メッセージ

2016年10月30日 賛美礼拝

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聖書

(232) “志の堅固な者を、あなた(神)は全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。”

いのちあるものは『成長』します。そして『成長』とはワクワクするものです。多くの人は、同じような日々の繰り返しに飽き飽きしたり、生きることをむなしく感じる原因を「人生の倦怠期」と診断したり「きっと転職が必要なんだ!」などと思ったりするようですが、本当の理由は「成長意欲を失っているから」なのです。 私たちに『成長意欲』を与えるのは「職業」や「立場」ではなく、『大志』です。言い換えるなら「何をしているか」が問題なのではなく、「何故それをしているのか」が重要なのです。『大志』のない者はどんなに転職しても虚しさを拭い去ることはできませんが、逆に心に大きな志を抱いている人は、たとえ左遷されても、飛ばされた先で花を咲かせることができるのです。 「ピーナッツの栽培に生涯をささげる」と聞いたら、あまりヤル気が起こる人はいないかもしれませんが、ジョージ・カルバート氏にとってはそうではありませんでした。彼はこのプロジェクトに徹底的に取り組み、何百ものピーナッツの用途を考案し、アメリカ議会に招かれて発表するほどになりました。彼はインタビューに次のように答えています。「この天地を造られた神が『ピーナッツ』をも造られたのです。ですから私は神に『このピーナッツで何をしたら良いのでしょう?』とお尋ねしたのです。そうしたら神が私に様々なアイディアを与えてくださったのです!」 日常のありきたりのことに、日頃注いでいる時間や注意力の数倍を費やしてみたらいかかでしょうか?もしかしたら今まで見えなかった全く新しい何かを発見し、その発見があなたを『新しいレベルへの成長』へと導いてくれるかもしれませんよ。

メッセージ

2016年10月23日 「『神の国の民』として生きる」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ      「『神の国の民』 として生きる」     (23/10/2016) *『神の国の価値観』④ ― 「私たちは地上では『旅人』であり、神の国こそ私たちの『真の住まい』である。 ◆私たちの「真の住まい」 ・地上での生涯は『旅』にしては長すぎる? ― 『永遠』をすごす「神の国(天国)」と比べれば、ほんの束の間。 ・どんなに楽しい旅行から帰ってきても、やっぱり『家』が1番!― ダビデの証言[詩篇27:4] ◆この世の現実 vs 神の国の『超現実』 ・「この世の生活こそ『現実』であり、「神の国に住むこと」は『非現実的』」と捉えるのは誤り。 ・私たちの日々の信仰生活の中で「この世の現実」が「神の国の『超現実』」に支配されて行くことを求めるべき。 これこそ、主イエスが教えてくださった祈り = 「御国が来ますように」。 ◆イエスによって現された『神の国』 ・イエスの教えの中心は『神の国』について。 ・イエスのみわざの目的は『神の国』を証しすること。[Ⅰコリント4:20,マタイ12:28] ・『神の国』の特徴は「この世には提供できない『私たちの真の必要』」に満ちていること。[ローマ14:17] ◆『神の国の民(この世での旅人)』として生きる    ①「神の国の代表」として、母国を印象づける存在。[ヨハネ20:21-22] ・『所属意識』をしっかり持つ。(自分はどこから来て、誰のために生き、どこへ向かっているのか?) ②旅先の影響力に染まり過ぎない。[Ⅰペテロ2:11] (「この世かぶれ」にならない)    ③臨機応変さを保つ。(既成概念に捕らわれないで!) ・「旅先の恥はかき捨て」。 たとえ「常識はずれ」というレッテルを貼られても、大丈夫![ヨハネ12:42-43]   Outline of the sermon   “Live as Read more…

聖書

(231) “主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。”

私たちの人生において「生きる力を失わせるもの」の1つに『後悔の念』というものがあります。「浪費してしまったお金や時間」「逃してしまった絶好の機会」「犯してしまった過ち」そして「壊れてしまった人間関係」などなど。これらの『後悔の念』は、それを「将来のプラス」へと生かしていくのでなければ、人生やエネルギーの無駄遣い以外の何ものでもありません。 私たちが生きている限り、必ず「次の機会」というものがあります。過去の失敗は、将来のための『教訓』として行けば良いのです。そのために次の3つのことを心に留めておくと良いでしょう。 ①過去の失敗を「見て見ぬ振り」をするのではなく、しっかりと認め、その原因をつきとめ、心に刻む。『言い訳』をすることは、その場での責任逃れには役に立つかもしれませんが、決して根本的な解決はもたらしません。 ②もし失敗の原因が「自分の誤った態度・考え」であるなら、「まあ仕方ないさ」というようなあやふやな態度でやり過ごすのではなく、毅然とした態度で悔い改める。「誤った態度」を放っておくことは、神を、自分自身を、そして周囲の人々を傷つける結果を繰り返させるだけです。 ③「人生はやり直しが利く」ということを自分に言い聞かせ、私たちの弱さを憐れんでくださる神に信頼して再スタートする。 この天地を造り、私たち1人1人に命を与えてくださった神様は、私たちの「あら捜し」をされる方ではなく、「不完全さを覆ってくださる」お方です。この方と共に歩む時、私たちは他の人のことだけでなく、自分自身のことをもゆるしながら生きることが出来るのです。

