今回は『説教あらすじ』は、ありません。
2026年9月27日 「イエスの名のゆえに」
礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ 「イエスの名のゆえに」 (27/09/2026) [ルカの福音書 9章46~50節] ◆この世の価値観 ・2つのエピソードが出て来るが、フォーカスは同じ。つまり「弟子たちの考え方」と「イエスの考え方」の違い。ではどこがどう違うのか。2つの争点は「だれが偉いのか?」と「自分たちについて来ないなら、イエスの名を使ってはいけない」ということ。どちらも視点が『自分自身』そして『何をするか』に向いていることから起こる思い違い。 ◆神の国の価値観(47~48節) ・私たちが信仰の歩みにおいて見つめるべきは「何をするか」ではなく、『なぜするのか』である。「何をするにも『イエスの名』のゆえに」ということ。朝ごとに「イエスに深く愛されていること」を思い起こし、同じようにイエスが愛してやまない周囲の人々を見回しながら、「イエスの招きの御声」に耳を傾ける。[マタイ25:40] このマタイの箇所で「小さい者たちに仕えた人々」は、自分がイエスのためにしているという意識は無かった。マザー・テレサは「大切なのは、どれだけ心を込めたか」と言った。「イエスの愛をどれだけ体験しているか」が、私たちの「人々への対応の仕方」を変えて行く。「何をするか」に捕らわれず、『イエスの愛』にフォーカスしながら、聖霊によって内側に湧き上がってくる愛に押し出されるようにして、人々の間へと日々遣わされて行こう! 今日の真理: 「何をするか」ではなく、「どれだけ愛されたか」 ◎更に深い学びのために ①弟子たちの「物事を判断する基準」と、イエスのそれとでは、どんなところが違っていますか? ②自分の人生の価値基準を吟味してみましょう。イエスと共に歩むうえで修正が必要なのはどの部分ですか? ③あなたにとって、「主イエスが自分に対して注いでおられる愛」とは、どのようなものでしょうか? Outline of the sermon “In the name of Jesus.” (27/09/2026) [Luke 9:46~50] ◆Perspective of this world. ・There are 2 episodes here Read more
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