2020年4月26日 「愛の成長を阻むもの」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ         「愛の成長を阻むもの」    (26/04/2020) ◆『愛』は「御霊の実」 ― イエスが愛したように、愛する。[ヨハネ13:34]   ・『真実の愛』は「好き嫌い」とは関係ない。[マタイ5:46-47] これは「自分自身から出てくるもの」ではなく『御霊の実』。この御霊は、イエスを信じた時から与えられているのだから、「愛の種」は既に私たちのうちにある。   では、「私たちの内に蒔かれた『愛の種』の成長を妨げているもの」は何か? = 私たちの不信仰   ・聖書は、はっきりと次のように告げている。[詩篇37:5,ゼカリヤ4:6,ピリピ1:6] 「だから信じて任せよ!」 ◆「不信仰」から『信仰』へ  *「不信仰」の実態は… ①「神が良い父である」と信じ切れない ②自分の力で何とかしたい この2つの混合。   ・私たちは聖書を通して「神のみこころ」に関する多くの『知識』は持っているが、実践できない。その根本的理由は「自分の力不足」ではなく、それらの知識の上に『自分』を置くから。これを『不信仰』と呼ぶ。逆に『信仰』とは主イエスをすべてのものの上に据えること。パウロはこの「信仰の歩み」を次のように要約した。[ガラテヤ6:14]   ・『御霊に導かれた歩み』とは、分かりやすく言えば「神が良い父である」と固く信じ、恐れずに自分自身を日々神にささげること。私たちは「信仰の小さい者」。だから神に助けを求めよう! ⇒ [マルコ9:22-24] ✰今日のキーワード: 「信じて委ねる」 ◎学びを深めるための質問  ①感情的な「好き嫌い」と、「主イエスが愛されたように愛する愛」とは、どんなところが違いますか?  ②なぜ『不信仰』が「内なる御霊による愛の成長」を妨げることになるのでしょう?  ③「キリストが愛してくださったように、互いに愛し合う者」となるために、どのように助け合うことができますか? Outline of the sermon      “What hinders our love to grow.”   (26/04/2020) ◆“True Love” only comes Read more…

2020年4月19日 「キリストのからだ」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ  「キリストのからだ」    (19/04/2020) ◆私たちは皆違う [Ⅰコリント12:14-22, 27]   ・私たち1人1人を必要としているのは『人(私たち)』ではなく、かしらである『キリスト』。大切なのは「自分や他人に関してどう感じているか」ではなく、「キリストが私たち1人1人のことを『かけがえのない存在』と感じておられる」ということ。これが「キリストのからだの1部」としての正しいアイデンティティ。 ◆御霊による発見 [Ⅰコリント12:4-7]   ・先週学んだように、私たちはある意味で『両生類』。この世にあって「神の国の支配の中」に生きている。この「新しいいのち」に生かしているのが『神の御霊』。それぞれが「からだの各部分」として与えられている持ち味を生かして『キリストのからだ』として機能するために、この御霊によって次の2つのことを探って行こう。    ① 神がJCFという「キリストのからだ」を通してなさろうとしていることは、何なのか?    ② ①を成し遂げるために、神が特別に自分に与えておられる役割は何なのか?   ・但し「働きや使命そのもの」にフォーカスを置きすぎることは危険。これらのものは「日々の神との交わり」の中で徐々に明らかにされてくる。焦らずじっくりと『神との個人的な関係』を深めて行こう! ✰今日のキーワード: 「違いを恐れるな!」 ◎学びを深めるための質問  ①私たちは何故「自分とは異質のもの」から離れようとするのでしょう? どうすればそれを克服できるでしょう?  ②JCFが『キリストのからだ』として正しく機能している姿を思い浮かべてみましょう。そこに辿り着くには何が欠けていますか?  ③「神との個人的な交わりの中で自分の心に湧いてくる願い」と、②の「欠け」とはどんな関係がありそうですか? Outline of the sermon        “The body of Christ.”      (19/04/2020) ◆We are all different. [ⅠCorinthians12:14-22, 27]   ・It is “Christ” Read more…

(386) “あなたの指のわざであるあなたの天、あなたが整えられた月や星を見るに、人とは何者なのでしょう。あなたが心に留められるとは。”