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2016年10月16日 「『人』が1番大切!」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ           「『人』 が1番大切」         (16/10/2016) *『神の国の価値観』③ ― 「人生で大切なのは「出来事」や「業績」ではなく、『人』である。 ◆危険な兆候 ・この世での人間関係は、日々悪化している ― 「物質的な豊かさ」と「人間関係の豊かさ」は反比例する? ◆神の願い ・神はまず「私たち1人1人との関係回復」を求めており、次に「私たちの互いの関係回復」を願っておられる。 [ヨハネ13:34,Ⅰヨハネ4:11] ・モーセの十戒も「神との関わり」と「人々との関わり」についてのみ命じている。 まず『家族(最も近い人間関係)』から。 → 家族の間で惜しみなく愛を表現しよう! 聖書によるなら、私たちは「神を共通の父とする『家族』」とされた。[Ⅰヨハネ5:1] → JCFの中で、特別な「信頼関係」や「親密な交わり」を育もう!(失敗を笑い飛ばせる気楽さ) ◆具体的な提案    ①用も無いのに、一緒に時を過ごす。(「バイブルスタディ」や「相談事」のためでなく) ・「相手の役に立つこと」を目標にするのではなく、「互いによりよく知り合う」ため。 ②互いに「与えたり、ゆだねたり」。 ・「自分を相手にゆだねる(任せる)」のは、信頼の表現。 だまされても、裏切られてもいい。主イエスはよぉく分かってくださる。    ③イエスの手足として。(マザー・テレサの祈り) ・神はひとり子を私たちに委ね、イエスも敢えてご自身を私たちに委ねておられる。何というリスク!   Outline of the sermon     “People are the most precious!” Read more…

メッセージ

2016年10月9日 「神が中心」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ           「神が中心」         (09/10/2016) *『神の国の価値観』② ― 「あなたの人生の中心は『あなた自身』ではなく、『神』である。 ・[詩篇14:1] 自分の観点からしか物事を見られない愚かさ。自分が認識できないものの存在を認めようとしない。 ◆自己中心 vs 信仰 ・私たちが「神に信頼できなくなる時」とは、私たちが『自己中心』に陥った時。 → 神を思い通りにしようとしている。 or 神に対して自分勝手なイメージを抱いている。 ◎『神の正しいイメージ』の1つ = 「恵みとまことに満ちた神」 [ヨハネ1:14,詩篇57:10,86:15] 完全に正しく、完全な善に満ち、忍耐強く待ってくださる。これ以上「信頼に足るお方」は他にない! ◆「神を中心に据える」とは?    ①「神は自分の人生を通してご自身を現したいと願っておられる」と深く確信する。 ・このために神は私たちを「ご自身のかたち」に造られ、ひとり子のいのちさえも差し出して取り戻された。 ②神との交わりの中で、少しずつ『固定観念』の枠をはずしていく。(ペテロのように) ・『自分』にしがみついている人の多くは、『恐れ』に支配されている。 ・神の素晴らしい約束を聞きなさい![Ⅰペテロ5:7,2:6]    ③「どうしたらいいか」を考える前に、「神が働いておられるのはどこか」を捜す。[箴言3:5-6] ・God is in control. 神の働きをじっと見つめ、それに歩調を合わせる。 ✰あなたの内に住まわれる『主イエス』がなさろうとすることを、妨げない者になろう!   Outline of the sermon Read more…

聖書

(230) “わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。”

