
日本には「出る杭は打たれる」という言い回しがありますよね?調べてみるとどうやら江戸時代から存在する言葉らしく、「異質なものを排除しようとする社会の風潮」を言い表しているようです。
私は20歳の時にキリストと出会いクリスチャンになりましたが、それ以前の学生時代いつも心の中で「自分らしく生きたい。正しいことを正しいとし、間違っている事には断固として『No』と言いたい」と感じてはいたものの、大抵の場合いつのまにか周囲に流されてしまい、「本当はこうありたいのに…」というジレンマに悩まされていました。ところがクリスチャンになった頃からそれが変わり始めたのです。周囲がある方向へと向きかけた時、自分の心の中で「何かおかしい」と感じた時に、それを思い切って口に出すことができるようになってきました。また、道を歩いている時や公園を散歩している時などにゴミ屑が落ちているのを見かけると拾ってゴミ箱に捨てに行ったり、独りぼっちで寂しそうにしている人に声をかけたりするようになりました。今振り返って考えてみると、「唯一全能の神が自分と共におられて見守ってくださっている」ということが、心の中で強い確信になり、いろいろなことに自信が持てるようになったのだと思います。(その後、30年の外国生活を経て、このユニークな性格は更に助長されているようですが…)
神は私たち1人1人を「ご自身のかたちに似せて」、しかも「ユニークな存在として」創造なさいました。しかし『この世の風潮』はそのような貴重で尊い存在である私たちを『この世の型』に押し込めようとする傾向があります。この圧力から脱するには『神の助け』が必要です。「イエス・キリストを救い主として受け入れる」とは、単に「天国への切符を手に入れる」ということではなく、「この世にあって『神の子』として、父である『神』の栄光を表現しながら生きる者とされたこと」も含んでいます。神は私たち1人1人を通して成し遂げたいご計画をお持ちなのです!
0 Comments