も絶えず攻撃をしかけてくる)   神のアプローチ:聖霊によって直接『霊』に働きかけ、ご自身の「霊的真理」を基準に見える世界を判別させる。     (内→外) ・私たちは「見えるもの」によってではなく、神に対する信頼・信仰によって応答する。[Ⅱコリント5:7]   悪魔のアプローチ:まず『肉体(五感)』に働きかけ、そこから「たましい(知・情・意)」そして『霊』へと影響を与える。     (外→内) ・「見えるもの」から『霊的世界』を判別させようとする。(『神』について誤解させることがねらい) ◆神との信頼関係 ― 神の願いは、私たちとの間に「揺るぎない信頼関係」を築くこと。 だから、決して『出来事』や『状況』から神について判断してはならない!   ・「神は良い父である」という大前提に堅く立って、出来事や状況を判断する。 「神は良い父であることの見える形の証」 = イエス・キリスト[ヘブル12:2]   *神を正しく理解する上での最良のモデルは、『イエス・キリスト』の内にある。(「福音書」を毎日読もう!) ✰今日のキーワード: 「(私たちは)霊的存在」 ◎学びを深めるための質問  ①イエスを信じてから「物の見方が変わった」と思えることを挙げてみましょう。どんな変化に気付かされますか?  ②どんな時に「神が良い方であること」を疑ってしまいますか?そこから悪魔の攻撃パターンを探ってみましょう。  ③あなたが『神との信頼関係』を更に強めて行くために、神はどのような助け(材料)を与えてくださっていますか? Outline of the sermon           “Principle of spiritual world.”        Read more…

(372) “主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。”

 2020年明けましておめでとうございます!この新しい1年が皆さんお1人お1人にとって大きな成長を遂げる年となりますように。  上記の聖書のことばは、クリスチャンであるなしにかかわらず多くの方々に親しまれているものですが、ところで何故聖書の中で私たち人間のことを『羊』にたとえることが多いのでしょう?単に聖書の背景となっている古代イスラエルの時代に羊が多く飼われていたからでしょうか?いいえ、決してそれだけではありません。  実は『羊』は獣の中でも最も「周囲の助けを必要とする生き物」の1つなのです。鋭い牙もありませんし、堅い甲羅で覆われているわけでもありません。速くも走れませんし、視力も悪いのです。ですからいつでも「羊飼いの声」を頼りに、導かれるままに移動するのです。羊の長所と言えるものがあるとすれば、唯一「羊飼いの声を聞き分けて、それに従順に従う能力」くらいです。そしてこれこそが、聖書が「神に対する姿勢」として私たちに求めているものなのです。  私たちはよく先のことを心配します。2020年はまだ始まったばかりですが、もしかすると「希望を持って意気揚々としている人」よりも、「先行きに不安を感じている人」の方が多いかもしれません。それもそのはず、私たちは『羊』のように弱い存在で、「しっかり支えて導いてくれる存在」を必要としているのです。そしてそれが私たちの救い主であるイエス・キリストなのです。  毎年新年になると何百万人という人々が『初詣』に出かけますよね。人々が嘆願する内容は『無病息災』『家内安全』など様々でしょうが、見方を変えればそれらは「人生の不安の裏返し」ということができるのではないでしょうか?「病気になったらどうしよう。仕事を失ったらどうしよう。家族が死んでしまったらどうしよう。いや、自分自身が死んでしまったら…」と心配事は尽きません。しかし実際に私たちが必要としているのは「願い事が叶うこと」ではなく、「私たちを愛の御手によって守り導いてくださる『羊飼い』」なのです。  この新年の初めに、この「人生の羊飼いであるイエス・キリスト」に心を向けて、1年をスタートしてみてはいかがでしょうか?

