(658) “高慢になって、悪魔と同じさばきを受けることにならないようにするためです。”
私がまだ聖書やキリストと出会う前は、『悪魔』と聞くと、「ホラー映画の世界」または「しっぽの先に弓矢の先のようなものが付いた、マンガの虫歯菌のようなもの」というイメージでした。ところがキリストを出会って『霊の目』が開かれてからは、自分や人々に対する悪魔の働き(主に『誘惑』)を見分けられるようになってきました。 悪魔(聖書では『この世の神』とか『暗闇の世界の支配者』と呼ばれている)は確かに実在します。しかしホラー映画の中でのように「無理矢理人間を操って殺戮を行わせる」というようなことはごく稀で、主に私たちの『欲』につけ込んで誘惑し、犯罪を犯させたり、人生を破壊したりします。いわゆる「魔が差す」というような感じですね。 聖書によると「悪魔の起源」は、ある非常に美しい天使が、そのあまりの美しさに「自分は神に取って代われるのではないか」と思って、3分の1の天使たちをそそのかして天の世界において反逆を起こし、神に落とされて『悪魔(他の天使たちは「悪霊」)』となった、と言われています。それ故悪魔は神に対し強い恨みの念を持ち、常に神のみわざの邪魔をしようとします。とりわけ悪魔は、「神が愛してやまない『人間』」に対して激しい嫉みを抱いており、人が神の祝福を受けることを妨げようとします。それは何か力づくでバリアを張るとかではなく、私たちの欲につけ込んで「嫉み」を起こさせたり「高慢」に陥らせたりすることによって、私たちの心が神から離れるように仕向けるわけです。 人は自力で悪魔に対抗することはできません。ある意味悪魔は私たちよりも遥かに賢くて優れているからです。悪魔の策略に対抗する唯一の道、それは「自分の人生を神に明け渡し、イエス・キリストを信じることを通して与えられる『神の国の権威』を用いること」によってです。そういう意味でも、私たちの人生にはどうしても『イエス・キリストによる救い』が必要なのです。
