(84) “神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。”

「後悔先に立たず」ということわざがありますが、実際には『後悔』には2種類あって、そのうちの1つは私たちに『死』をもたらし、もう1つは逆に『いのち』をもたらします。 「死をもたらす後悔」というのは、次のようなものです。「ああ、こんな不況になると分かっていたら、新しい家なんて買うんじゃなかった。せめてもう少し安い家を買っておけば…。それとも、貸家住まいにしておけば…。前の家で我慢していれば良かったのに…。」 このような「もしOOしておけば…」的な後悔は、私たちを単に落ち込みと失望へと追いやるだけでなく、新たな挑戦へ踏み出すことを押しとどめる『恐れ』となって私たちの人生に大きく立ちはだかるようになります。 では、「いのちをもたらす後悔」とはどのようなものでしょう?それは「この天と地をお造りになった私たちの神は、私たちの失敗よりも大きく、その失敗から私たちの人生を取り返させてくださるほど恵み深いお方である」と信じる信仰から生まれます。事実、私たちの神は「時空を超えて存在しておられるお方」であり、私たちが失敗してしまう前から、私たちのために『バックアッププラン』を備えて下さっているのです。ですから、もし私たちが自分の過去の失敗にいつまでもクヨクヨして下ばかり向いているのではなく、その失敗を取り返させてくださる『恵みに満ちた神』を見上げるなら、神はご自分の力と愛とを私たちに知らせようと、私たちの人生に働きかけて下さるのです。 「自己憐憫しながらの後ろ向きの人生」と「神に信頼して失敗をものともしない人生」、あなたはどちらを選びますか?