人間のからだというものは、ノドが渇いたりお腹が空いたりすれば、敏感に反応を示しすものです。では私たちの『たましい』はどうでしょうか?もちろんたましいだって「渇く」のです。もし私たちがキチンと心を配っているなら「たましいの渇き」にも気づくはずなのですが、現代では「からだの渇き」をそそるものばかりがはびこり、より重大な「たましいの渇き」を紛らわしてしまっているのです。 皆さんは「~中毒」という言葉を耳にすることがあるでしょう。「自分とは無縁のもの」と思う方が多いかもしれませんが、中毒には『アルコール中毒』『ニコチン中毒』『麻薬中毒』などの他にも、『仕事中毒』『セックス中毒』『ギャンブル中毒』そして特に最近では『インターネット中毒』の症状も顕著になってきているように思えます。これらのものは初めは私たちの「からだの渇き」を満たすために近づいてくるように見えますが、やがて私たちのたましいに侵入し始め、ひいては人生を破壊してしまう危険性さえ含んでいます。 私たち人間には『食欲』のようなごく自然な生物学的な「渇き」と同様に、「より確かなもの(真理)」を求める「たましいの渇き」があります。そしてそれは私たちをお造りになられた「創造主なる神」以外には満たすことのできないものなのです。神と出会い、その心を満たしていただくまでは、私たち人間は「渇きを満たしてくれるもの」を求めて一生さまよい続けるのです。 古代イスラエルの名高きダビデ王は、誰もが望む名声・財産・権力のすべてを手にしていたにもかかわらず、次のように告白しています。「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ、私のたましいはあなたを慕いあえぎます。」誤った娯楽による中毒に陥ってしまう前に、さあ、あなたもたましいの渇きを永遠に潤してくださる方の許へ帰りましょう!

聖書

(229) “このわたし(神)が地を造り、その上に人間を創造した。”

私たち夫婦に長男(第一子)が生まれたとき、私たちは自分たちの家の最も良い部屋を彼のために用意しました。真冬だったので、1番性能の良いヒーターを備え、「空気が乾きすぎてはいけない」と加湿器を購入し、私の両親(彼らにとっても『初孫』でした)が買ってくれた新品のベビーベッドとベビーダンスを置き、準備万端整えて、彼がその母親と共に退院してくるのを待ちました。 誰も赤ん坊が生まれてくるのに「何も用意しないで」迎える親はいないと思います。私たち夫婦のように、愛情を込めて、できる限りの準備をして、その到着を待ち望むはずです。そして私たちの『天の父』である神様も同様です。彼はその愛する子どもたちである『私たち人間』をお造りになる前に、私たちが暮らすための完璧な環境を整えてくださいました。 考えてもみて下さい。もし私たちの住むこの『地球』があと数パーセント大きかったり小さかったりしたら、私たちのような精密な生物はその中に存在することができません。また太陽との距離がちょっとでも遠かったら私たちは凍え死んでしまうし、逆に近かったら焼け死んでしまうのです。 皆さんは地球の地軸が垂直から23度傾いていることをご存知でしょうか?学生たちは「そのお陰で物理の計算がややこしくなって迷惑している」と愚痴をこぼすかもしれませんが、この微妙な傾きのお陰で年間を通して太陽光線が地表面にまんべんなく当たるようになっているのです。この傾きがなければ、南極や北極はとてつもなく巨大な氷で覆われてしまうし、赤道直下は近寄ることも出来ない高温になってしまうのです。 この天地を造り、私たちをそこに生まれ出させてくださった神様が、私たち人間1人1人をこよなく愛し慈しんでくださっている事実は疑いの余地がありませんよね?

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2016年10月2日 「神との交わり」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ         「神との交わり」       (02/10/2016) *『神の国の価値観』① ― 「人生の動力源は『人生の目標』を持つことではなく、『神との愛の関係』にある。 ◆神との交わり ・「神は愛である」[Ⅰヨハネ4:16]とは? 『愛』は、「関係」なしには存在し得ないはず。 ・神は元来「完全な愛による調和」の中におられる。[創世記1:26] この「父・子・聖霊」の間にある完全な愛による「調和と一体感」を分かち合う存在として『人』が造られた。 ◆本当に大切なこと ・私たちは「この世の価値観」にすっかり洗脳されてしまっている。 ◎まず大切なのは、「ありのままを受け入れられ、愛されている」という確信。 「何かができるから」ではなく、『存在そのもの』に意義がある。 ・「神から愛されていることを知る」だけでは不十分。それに加えて「三位一体の神の完全な愛の交わりの中に 招き入れられる」ことが求められている。  このために「イエスの十字架による贖い」がある![ヨハネ1:3] ・この交わりへと私たちをいざなうのが『聖霊の働き』。[Ⅰヨハネ4:13] ・『宣教』の正しい動機付けは、「この交わりに人々を招き入れたいから」であって、「使命だから」ではない。 ・『悔い改め』の本来の根拠は、「この交わりから離れたくないから」であって、「申し訳ないから」ではない。 宿 題 [ヨハネ15:9]   ✰他のことを脇に置いて、神の愛の中に没頭する時間を持つ。 *ガイドライン ①神に心を開く  ②神に語りかける  ③神に聞く   Outline of the sermon      “Fellowship with God.”      (02/10/2016) *“Value of the Read more…