(2月22日のクライストチャーチ地震後、現在臨時礼拝場所で集っているため、メッセージ録音器具がありません。メッセージのあらすじは以下のとおりです。)

説教あらすじ「神の慰め」(20/03/2011)

[コリント1:3-5,8-10]

*サタンは休まず働いている。彼はいつもウソつき[ヨハネ8:44]。彼の代表的な2つのウソは…

①「あなたは立派で強い」[箴言16:18]  ②「あなたはダメ人間」[ローマ14:4]

神が愛であるなら、何故私たちがこのような試練に会うことを許されるのか?

◆完全な答えはないが、次の2つのことは言える

①自分自身ではなく、神により頼む者とされるため [9節]

・神なしに立ち続けることのできる人は、誰もいない。

・神が立たせることのできない人は、誰もいない。

*イエスはいつも私たちの脇に立っておられる。そして彼の願いは、私たちも彼と共に立つこと。

(「盲導犬・ハッピー」の話)

*イエスにとっては、あなたと共に生きることこそ喜び。あなたの能力や、周囲の人がどう思うか

などは問題ではない。ただあなたのことだけを見つめておられる。あなたはそれを『見る』こと

はできないが、その現実を『信じる』ことはできる。

②神からの『真の慰め』を体験し、他の人々を慰める者とされるため [4節]

*これは何も「あなた自身が強くて立派な者とされて、周囲の人々を助けることができるようにな

る」ということではなく、あなたの内に働く「神との生きた優しい関係」が、あなたと関わる人々

を癒していく、ということ。 (「盲導犬・ハッピー」の話の続き)

◆あなた個人が人々を癒すのでも、神ご自身が勝手になさるのでもない。「あなたとイエスとの

生きた関係」を人々が見るとき、それが人々の癒しのきっかけとなっていく。

イエスは今日もあなたと共に立たれる。たとえ私たちが不真実でも、彼はいつも真実を尽くされる。

あなたには見えなくても、イエスの目はいつもあなたを見つめている。

イエスに頼り、彼と共に人々の所へと出て行こう

考えてみましょう

・神は何故、私たちが試練に会うことを許されるのでしょう?

・私たちはどのようにして、人々の慰めのために用いられていくのですか?


Junko

じゅんこです。1990年のChristchurch JCFの創始時からJCFに参加しています。現在はめったにクライストチャーチにも行かなくなりましたが(遠いところに住んでいるので)、ウェブサイトの運営にかかわるというかたちでJCFに参加し続けています。8人の子どもを引き連れている日本人ママをクライストチャーチ周辺で目撃したら多分わたしですので気軽に声かけてくださいね~!

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