2026年11月1日 「遣わされている者の心得」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ   「遣わされている者の心得」   (01/11/2026) [ルカの福音書 10章1~16節] ◆『神の国』へのフォーカス  ・イエスはここで12弟子とは別に72人の弟子たちを「2人ずつ」遣わされた。ペアで動くという事には多くの利点がある。孤独を避け、互いに励まし合い、時には戒め合う。人は人と研ぎ合って成長するものである。  ・イエスは「あなたがたを遣わすのは、狼の中に子羊を送り出すようなものだ」とおっしゃった。私たちは「自分は大人なんだから大丈夫」と思いがちだが、「神のことば・神のみわざ」をそのままのクウォリティで人々の許に届け  るためには、それだけ注意深く、また思いを「神とその御国の権威」に集中させていなければならない。 ◆『神の国』への応答  ・『ソドム』と言えば、創世記に出て来る「最も邪悪な町」とも言える町の1つ。また『シドン』は、悪名高き王妃イゼベルの出身地でもある偶像礼拝の町。しかしイエスはそのような町々よりも、「目の前に『神の国の現れ』を見聞きしながらも、自分のイメージ通りの『メシア』でなければ受け入れようとしないご自分の民」の『頑なな心』を厳しく責めた。「もう少し優しい言い方でも良いのでは?」と思ってしまうが、私たちが伝えるべきメッセージは「耳障りの良いもの」ではなく、「神が語られたそのままのメッセージ」であるべき。『神のことば』だけが、人を救いへと導く。 今日の真理: 「人当たりの良さ」よりも、『神への忠実さ』 ◎更に深い学びのために  ①弟子たちを「2人ずつ遣わした」ことには、どんな利点があると思いますか?  ②イエスはなぜ旧約時代の不信仰な町々より、ご自身が巡回したガリラヤ周辺の町々を責められたのでしょう?  ③「主イエスに遣わされて福音を語る」という使命を全うする上で、私たちが心に刻むべきことは、何ですか? Outline of the sermon   “Be prepared to be sent!”   (01/11/2026) [Luke 10:1~16] ◆Set your focus on “the kingdom of God”!  ・These disciples were sent in pairs.  Two is always better than one.  They can help Read more

2026年10月4日 「『告げ知らせること』の緊急性」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ   「『告げ知らせること』の緊急性」   (04/10/2026) [ルカの福音書 9章51~62節] ◆私たちの使命は「宣べ伝えること」であって、「さばくこと」ではない  ・ユダヤ人とサマリア人の間には確執があったが、イエスはサマリア人の町にも福音を伝えようとした。拒まれて  かんしゃくを起こした弟子たちの発言を、イエスはたしなめた。私たちに委ねられているのは「良き知らせを告げ  知らせること」であって、「受け入れない人々をさばくこと」ではない。『知らせること』に専念しよう! ◆主イエスとの「心の共有」  ・次に「3人の弟子候補生」と、彼らに対するイエスの応答が登場。イエスの応答は『イエスの心』を表現している。  [58節]:「キリストの弟子として歩む」とは、『孤独』を意味する。少なくとも「この世の価値観で生きる人々」には理解されない。「主イエスが分かっていてくれさえすれば良い」という、イエスとの個人的な深い関係が必須。  [60節]:「御国を宣べ伝えること」を「父を葬ること」にさえ優先させようとするイエスの態度に、自らを投げ捨てても『救いの道』を切り開こうとする差し迫った思いが感じられる。イエスは言われた。[ヨハネ15:13-14]  [62節]:『二心』について。人生は選択の連続である。そして重要なことほど1つだけしか選ぶことができない。パウロは「後ろのものを忘れ、ひたすら前のものに向かって走る」と言った。彼は「キリストにある栄冠」を見ていた。 今日の真理: 福音書は『キリストの心』を証しする ◎更に深い学びのために  ①「福音を宣べ伝える」ということに関して、主イエスの態度から学べることはどんなことでしょう?  ②これらの3人の「弟子候補生たち」にイエスが伝えようとしておられたご自身の思いはどのようなものですか?  ③聖書、また福音書を、より正しく、より深く理解するために、私たちが持つべき態度はどのようなものでしょう? Outline of the sermon   “Urgency of evangelism.”   (04/10/2026) [Luke 9:51~562] ◆Our mission is not “judging” but “preaching the gospel”.  ・Jesus wanted to proclaim the gospel among Samaritan even though they were racially Read more