 快晴の夜空を見上げると、美しい月や星が満天に見えますよね?(お住いの地域にもよるかもしませんが…) でも考えてみてください。あなたが目にしている数えきれないほどの星々も、限りない全宇宙から見れば「大海のひとしずく」にしかすぎません。あの太陽でさえ、銀河系にある何百億もの星のうちの1つにしかすぎず、その銀河系もまた、宇宙には同様の星の集合体がやはり何百億もあるのです。最新式の「宇宙望遠鏡」の観測によると、この大宇宙は少なくとも130億光年以上あるそうで、これをキロメートルに換算すると「130億の10兆倍」キロメートル…、まさに『天文学的数字』ですよね!  聖書は、これらすべてを「光よ、あれ」というたったひと言で創造された、私たちの想像を遥かに超えた、驚くほど偉大な神について書いてある書物です。そして更に驚くべきことは、その「人知をはるかに超越しておられる創造主なる神」が、私たち1人1人を目に留めて、愛しておられる、ということなのです。  上記の聖書のことばを記した、イスラエルの王ダビデはもちろん、現代の天文学の知識など全く知らずにこのことばを記したわけですが、それでも心からあふれ出てくる感動を抑えられなかったのだとすれば、この驚くべき事実をもっとリアルに理解できる時代に生きている我々は、この時のダビデ王以上の感動をもって神を讃え、またそのような神に目を留めていただいている自分自身の驚くべき尊さを心に刻んで生きるべきではないでしょうか!

(385) “神の知恵により、この世は自分の知恵によって神を知ることはありません。”

 ある方がこんなことを言っているのを聞いたことがあります。「私は自分が知的に納得できること以外は認めたくありません。ですから『神の存在』なんて決して信じることはできません。」 ちょっと聞くと、なるほどもっともだ、と感じられるかもしれませんが、私は全く逆のことを考えます。すなわち「もし神が私の知性で納得できてしまうようなちっぽけな存在であったら、そんな神なんて私は要らない」ということです。私のこの限られた頭で知ることができてしまうような神は、もはや神でも何でもありません。単なる『想像の産物』です。そんな神は当然頼るに値しないし、そのような神がこの全宇宙を支配していると考えるなんて、あまりにも浅はかに思えませんか?  英語には『大文字』と『小文字』があって、普通名詞には『小文字』が用いられ、固有名詞には『大文字』が用いられます。そして聖書の神は『God』と表記され、その他の神々は『god(s)』と表記されます。その2つには決定的な違いがあります。すなわち前者は「人間[を]造った唯一の存在」であり、後者は「人間[が]造ったどこにでもある存在」なのです。この全宇宙と私たち人類をお造りになった『創造主なる神』は、当然私たちの人間的な知恵によって極め尽くすことはできません。しかし私たち人類が造り出した(考え出した)神は、私たちの『想像の産物』ですから、私たちのイマジネーションによってどんなイメージにもなり得る「都合の良い」神なのです。そういう神を求めている人もいるのかもしれませんが、私は遠慮させていただきます。私が求めているのは「正真正銘の『真の神』」だけなのですから。  では、一体どうやって人間は『真の神』を知り得るのでしょうか?その可能性はたった1つ、神ご自身の側で私たちに知らせようとする場合のみです。もし神ご自身がそう望んで行動を起こされるなら、私たちが『真の神』を心から求めようとする時に、彼を見出すチャンスがあるに違いありません。そして神はそれをなさったのです。それが、何千年も前から人類に与えられている『聖書』であり、また「人となられた神、『イエス・キリスト』」なのです。この「神が自己紹介なさっておられる実体」を無視して、自分の小さな頭で一生懸命に知的努力を重ねて考え出した『神概念』、それはその人を満足させることはできても、『本物の神』とは遠く離れた存在でしかないのではないでしょうか?