2020年1月5日 「正しい位置に立つ」

メッセージをダウンロードして聴く メッセージをダウンロードせずに聴く 説教あらすじ        「正しい位置に立つ」     (05/01/2020) ◆ポジショニング[詩1:1-3] ― 『祝福』は「勝ち取る」ものではなく、「受け取る(キャッチする)」もの。   ・『神』は「私たちのために最善の祝福を用意してくださっている」が、「私たちの都合に合わせて働いてくださる」    わけではない。『私たち』が、「神が祝福を用意して待っておられるところ」に行かなければならない。   ・この詩篇の箇所は、「悪いことをするな。みことばに従え!」という『行為』のことを言っているのではなく、    『心の立ち位置』のことを言っている。 ⇒ 「実を結ぶ立ち位置」に立とう! ◆クリスチャンライフは「チームワーク」   ・「神との関係」は『個人的』だが、「神との働き」は『チームワーク』。1人では決して戦えないし、他人のポジショ    ンに立っていてもダメ。「神との個人的関係」において『自分のポジション』をしっかり認識している者同士が集    まってこそ、力を発揮する。 3つの関係 における成長(JCF 不変?の目標)  ①『神』との関係 → ②『神の家族』との関係 → ③『神の家族以外』との関係  この順番!     *今年はさらにこの「3つの関係」においてそれぞれが成長し、JCF飛躍の年としましょう! ✰今日のキーワード: 「心の立ち位置」 ◎学びを深めるための質問  ①あなたが神からの祝福を受け取るための「心の立ち位置」とは、どんなところにあると思いますか?  ②あなたがその「心の立ち位置」にとどまるのを『妨げる』ために、サタンはどんな手段を使っていますか?  ③あなたの『神の家族』がそれぞれの「心の立ち位置」に向かうために、あなたはどんな助けを提供できますか? Outline of the sermon               “Positioning.”            (05/01/2020) ◆Positioning. [Psalm1:1-3] ― “God’s blessing” is Read more…

(371) “苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。”

 最近あるクリスチャン評論家の方が書いた本を読んでいたら、こんなことが書いてありました。「豊かな国に住むクリスチャンたちは、苦難に直面すると『神様、この苦難を私から取り除けてください』と祈るが、貧しい国や迫害の中にあるクリスチャンたちは、苦難に直面したとき『神様、この苦難を乗り越える力をお与えください』と祈る傾向があるようだ」と。   私たちは人生で辛い目に遭うと、「聖書には『神は愛である』と書いてあるのに、どうして神は私がこんなに辛い目に遭うことを許されるのだろう?」と、神の愛を疑ったり、神を信じない理由にしたりします。しかし考えてみると、多くの試練を乗り越えてきた家族やグループが更に強く深い絆で結ばれて行くように、数々の苦難を(神に拠り頼みつつ)乗り越えて行けば行くほど、『神との絆』も強く太くなっていくのではないでしょうか?   私は現在56歳です。クリスチャンになったのは20歳の時ですから、36年経ちました。そして振り返ってみると、若い頃に比べて今はずい分「忍耐深くなったなぁ」と感じます。面白いと思いませんか?年を取ってくるということは「老い先短くなる」ということで、事を急ぎたくなってもおかしくないはずなのに、通常はだんだんと忍耐強く(気が長く?)なっていくようです。その理由は恐らく、不測の事態に出会った時に「ああ、こういう出来事は以前にもあった。神様は必ず何とかしてくださる。心配しなくても大丈夫だ」と思えるようになってきているということなのでしょう。実際、慌ててジタバタしたところで事態が好転するわけではありません。むしろそういう時はノンビリ構えて力を蓄え、本当に何とかしなければならない時のために備えておけば良いのです。   2019年も終わりに近づきました。振り返ると、きっと「あの時は大変だった」と思い返すことがいくつかあることでしょう。その時の経験を糧とし、来たる2020年は、不測の事態に直面した時に慌てることなく、「大丈夫。あの危機を乗り越えさせてくださった神様は、きっとこのピンチも乗り越えさせてくださる」と信じて、『忍耐』を働かせていきましょう。   それでは、良いお年をお迎えください。 

2019年12月29日 「神が求めておられるもの」

メッセージをダウンロードして聴く メッセージをダウンロードせずに聴く 説教あらすじ     「神が求めておられるもの」   (29/12/2019) ◆『祈り』について *以前学んだ「祈りの3段階」。 ― ①「神に」求める  ②「神を」求める  ③「神と」求める  1 「『神に』求めたいこと」はたくさんあるが、キリスト者として成長するにつれ『求める』内容が変わってくる。    ・「見えるもの」⇒「見えないもの」  ・「自分のため」⇒「親しい人たちのため」⇒「不特定多数のため」⇒「敵のため」  2 「祈りの答え」よりも、『神ご自身』を求めるようになる。[詩63:1] ― 「神との関係」に渇く。    ・もっと神を知り、神と共に時間を過ごすことを求め、「神が望んでいる自分になりたい」と願うようになる。 ◆神が求めておられるもの  3 「神と」共に求める ― 「神が求めておられるもの」を探り、それを『同じ心』で求める。    ・では、「神が求めておられるもの」とは? 世界平和? → 『人』。あなた自身。[Ⅱ歴代誌16:9,ミカ6:8]    ・イエスは御父と「心を1つにして」地上を歩まれた。それ故御父はいつでもご自身の願いをイエスを通して成し     遂げることができた。そのイエスは、私たちが「1つとなるように」と祈られた。また使徒パウロは私たち(教会)     が「キリストのからだ」であると言った。今日父なる神は「キリストのからだである教会(共同体としての私たち)」     を通してみわざをなさる。そのためにご自身の霊によって私たちの思いが「1つとなるように」と導かれる。 ✰今日の大切なひと言: 神は『私の心』を求めておられる。 ◎学びを深めるための質問  ①「祈りの3段階」のそれぞれの違いを説明してみてください。あなたが最も多く祈るのはどれですか?  ②あなたは『神』をどれくらい「知って」いますか?改めて『神』のことを自分のことばで表現してみてください。  ③あなたは「聖霊によって神の心を知らされたこと」がありますか?もしなければ、ぜひ今日から求めてください! Outline of the sermon       “What is God longing Read more…

