聖書のいい話
(659) “わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである。”
通常ある活動や役割に長く携われば携わるほど、その活動や役割において熟練し、自信が付き、他に頼らずに自分で切り盛りできるようになるわけですが、面白いことに『クリスチャン』として生きる人生においては、その逆である場合があります。どういうことかと言うと、『クリスチャン』として「神との関係」の中で生きることが長くなればなるほど、自分の弱さに気付かされ、また「正しさや愛情深さ、そして聖さにおいてもっと成長したい」という願いも強まるにつれ、「自分の力では無理!神様の助けがもっと必要!」というようになって行くわけです。 神様を知らずに生きる人生においては、「向上心の目安」は大抵『自己満足レベル』、またはせいぜい「周囲に満足されるレベル」なわけですが、クリスチャンにとっての『向上心』は、「神に造られた作品としての完成レベル」を目標としています。クリスチャンになったばかりの頃はこのイメージはぼんやりしていますが、神様との歩みを重ねて行くに従って明らかにされて行き、ついには「これは自分の力ではどうしようもない。でも神様はこの『ご自身のご計画』を成し遂げられるために力を与えて下さる方だ!」という信仰が与えられ、自分自身を神の力強い御手に明け渡し、『自分を通して現される神のわざ』を体験する者とされて行くのです。 神はこのような「自分自身の真の『弱さ』に気付いた者」を通して、ご自身のみわざを現されるお方なのです。