2020年4月12日 「神の家族を成長させるもの」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ     「神の家族を成長させるもの」  (12/04/2020) ◆2つのいのち [ガラテヤ5:13-17]   ・ある意味私たちは「この世」に生活していながら「神の国」にも生きている『両生類』。但し「この世の生き方で『神の国』を生きよう」とするとうまく行かない。「神の国に属すること」は「神の国のいのち」すなわち『御霊の力』によって成し遂げられなければならない。   ・この地上において「神の国の体現」として生きた主イエスは、「いのちを与えるのは御霊です」(ヨハネ6:63)とおっしゃった。私たちの肉(この世の常識や経験)は役に立たない。 ◆キリストがかしら [エペソ1:22-23]   ・キリストは『かしら(司令塔)』として、ご自身のからだである『教会(私たち)』が一致して「神の真理」に生きるようにと、ご自身のみことばと御霊によって私たちを教え導く。この『御霊の働き』を体験的に知ることなしに「神の    家族としての成長」はあり得ない。「自宅待機中」の時間の余裕を用いて、次の2つのことを実践してみよう! ①御霊によるとりなしの祈り(ローマ8:26-27)   ②思いがけないアイディアのメモを取る ◎聖霊の第1の働きは「奇跡的なみわざ」ではなく、「神の民をキリストのいのちによって1つにする」こと。 ✰今日のキーワード: 「御霊のいのち」 ◎学びを深めるための質問  ①私たちクリスチャンは『両生類』に似た者として、どんな点に気を付けながら生きるべきなのでしょう?  ②「神の国に生きる者」として、私たちはどのようにこの『新しく与えられたいのち』を豊かにして行けるでしょう?  ③あなたが『御霊のいのち』に生かされることを妨げているものには、どんなものがありますか? Outline of the sermon      “What makes us grow as ‘God’s family’?”    (12/04/2020) ◆Two types of Lives. [Galatians 5:13-17]   ・We are like Read more…

(384) “世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたし(イエス)はすでに世に勝ちました。”

 巷では『新型コロナウイルス』の話題で持ち切りですね。このような状況下において私たちは一体どこに希望をおいて進んで行けば良いのでしょうか?今日はそんな私たちの心にとって大きな励ましとなるお話をしましょう。  1962年(少々古いお話ですが…)2人の人物が「何が人を偉大な人生へと導くのか」を探る調査をしました。この調査の呼称は「Cradles of Eminence」と言います。日本語に直訳すれば「卓越さを支えるもの」とでもなるでしょうか?彼らは400人以上の『人生において偉業を成し遂げた人々』に関して、それらの人々がどのような家庭環境の中で育てられたのかを綿密に調査しました。「人生において大きな成功を収めるためには、その幼年時代に何らかの基礎が築かれていたに違いない」と考えたからです。この400人の中には、アインシュタインなどの、現代にも名を馳せており称賛されている人々が含まれています。  この調査の結果、彼らは大変興味深い事実を発見しました。というのは、これらの400人のうちの「4分の3」の人々は、問題を抱えた幼年期を過ごし、貧しい家庭環境の中、両親が揃っていなかったり、親からの虐待を経験していたことが分かったのです。また「4分の1」の人々は、肉体的なハンディキャップを負っていました。またこれらの中の特に、後に有名な作家や劇作家になった人たちは、彼らの両親が幾つもの人生の危機と格闘しているのを日々目の当たりにしながら育っていたことも分かりました。  この調査に当たっていた2人は最終的に次のように結論付けました。「これらの『偉業を成し遂げた人々』の人生は、彼らが幼年期に経験した数々の不利な立場を何とか埋め合わせようと、人並み以上に前に進もうとファイトを燃やした足跡に他ならない」と。  この400人の人々に共通していたもの、それは「苦難の中にあってあきらめることなく、それを乗り越えようとする態度」です。キリストの弟子ヨハネは、迫害下にあった教会に宛てて次のように書き送りました。「私たちの持っている『神に対する確固たる信仰』、これこそこの世の困難に対する勝利の秘訣です」と。この世に起こっていることの中で「神にとって思いもよらないこと」など有りはしません。この『天地創造の神』に信頼して人生を生きて行く時、一見私たちを圧倒してしまいそうな困難にぶち当たったとしても、そのただ中にあって必ず『未来を切り拓く活路』を見出すことができるのです。何故なら神は今日も生きて働いており、ご自身に信頼し従う者たちに『勝利』を体験させようとしておられるからです。