2026年9月27日 「イエスの名のゆえに」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ   「イエスの名のゆえに」   (27/09/2026) [ルカの福音書 9章46~50節] ◆この世の価値観  ・2つのエピソードが出て来るが、フォーカスは同じ。つまり「弟子たちの考え方」と「イエスの考え方」の違い。ではどこがどう違うのか。2つの争点は「だれが偉いのか?」と「自分たちについて来ないなら、イエスの名を使ってはいけない」ということ。どちらも視点が『自分自身』そして『何をするか』に向いていることから起こる思い違い。 ◆神の国の価値観(47~48節)  ・私たちが信仰の歩みにおいて見つめるべきは「何をするか」ではなく、『なぜするのか』である。「何をするにも『イエスの名』のゆえに」ということ。朝ごとに「イエスに深く愛されていること」を思い起こし、同じようにイエスが愛してやまない周囲の人々を見回しながら、「イエスの招きの御声」に耳を傾ける。[マタイ25:40] このマタイの箇所で「小さい者たちに仕えた人々」は、自分がイエスのためにしているという意識は無かった。マザー・テレサは「大切なのは、どれだけ心を込めたか」と言った。「イエスの愛をどれだけ体験しているか」が、私たちの「人々への対応の仕方」を変えて行く。「何をするか」に捕らわれず、『イエスの愛』にフォーカスしながら、聖霊によって内側に湧き上がってくる愛に押し出されるようにして、人々の間へと日々遣わされて行こう! 今日の真理: 「何をするか」ではなく、「どれだけ愛されたか」 ◎更に深い学びのために  ①弟子たちの「物事を判断する基準」と、イエスのそれとでは、どんなところが違っていますか?  ②自分の人生の価値基準を吟味してみましょう。イエスと共に歩むうえで修正が必要なのはどの部分ですか?  ③あなたにとって、「主イエスが自分に対して注いでおられる愛」とは、どのようなものでしょうか? Outline of the sermon   “In the name of Jesus.”   (27/09/2026) [Luke 9:46~50] ◆Perspective of this world.  ・There are 2 episodes here but the point is the same which is the difference between “disciples’ thought” and “Jesus’ Read more

2026年9月20日 「御父と御子と私たち」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ   「御父と御子と私たち」   (20/09/2026) [ルカの福音書 9章37~45節] ◆何がイエスを苛立たせているのか?(40~41節)  ・イエスがいつにない苛立ちを見せているのは何故か?「弟子たちが悪霊を追い出せなかったこと」?「周囲の人々の不信仰」?恐らくそれ以上に、「この不信仰の時代が過ぎ去るためには、十字架への道は決して避けられない」と痛感させられたから。この直後に弟子たちに2度目の「受難予告」をしたが、その真意さえも御父は弟子たちに隠しておられた。この「御父との関係における御子の葛藤」、また「それにもかかわらず御父に従い通したイエスの歩み」は、今日私たちが体験する「信仰によって歩むゆえの試練や葛藤」に新しい光を与えてくれる。 ◆今はどんな時代なのか?  ・では、主イエスが十字架において既に贖いのみわざを成し遂げられた現代は、どこが違うのか?それは私たちクリスチャン(教会)の存在である。私たちはこの「不信仰な曲がった時代」に遣わされている、主イエスにとっての「希望の光」なのだ。使徒パウロはピリピ人への手紙の中で書いている。[ピリピ2:12-16]  ・イエスはこう言って私たちを遣わされた。[マルコ16:15-20] 私たちが福音を伝える時、主イエスは喜びと興奮をもって私たちと共に働き、力ある『しるし』をもってご自身のみことばの確かさを証明してくださるのだ! 今日の真理: 福音宣教はイエスに舞台を与える ◎更に深い学びのために  ①[41節]において、主イエスは何故こうも苛立っておられるのだと思いますか?  ②[ピリピ2:12-16]は私たちに、この「邪悪な世代」の中にあってどのように生きるべきだと教えていますか?  ③この地にあって私たちは、どのようにして「キリストとともに」神のみわざを行っていくことができるでしょう? Outline of the sermon   “The Father, the Son and us.”   (20/09/2026) [Luke 9:37~45] ◆What made Jesus so irritated?(Verses 40~41)  ・Why did Jesus get irritated here?  Is it because his disciples couldn’t cast out demons?  Maybe not.  Read more

2026年9月13日 「律法と預言の完成者イエス」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ    「律法と預言の完成者イエス」    (13/09/2026) [ルカの福音書 9章28~36節] ◆モーセとエリヤ(30~31節)  ・モーセとエリヤは「栄光のうちに現れた」とある。単なる『人』であるこの2人が何故そのような特別な存在として描かれているのか?いくつかの理由が考えられる。1つは、この2人は「地上での『死』がはっきりしていない」ということ。[申命記34:5-6,Ⅱ列王記2:11] もう1つは、モーセは「律法を代表する存在」であり、エリヤは「預言者を代表する存在」だということ。そしてこの『律法と預言者』というのは「聖書の中核」である。[マタイ22:40] ◆イエスの卓越性(29,32~36節)  ・またここでは「イエス本来の栄光の御姿」を垣間見せている。のちにペテロはこの時のことを回想している。[Ⅱペテロ1:16-18] またこの3人は「イエスがエルサレムにおいて成就しようとしておられることについて語り合った」とある。すなわち「律法と預言の全ての目的」は、イエスを通して完成されるためであったのである!  ・使徒の1人ピリポは友人のナタナエルにイエスをこう紹介した。[ヨハネ1:45] またイエス自身もご自身と「律法と預言者」との関係をこう描写された。[ルカ24:25-27,44] そして律法に人一倍熱心だったパウロはこう証言している。[ローマ10:4] 「聖書を通してイエスと出会う」、これこそ人類に与えられている究極の特権であり使命なのだ! 今日の真理: 聖書はイエスを中心に読み解くべき書物 ◎更に深い学びのために  ①この場面にて何故「モーセとエリヤ」が現れたのだと思いますか? またそれは何のためだったのでしょう?  ②ペテロはどうして「この3人のために幕屋を造る」と言ったのでしょう? それはどう正しくないのでしょうか?  ③私たちが聖書を正しく読み解くために、イエスについてのどのような理解が必要だと思いますか? Outline of the sermon   “Jesus completed the law & prophets.”   (13/09/2026) [Luke 9:28~36] ◆Moses & Elijah. (Verses 30~31)  ・Moses and Elijah “appeared in glory”.  They are special people in Read more

