(98) “貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。”

こんな質問をする人がいます。「もし神様を信じたなら、人生はすべてうまく行くのでしょうか?」 答えは残念ながら『ノー』です。ただこれだけは言えます。「神を信じても試練は減らない。しかし、もはや1人で立ち向かわなくてもよい。」 神は『問題のない人生』を約束してはいません。しかし『勝利ある人生』は約束しています。神が望んでいるのは、私たちが「幸せになること」ではなく、「神と共に生きるようになること」です。 もし神を知らない人に「あなたにとって、幸福な人生とは?」と尋ねるなら、きっと「すべてに満ち足りて、心配のないこと」などと答えるでしょう。ではそのような人生を生きている人は『神との関係』を求めるでしょうか?いいえ!恐らく「私はすべてにおいて満ち足りている。私には神など必要ない」と言うでしょう。だからこそ神は私たちにこの地上での「すべてにおける成功」を与えないのです。もしそのような人生を歩んでいる人がいるとしたら、もしかしたらその人は『悪魔の術中』にまんまとはまっているのかもしれません。 私たちが切に神を求めるのは、多くの場合「試練のただ中にいる時」です。順風満帆な人生を歩んでいても変わらず心から神を求めて生きる人がいるなら、あるいは問題の無い人生を歩ませてもらえるかもしれません。ところが私たちの多くはしばしば『人生の壁』『乗り越えなければならない山』に遭遇します。そのようなとき「神様、どうぞあなたと一緒にこの困難を乗り越えさせてください」と、私たちが神の許に近づくことを、神はいつも待っておられるのです。

2013年10月20日 「パウロが伝えたかったこと」

メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ         「パウロが伝えたかったこと」    (20/10/2013) [ガラテヤ 1:1-5]  ◆パウロがこの手紙を書いた理由    ・ガラテヤの教会の人々が、イエス・キリストではなく、世の状況や人々の教え(律法・割礼)の解釈に      惑わされ、本当の福音から外れて行ってしまっているのを修正しようとした。    ・私たちも日本人特有の常識(人目を気にする,救いは行いによる,宗教は教育・修業のため etc)に      洗脳され、福音の真髄(イエス・キリストを通しての神との関係)を軽んじる傾向を持っている。 ◆「イエスのよみがえり」の持つ意味 [1節]   ・悪魔の力は『罪と死』。これを打ち破れるのは、神のみ。「イエスのよみがえり」は、イエスが神の許か     ら来られ、神のみこころにかなう歩みをされた証拠。 ◆「神のみこころ」による贖いのわざ [4節]   ・『悪の世界』とは「罪と死に支配された世界」。すなわち、神と人との関係が絶たれてしまっていること。     ①人は罪あるままでは、決して神に近づくことはできない  ②私たちの罪は「神に対してのもの」   ・キリストが死なれたのは「私たち」よりもむしろ「神ご自身」のため。 『なだめの供え物』[Ⅰヨハネ2:2] ◆神の私たちに対する関心   ・神は「立派な生き方」には興味ない。どんな立派な生き方も、私たちを神の前に『よし』とはしない。   ・神の関心は、私たちが「どう生きるか」 ではなく 「どこを見ているか」。(キリストへの『依存度』)   ・この世の価値観や自尊心に『No』と言い、キリストのみことばに『Yes』と言う。[マタイ23:12]   Outline of the sermon  “This is what Paul wants us to know!”  (20/10/2013) [Galatians 1:1-5]  ◆Why did Paul write Read more…