2020年4月5日 「『神の栄光を現す』とは?」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ       「『神の栄光を現す』とは?」  (05/04/2020) ◆「自分のため」ではなく… [Ⅰコリント6:19-20]   ・「自分のからだをもって神の栄光を現す」と聞くと、つい「自分のための神の計画」を追求しようとしてしまう。しかしここでパウロは『私たちのからだ』に関して「神から受けた聖霊の宮」であって「自分自身のものではない」と断言している。従って「自己実現のための神の計画を求めること」は『神の栄光』を現すことでも何でもない!   ・パウロは同じ手紙の中(Ⅰコリント12:4-7)で「神がすべての働きをなさる」、また「皆の益となるために、御霊の現れがある」と言っている。私たち1人1人は「自分の目標達成」ではなく、『神の目標達成』のために共に働く存在。 ◆『競争』ではなく、『協力』   ・『教会』は、様々な年代の人々が「呼び集められた」ユニークな共同体なので『競争』が起こりにくい。1人1人が内なる聖霊の働きによって日々「本来あるべき自分」へと回復されつつある。そんな私たちが『協力』する時、そこにかもし出されるのは「自己実現」ではなく『神の夢の実現』。これこそが『神の栄光を現す』ということ。 *「キリストのからだ」[Ⅰコリント12:27]として共に『神の栄光を現す』ため、まず各自が「体の各部分」として、神に整えられて行きましょう! ✰今日のキーワード: 「競争」ではなく、「協力」 ◎学びを深めるための質問  ①「神の栄光を現す」ということに関して、私たちがよく勘違いしてしまうこととは、どのような点ですか?  ②なぜ私たちはつい『競争』してしまうのでしょう?そうなるのを防ぐにはどんなことに気を付けたらいいですか?  ③私たちがJCFという「キリストのからだ」として神の栄光を現すために、あなたはまずどんなことができますか? Outline of the sermon      “How do we ‘honor God’?”    (05/04/2020) ◆It is “not” about yourself at all. [ⅠCorinthians 6:19-20]   ・When we read “honor God Read more…

(383) “あなたこそ、私の内臓を造り、母の胎の内で私を組み立てられた方です。”

 「自分で自分のことをどう思っているか」を英語では『セルフイメージ』と呼びます。ある方は「自分で自分のことをどう思おうと、私の勝手でしょ?」とおっしゃるかもしれませんが、実はこの『セルフイメージ』は私たちの生き方に想像以上に大きな影響をもたらすのです。  ある心理学者は次のように言っています。「あなたの人生に起こる出来事は、あなたが自分に関して信じていることの結果として起こるのです。人間は『自分にはそれを受ける価値がある』と信じていること以上のものを自分の人生に招き寄せることができないものなのです。」 この心理学者が言っていることを言い換えるならば、私たちが人々とどのような関係を築いていくかは、「自分のことをどう思っているか」に大きく関係している、というわけです。自分のことを低く見積もっている人たち(多くの人々にはこの傾向があるようです)は、自分よりも他の人々の方が立派であると考えるため、自分のために時間を使うことをためらいます。これが高じると、自分自身というものを見出すために、いつでも「他の人が自分のことをどう思っているか」に頼るようになってしまい『真の自分』を見失うことになってしまうのです。  天地創造の神は、あなたを「神の栄光あるご性質の1面を反映するための特別な存在」として創造なさいました。そんなあなたが「あ~ぁ、自分はあの人のようであったら良かったのに…」などと言う時、それは神の心をひどく痛めることになるのです。私たち1人1人は「他の誰かの真似をするため」に生まれてきたのではなく、むしろ「他の誰と同じでもない『神による傑作品』」として、神の豊かなご性質を地上で表現するために生まれてきたのです。この神のご計画のゆえに、私たちは決して『自分らしく生きること』を恐れたり、恥ずかしく思ったりする必要はありません。何故なら神はあなたを、実に精密で複雑な、驚くほどユニークな特徴をもった存在としてこの世に送り出したのですから。  「神の綿密な計画によって生み出された、ユニークで特別な存在」、この『セルフイメージ』をしっかりと胸に抱いて日々を生きて行きましょう!