(370) “どんなものも、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。”

 せっかくのクリスマスシーズンですから、今日はクリスマスにちなんだ話をしましょう。  お正月に日本の多くの家庭で『門松』が飾られるように、世界中の多くの国々ではクリスマスシーズンには『クリスマスリース』が飾られます。ではこの「クリスマスリース」には、一体どんな意味があるのでしょう?  クリスマスリースは通常「常緑植物の葉」で形作られた円形の飾りです。『常緑植物』や『円形』は「永遠、終わりがない」などの意味合いがあり、しばしばすぐれた人物の栄光をたたえるために用いられました。古代ギリシャにおける勇者たちは「栄冠」としてよくオリーブの葉で作られた冠を与えられていたようです。オリンピックの聖火ランナーなどがかぶっているのは、この名残りであると思われます。  これが後にローマ帝国時代になってからは、『冬至』(北半球において昼の時間が最も短くなるこの日は「太陽が生まれ変わる日」とされていた)の祭りで、人々が『長寿祈願』のために同様の冠を作ってかぶっていたようです。そしてこの習慣を当時の迫害下のクリスチャンたちが取り入れて「唯一永遠に存在しておられる、すべての創造者である神の御子が地上にお生まれになったこと」を記念することにしたのです。彼らは冬至の日が来るたびに、常緑植物の葉を円形に編んでよく見えるところに飾り、その青々とした円が象徴する『永遠性』を「キリストを通して私たちに与えられた『終わりの無い神との永遠のつながり』のシンボル」として受け止め、このリースを見るたびに「唯一まことの神が自分を、永遠に変わらない愛をもって愛してくださっていること」を思い起こしつつ、迫害を耐え忍んだのす。  神はこの同じ愛で、今日もあなたを愛しておられます。このクリスマスシーズン、単に「プレゼントとケーキ」で終わらせないで、冬の寒さの中でも青々と茂っている木々を見ながら「永遠に変わることのない神の愛」に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

2019年12月22日 「キリストにあるアイデンティティ」

メッセージをダウンロードして聴く メッセージをダウンロードせずに聴く 説教あらすじ  「キリストにあるアイデンティティ」  (22/12/2019) ◆『世』から取り出された [ヨハネ15:18~19]   ・イエスは私たちをご自身の『友』として世から選び出された。私たちは「世から離れよう(無理に違った生き方をし     よう)」とするのではなく、「キリストに近づこう」とすれば良い。そうすれば結果として『世』からズレて行く。   ◎ここでの「イエスの祈り」[ヨハネ17:14~19]の要点は、次の3つ。    ①私たちはキリストを信じ受け入れた時点で、既に「この世のものではない」。[14,16節]    ②神のみことば(真理)が私たちを『聖別』する。[17,19節]    ③これらのことは、キリスト自らが御父に祈ってくださったことなので、必ず成就する。   *注意事項 ・みことばは、「私たちの努力目標」ではなく、「どれだけこの世の垢が落ち、キリストの香りが身に             付いてきたか」を測るバロメーター。「自分の現状とのギャップをさばく材料」として用いるな! ◆「1つとなるため」に選び出された [ヨハネ17:23]   ・「1つとされる」とは、「皆が同じようになる」ということではなく、私たち1人1人が「キリストが地上を歩まれた時と    『同じ心・同じ意識』をもって生きるようになる」ということ。私たちはそれぞれ「違った才能・興味・感性」を与えら    れている。それらを「キリストにある調和」の中でフルに用いて『神のわざ』を表現して行こう! ✰今日の大切なひと言: 『世』から取り出され、『世』に遣わされている。 ◎学びを深めるための質問  ①「この世のものではない」と言われて、どんな気がしますか? それを自覚させられるのは、どんな時ですか?  ②あなたは今まで聖書をどんな意識で読んでいましたか? その意識をどこか改善すべき点はありますか?  ③違った個性を持つ者同士が『調和』を保って生きていくために必要なことは、どんなことだと思いますか? Outline of the sermon        “‘Who we are’ in Christ.”      (22/12/2019) ◆Chosen from Read more…