2026年9月6日 「答えるべき2つの質問」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ    「答えるべき2つの質問」    (06/09/2026) [ルカの福音書 9章18~27節] ◆「あなたはイエスを誰だと言うか?」(20節)  ・この質問に対し弟子たちは「神のキリストです」と言った。当時の彼らの理解は不十分だったとしても、私たちは新約聖書を通してこの質問が「永遠をどこで過ごすか」を左右する『人生最大の問いかけ』であると知っている。 ◆「あなたはイエスについて行くか?」(23~26節)  ・この質問は、1番目の問いに「イエスは私の救い主です」と答えた人々に対して。これに対する答えは「死後の行き先」ではなく、「この世でどう生きるか」を左右する。使徒たちは正に「命懸けで」この問いに応答して行った。  ・この質問は私たちにどういう意味を持つか?「信仰の故に死を覚悟せよ」ということなのか?ある意味ではそう。しかし迫害の無い地ではあまり意味を成さない。ルカはパウロの活動を目の当たりにしながらこの箇所を書いただろう。パウロはこう言った。[ピリピ3:7-8] 「キリストを知っていることの素晴らしさのゆえ」。『救い主』という以上の「イエスを知るレベル」がある。そして「イエスを更に深く知ること」が、この問いに対する答えに変化を与える。  ・イエスは言われた。[ヨハネ10:10] では「イエスが与えるいのち」はどの様にして「より豊かになる」のか?それは「より深くイエスを知ることによって」に違いない。[ヨハネ17:3] あなたはこのイエスについて行きたいですか? 今日の真理: 「いのちの豊かさ」は「イエスとの関係の深さ」に比例する ◎更に深い学びのために  ①あなたはイエスを誰だと言いますか? また、それはどうしてですか?  ②あなたはイエスについて行きたいですか? また、それはどうしてですか?  ③[24節]を自分の言葉で言い換えてみましょう。どんな新しい発見がありますか? Outline of the sermon     “2 questions to answer.”     (06/09/2026) [Luke 9:18~27] ◆“Who do you say that Jesus is?” (Verse 20)  ・Apostles replied, “The Christ of God” though they might not really Read more

2026年8月30日 「神の最善」

礼拝全体の様子をYoutubeで観る 説教あらすじ     「神の最善」     (30/08/2026) [ルカの福音書 9章10~17節] ◆イエスの特異性(10~13節前半)   ・「ベツサイダへ退いた」のは、宣教の旅から疲れて帰って来た使徒たちを休ませるためだったと考えられるが、イエスは「ついてきた群衆(恐らく弟子たちが巡って来た村々から)」を喜んで迎え、ミニストリーを始めた。その上疲れている弟子たちに「あなたがたであの人たちに食べ物をあげなさい」と。彼らの心境は察して余りある。   ・私たちが「神は最善しかなさらない」と言う時、多くの場合「自分にとっての」という物差しで測ってしまいがち。しかし神(イエス)は「すべてをご存知の方」である。ここでもイエスは単に「弟子たちの疲れを癒す」ということではなく、「群衆にとって」「弟子たちにとって」、そして何よりも『神の栄光のため』の『最善』を行おうとしていた。 ◆神のわざに関わる特権(16~17節)   ・イエスはそこにいた全員を満腹させた。当時どれだけの村人たちが「満腹に食べる」という経験をしただろうか? またそれらのパンや魚を配ったのは、他ならぬ「疲れ切っていた使徒たち」。パンと魚がどのように増えたのかは定かではないが、この驚くべき奇跡を目の当たりにし、その媒体として用いられた経験は、彼らに「休息」以上の回復と興奮をもたらしたことだろう。イエスが私たちに味わわせたい『神の最善』は、私たちの思いを超えている。 今日の真理: 『神の最善』は、関わる全ての人のため ◎更に深い学びのために  ①「神は最善しかなさらない」と聞く時、あなたはどのようなことを思い浮かべますか?  ②10~13節までだけを読んだ時点で、人間的には、あなたはこの場ではどんなことが『最善』だと考えますか?  ③「自分が思い浮かべていた最善」と違った形で神が働かれた経験があれば、互いに分かち合いましょう。 Outline of the sermon     “God’s very best.”     (30/08/2026) [Luke 9:10~17] ◆Christ’s peculiarity. (Verses10~13a)  ・Jesus and disciples encountered the crowds when they were just about taking a rest.  Instead of refusing to help this crowds, Read more