2020年3月29日 「自宅待機中の心得」

メッセージをYouTubeで観る 説教あらすじ   「自宅待機中の心得」   (29/03/2020) ◆真に大切なもの   ・NZ政府の思慮深い判断と行動力に感謝。そこまで感染者が増えないうちに、思い切った措置をしてくれた。   ・NZには良い点がたくさんある。先日空港に送って行った人々が口を揃えて「NZは人に優しい」と言っていた。  ◎[ペテロの手紙 第1. 4:7~8]   ・この箇所で使徒ペテロは2つのことを勧めている。①『祈り』に備える ②熱心に愛し合う。    日頃の私たちは、多くの活動や様々な人間関係のために、心も体も忙しい。しかしこのような制限が加えられた今、ゆっくりペースで生活していると「本当に大切なもの」「真に時間を費やすべきこと」が見えてくる。 ◆「祈ること」「愛すること」   ①神の前に静まり、祈る    ・今年の初めに礼拝の中でも行ったように、まず十分な時間を取って「神の前に静まり」、自分の思いが落ち着くのを待ってから、神からのささやきに心の耳を傾ける。このような時間を持つことが、日々の歩みを飛躍的に豊かにする。   ②互いに熱心に愛し合う    ・今の状況は、夫婦や家族にとって「豊かな時間を一緒に過ごす」ための絶好のチャンス。存分にコミュニケーションを取ろう!    ・家族から離れている人や独り暮らしの人は、SNSをフル活用して「離れている家族や友人たち」と連絡を取り合おう。時差はあるかもしれないが、今なら夜更かしや朝寝坊もきっと許されるのでは?  *私が楽しみにしているのは、次回皆で集まれる時に、それぞれが多くの証を携えて再会できること。また、しばらく離れていたはずなのに、互いの親しさが増していて、それでもやはり顔と顔とを合わせられた互いを喜び合    えること。その日を楽しみにしながら、①祈ること、②愛すること に励みましょう! Outline of the sermon      “Some thoughts on ‘self‐isolation’.”    (29/03/2020) ◆It reminds us what is important.   ・I am grateful for NZ government Read more…

(382) “私たちも、一切の重荷とまとわりつく罪とを捨てて、自分の前に置かれている競走を、忍耐をもって走り続けようではありませんか。”

 初めて大西洋横断に成功した『熱気球』、「ダブル・イーグル2号」に関して次のような逸話が残っています。  この大飛行に挑戦したパイロットたちは、初めは順調に航空軌道に乗ったのですが、アイルランド沖で深い雲の中に突っ込んでしまい、気球の周辺が徐々に凍り付き始めてしまったそうです。不必要な重荷を抱えてしまった熱気球はドンドン高度を下げ、当初の2万フィート(約6千メートル)から、みるみるうちに1万フィート(約3千メートル)に落ちました。  飛行士たちはできる限りの努力をして高度を保とうとしました。歴史に残る画像を撮影するためのビデオカメラを捨て、食料も捨て、ついにはヨーロッパに到着した時に着陸のために使うはずであったグラーダーも手放しました。そして高度が4千フィート(約1200メートル)まで落ち込んだ時、彼らは自分たちの「最後の位置確認」の通信をした後、とうとう『命綱』の通信機材まで投げ捨てました。それでも少しずつ高度を失っていく熱気球は、3千フィート(約900メートル)に達した時、ついに深い雲から抜け出すことができ、久しぶりの太陽光線を浴びて、気球周辺の氷が溶け始め、無事フランスに到着することができたそうです。  冒頭の聖書の言葉が語るように、私たちは皆『人生のレース』を走っています。そしてそのレースを最後まで走り切るには、私たちを途中棄権に陥れようとする「不必要な重荷や罪」を捨てる必要があるのです。ある意味『罪』は、捨てるのに多少苦労はするにしても、見分けることはそれほど難しくはありません。しかし『重荷』の方は「いかにも保持しておくのがもっとものような様々な形態」をもっているので、知らず知らずのうちに私たちの進み具合を鈍くしていくのです。それらは例えば『多くの責任』だったり、『周囲からの圧力』、また『義務感』、当たり前になってしまっている『日常の細々したこと』や『人間関係のしがらみ』だったりします。  いかがでしょう、ぜひ1度ゆっくりと立ち止まって、自分が日々抱えながら生きているものを再検討してみては?それら1つ1つを正直な心でじっと見つめ、「神が自分の人生に与えてくださっているもの」「誰かが自分に負わせたもの」、そして「自分勝手な意地や欲のために拾い上げたもの」に振り分けてみませんか?そして自分のレースを正しく走り切るために『本当に必要なもの』以外の『重荷』を払い落として、一緒に完走を目指しましょう!